コンビニバイトと小学生軍団
「ありがとうございましたー!」
足早に退店する中年男性の背に元気よく挨拶。当然のごとく面接を突破し、見事望む日時に働けるようになった俺は、前世の経験を活かしてそれなりに活躍していた。
自分で言うのもなんだが、バイトを始めて早一ヶ月の現時点で店長に認められている。そりゃ人生二週目なんだから、世渡りも仕事の手際も普通の同年代より良い。使える奴は気に入られる。これは寝取られゲーだろうが普通の世界だろうが同じである。
「相変わらず慣れてるじゃん。やっぱりバイト経験あるんじゃないの?」
「まさか。昔は遊んでばっかだったぞ」
隣のレジに立っている由希亜の揶揄うような言葉に、鼻で笑って返事をする。実際純也は高校に入って部活を始めるまでは遊んでばかりだったし、嘘では無い。
ここで発生する寝取られイベント。ソレは由希亜ルートで起こる。
このコンビニは由希亜が本編開始前から働いている場所であり、同じ日にバイトをしている男から万引きの濡れ衣を着させられて―――というのが彼女の寝取られの始まりだ。
それを回避する方法は、ゲーム本編では無かった。朱音の時と同様に、既に他の男に好き放題されている状態からスタートなのだ。本来の純也であれば。
だが俺は部活を辞め、由希亜と同じ日時にシフトを入れてもらっている男。濡れ衣を着させようとすれば阻止するし、それ以外の方法を使おうが徹底的に粉砕する。
今はまだ件の男がこの店に勤めに来ていないが、恐らくは後一、二か月後にここに来るはず。いつ接敵しても良いように、気を張っておくべきだろう。
店内には俺達を除いて誰もいない。基本的にこの時間帯は客が少ないので俺達はこうして、学校のように雑談に興じるのだ。勿論、商品の陳列と言った業務が必要無い事を確認したうえで(或いは仕事をしながら)だ。
時折店の外に視線を向けていつ客が来ても切り替えられるようにしつつ他愛の無い話をしていると、ふと由希亜が「そういえば」と指を立てた。
「純也ってどうしてバイトしようと思ったんだっけ?」
「そりゃ小遣い稼ぎだけど。っつーか働く理由なんて皆基本金だろ」
「うわ。純也らしい」
「俺が俺らしいとダメなのかよ」
「べっつにー?仕事はちゃんとこなしてるし、全然良いんじゃない?ってか、アタシより活躍してね?」
「ははは、お前の方が先輩なのにな」
人生の先輩、という言い方をすればその限りではないが。俺はズルをしているような物なのであまり自慢できた物でも無いのだが、由希亜に凄い凄いと言われると純也としても嬉しいのか気分が良いし、そもそも俺の事情を話すわけにもいかないのでありがたく受け取っておく。
因みにだが、俺が働く理由が小遣い稼ぎだというのも事実だ。なんせ俺は寝取られ回避も、ヒロイン達の好感度維持、或いは上昇もやらなくてはならない。物を買ったり遠い場所へ移動したり等金が必要になる場面もいくつかある。
まぁ、ゲームだろうがそうじゃ無かろうが金は過剰なくらいが適正量だ。使い道に困りだしてようやく貧乏人脱出だと、少なくとも俺はそう考えている。
……そんな事を言うと、毎度毎度あの友人に笑われたものだ。まさか神だとは思わなかったが、俺のこういった発言を聞いて「罪深~」とか思ってたのだろうか。
どうでも良い事を頭の片隅に思い浮かべながら由希亜と話していると、自動ドアの向こうに人影が見えた。客か、と姿勢を正すと、由希亜も俺に合わせて綺麗な姿勢を取る。ちょっと過剰に見えるが、直立不動で悪い事は無いだろう。
入店音が響くと、俺はそちらの方に視線だけを向けて挨拶する。ほぼ同時に由希亜も挨拶するが、俺のソレと違い、「らっしゃっせー」という雑な感じだった。俺がハキハキしすぎているのだろうか。どうも竿役警戒で気を張っていると、ついでに他の部分も張り切ってしまうらしい。抜ける所は抜いておかないと、体力が尽きかねないな。
