突発的デートイベント

部活をやめ、バイトを始め、ヒロイン達と少しずつ距離を縮めつつ竿役と距離をとる。

ここ一ヶ月半の俺のやった事……成果だ。


猿島を筆頭とした、俺との関係を通じてヒロインに接近する竿役は、俺と関係が無くなればほぼ無力。ヒロイン達(主に真尋など)からの好感度を上げる事で自分から(大学生集団などの)竿役に近づく可能性を下げ、部活を辞めた事で朱音のイベントを根底から破壊し、放課後の時間を寝取られ対策に使えるようにし、バイト先で発生するいくつかのイベントをその場で即座に破壊(或いは未然に防ぐ)事を可能にした。

文字に起こせば中々順調に事が進んでいるように見える。実際ここまでは知識通り、想定通りの流れだ。


だが、そろそろ本気で考えないといけない事がある。それは。


「………ヒロイン決め、か」


ベッドに寝転がり、天井を眺めながら呟く。

どのルートをメインに進めるか。これが俺の一番考えるべき事だった。


各ルートごとのヒロイン達の動向……というか竿役との関係は暗記している。例えば真尋ルートの千尋は中盤で黒ギャルになるだとか、香澄ルートの美月は二章でマッサージ師(竿役)に快楽漬けにされ、ゆらぎや香澄をソイツにあてがうだとか。知らぬ間に竿役の虜になった攻略していないヒロインが、攻略中のヒロインと竿役の架け橋になるパターンは存外多いのだ。

だから、寝取られ対策という点に置いて困ることは無い。このルートではこうすれば良い、と言った情報は全部まとめてある。


問題は、俺が誰を攻略するかだ。


「………決めきれねぇなぁ、マジで」


何度だって言うが、俺はこのゲームに登場する全ヒロインが好きだった。そこに差は(厳密にはあるが)殆ど無いようなもので、とても誰か一人を決めるなんてできない。

その上今の俺を構成するもう一つも要素、愛島純也の方は、好きな人がいないという始末。純也の意思を〜、とかそういう事もできない。


そんなこんなでここ一ヶ月ずっと考え続けていたのだが、全く進展がない。優柔不断が酷すぎる。部活を辞める選択をした時のように純也と対話(のような事)をしてみても、結局時間の無駄で。


「なんだろ、今誰を選んでも絶対後悔しそう」


愛島純也になってからは珍しい、何もせずただ寝転がるだけの時間を謳歌する。各ヒロインの事を考えながら、彼女達との恋愛を想像しながら、自分は一体誰と恋がしたいのか真剣に悩んでいる。

まさかこうも全員を同じくらい魅力的に思っているとは思わなかった。後二人まで搾るまでは簡単に出来るつもりでいたが、一人も減らせないとは恐れ入る。

逆にコレは、決めずに誰かから告白されるのを待った方が―――いやいや、そんな消極的な、受け身では寝取られる。こちらから攻めなければアウトだ。


「………ん?メール?」


どーすっかなぁ、と声に出したその時、横に置いていたスマホが振動した。画面を見ると、真尋の名前が表示されている。

慌てて内容を確認すると、今暇かどうかを尋ねるメールだった。


勿論暇である。というか真尋達ヒロイン以上に優先するような用事なんて無いので、こういう質問が来た時点で何があろうと暇になる。

暇だよ、と急いで返信し、先程まで考えていた事は頭の片隅に放り投げ、真尋との会話に意識を切り替える。


これは俺が純也になってからずっとやっている事だが、ヒロイン達と接するときは言動全てに極限まで注意を払っている。ゲームの時と違い、普段の立ち振る舞いも好感度の変動に関係してしまうのだ。しょうもないミスで竿役の物にされては悔やんでも悔やみきれない。


「えっ、マジで!?」


真尋からの返信を見て、その文面につい大声を出してしまう。

でもそれも仕方ないだろう。何せ、そこに書かれているのは俺にとって予想外の、想定外の僥倖。


「で、デートのお誘い……ッ!?」


映画に一緒に行かないか、一言で言えばそんな内容だった。

ゲームでは無かったイベントだ。いや、厳密にはデートイベント自体はあったが、いくのは水族館か行先の特に決まっていない買い物くらいだった。


当然断るなんて真似はしない。行く以外の選択肢があるはずも無い。

頭の中では色々考えていたが、返信にかかった時間は十秒足らず。食い気味すぎる「行く」だけの一言は、先程「言動に気を遣っている~」とか言ってた男のモノとは到底思えない。


「日時は……っと、四日後か。確かに日曜日ならバイトも何もないし、一日中使える……」


どうも気分が落ち着かず、部屋の中心をぐるぐる歩き回りながら独り言をしつつ、真尋とメッセージのやり取りを行う。

日時、集合場所、見る映画、等々。確認しておくべき事は沢山だ。それに合わせた準備も、早速今日から始めなければならない。


「……うん、一先ずこのプランで動けば大丈夫……だな。取り敢えず当日の服装でも考え―――」


一通りデートに関する話を聞き、他愛ない日常会話に移った所、突然部屋のドアが開け放たれた。

壁にぶつかった音に驚き、つい肩が跳ねてしまう。


ノック無しで俺の部屋のドアを開け放った時点で犯人はわかっているが、一応下手人の居る方へ目を向けると、案の定香澄が立っていた。


「ぷっ、なに今の驚き方」

「い、いきなり入ってきて笑ってんじゃねぇ!っつーかノックしろよノック!」

「反抗期の息子みたいな事言わないのー。ちょっと話があるんだけど、良い?」

「……はぁ、ちょっと待ってろ」


真尋に「ちょっと用事が出来た」と連絡し、了解の返事が来たのを確認してからスマホを仕舞い、改めて香澄の方を向く。

好きな場所に座れ、と言おうと思ったが既に元居た場所にはおらず、勝手に俺のベッドに横たわっていた。なんだコイツ。


「終わったー?」

「まぁ、な。で、何の用だよ?またわからない所でもあったか?」

「んーん。今日はお勉強の相談ではありませーん」


じゃあなんだよ、とため息交じりに尋ねながら、ベッドの縁に腰かける。

小生意気なヤツではあるが、俺はこの距離感が嫌いではない。寧ろ、どこか壁を感じる母さんや美月姉よりも接しやすくて好ましい。


とはいえ傍若無人な振る舞いが続けばストレスもたまるが。


「あのさ、純兄。明日って暇?」

「金なら貸さんぞ」

「なんでそうなるの?」


心底疑問だ、という顔を見せる香澄だが、俺はこういう語り口調で香澄が話し始めたらどんな言葉が続くか、よーく知っているのだ。

ゲーム知識的にも、純也知識的にも。


「どうせ明日一緒に買い物行こうーとか言って全部俺に払