ふぅ、と小さく息を吐く事で気持ちを切り替えようとしたその時、入って来た客の一人が(横目で見える人影は複数ある)俺を指さして大声を出した。
「あーっ、純兄!!」
香澄だ。
この声も、俺の呼び方も、後この人目を気にしない感じも、疑いようも無く香澄だ。
「……なんでそんな『意外』みたいな声出すんだよ。俺がここでこの時間にバイトしてるの知ってるだろ?」
「そんなの一々覚えてるわけないじゃん」
「そ、そうですか」
溜息交じりに彼女の方を見ると、やけにお洒落な恰好をした(しかしランドセル装備の)少女たちが四人。内一人が香澄であり、他の三人は彼女の同級生だろう。
今時の小学生ってこんな感じなのかぁ、とおじさん臭い事を考えつつ、香澄に店の中であまり大きな声を出さない事とか、そう言った事を軽く注意する。今は俺と由希亜意外には香澄のグループしかいないが、他のお客さんがいたら迷惑になるからだ。
まぁ、今後香澄がこの時間に来ることは無いだろうが。友達といる時にまで俺と会いたくないだろうし。
「ねぇねぇ、もしかしてあの人が純也さん?」
「あー、いっつも学校で言ってる、お兄さんかー」
「ちょっと!?それは―――」
「なんか普通」
「はははっ。泣くわ」
「ちょ、大丈夫?そんな清々しく」
純粋な感想に視界が潤む。普通。いやまぁ、寝取られゲーの主人公なんだから目立つようなキャラしてなくて当然なんだけどさ。でもストレートな暴言って心にクる。
由希亜が心配してくれるのが唯一の救いだ。流石みんなに優しいギャル。ヤらせてくれそうという理由で毎日告白されているだけはある。勿論全員振っているようだが。
「ねぇねぇお兄さん、彼女とかいるー?」
「居ないし、そういう事を初対面で聞くのやめようね」
「へー、そうなんだ」
「なんか妥当」
「君さっきから俺に厳しく無い?」
「ねぇ、もう純兄はどうでも良いでしょ。さっさとお菓子買って家行こう?」
「えー、良いじゃん。いっつも学校でこの人の事ばっかり話してるのに」
「だからそれは言わないでよ!!」
「………スゴいじゃん、純也。モテモテだね」
「面白がられてるだけだろ……」
香澄達に聞こえない程度の声で由希亜が笑う。勿論モテている訳では無いし、それを分かった上で揶揄っているのだろう。なんだかドッと疲労感が出て来た俺はほぼため息みたいな声量で答えた。
その間も香澄達はわーわーと騒いでおり、カウンターの前から移動しようとしない。一人寡黙な子がいるが、その子は三人の様子をじっと見つめているだけで、やっぱり動かない。
「ほら、もうすぐ他のお客様も来る時間だから。騒ぐなら買い物とか済ませてから他所でやってくれ」
はーい、という気の抜けた返事と共に、彼女達はお菓子の陳列されているコーナーへ向かう。他の子はともかく、香澄は化粧品を買ったりと金欠だった気がするが大丈夫だろうか。
「あれ?香澄ちゃん何も買わないの?」
「あー、うん。そういえば今月もう使い切っちゃってた」
不安的中。とはいえ金遣いの荒いアイツが悪いのだ。こういう失敗で節約を学んで行くのが成長である。なんだか昔の自分を思い出す………いや、俺は成長して無いな。衝動買いばかりだ。
苦笑い一つして、一度バックヤードに入る。そしてある物を手にレジへ戻り、香澄に声をかける。
「今日は俺が奢ってやるから、好きなの食べな」
「え、良いの!?」
「おう、実は給料入ったばっかりなんで、少し余裕あるんだ。お友達の子も、好きなの買ってやるよ」
「わーい!じゃあポテチと、チョコレートと、あと……」
「一人一個までなー」
タダで好きなものが買えるという事でテンションがあからさまに上がった小学生達に、その言葉は果たして届いたのだろうか。俺を普通だの妥当だの言ってくれやがった子が買い物かごの中に既に三つほどお菓子を投げ入れているのを見る限り、届いていないようにしか見えないが。
あまりコーナーが広くないのもあってか、彼女達のお菓子選びはすぐに終わり、いっぱいになったかごがカウンターに置かれた。
やはりというか、個数は明らかに一人一個のソレではない。とはいえ金額を合計すればそこまで大した額でも無かったので、全額俺の財布から出してやる事にした。
少女たちは「ふとっぱらー」とか「おとなー」とか言って嬉しそうにしている。それこそ俺の事を普通呼ばわりしてきた子でさえ、「お兄さんかっこいー」とか言ってきている始末だ。金ってすげぇ。施しってすげぇ。
「またよろしくね~」
「これっきりに決まってんだろ。金は計画的に使えよなー」
元気よく去って行く香澄には、俺の言葉はきっと届いていないだろう。アイツの事だ、きっと聞こえていても無視するだろうし、何なら来月俺の給料が入って来る辺りで何らかの物を強請って来るに違いない。
一気に中身の薄くなった財布につい溜息を吐くと、由希亜が苦笑いしながら「良かったの?」と聞いてくる。
「まぁ、偶には良いだろ。次からは絶対しないけど」
「そう言いながらやるじゃん、純也って」
そんな事はない、と否定しようとするが、ゲーム本編でも純也の記憶でもそんな様子が多々見受けられたので、押し黙る。
寝取られゲーの主人公であると同時に、ラブコメの主人公的な要素も持ち合わせているのだ。愛島純也という男は。
ラブコメ主人公特有の鈍感難聴だとか優柔不断さだとかが寝取られに繋がるので手放しに良い事とは言えないのだが、しかしソレ以外の主人公要素(底抜けな優しさ等)のおかげでヒロイン達に好かれている部分もあるので、難儀なモノである。
「でも、純也って妹いたっけ?」
「え?―――あぁ、言ってなかったな」
香澄と義兄妹になったのは、実は結構最近の事。
純也の父親である愛島信人がゆらぎと再婚して、実はまだ一年ちょっとしか経っていない。純也は再婚の話を特に誰かに話す事もしなかったし、偶に家に遊びに来る教斗くらいしかその事を知っている人はいないのだ。
簡単に事情を説明し、店内の壁かけ時計を見る。もうすぐ人が多くやって来る時間だ。雑談もそろそろ切り上げないと。
「なんか、同じだね」
「え?」
「ほら、アタシも妹いるじゃん。つってもアタシの方は義理じゃないけど」
話し始めた由希亜に、仕事モードに入ろうとしていたのを一旦止める。
家族の話。コレは由希亜ルートでは結構重要な話なので、しっかりと聞いておかなくてはならない。
後々大事になって来るのだ。寝取られ回避的な意味でも、好感度的な意味でも。
「いいなー、兄妹仲良さそうで。アタシの所は全然ダメでさー」
「凄く仲良いって訳でもねぇぞ?結構生意気だし、我儘多いし」
「それでもほら、ちゃんと話せてるじゃん。こっちは全く顔も合わせないっていうか……まだ中学生だってのに、夜遅くまで遊び歩いてたりとか。母さんも心配してるし、アタシだって心配だし」
そう呟く彼女の顔は、今にも泣き出しそうに見える弱々しいものだった。
彼女の妹は母親だったり由希亜だったりに甘やかされて育ってきた為ワガママ三昧。その上反抗期に入り、手がつけられない状態になっている。
由希亜ルートでは、主に彼女たち姉妹の話が中心になる。姉妹や家族の仲を取り持ちつつ、由希亜と恋愛する……それだけ聞けば普通のギャルゲーだが、途中で間違った選択肢を一回でも選べば寝取られだし、最後の最後まで進めても藤島家の親子三人が
とはいえ対策は(俺の想定通りに進めば)朱音の次くらいには容易だし、妹の話が聞けた今から動けるようになったし、下手に焦ったり気負ったりして失敗しない限り問題無いだろう。
何か慰めた方が良いだろうか、と黙り込んでいると、由希亜は何を勘違いしたのか無理やり笑顔を作り、
「ごめん、なんか暗くなっちゃった。さっ、そろそろお客さんも増える頃だし、仕事戻ろ?」
「………あぁ、うん。そうだな」
無理に同じ話題を続けるのもダメだろう、と、俺もまた笑顔を作り、頷いた。
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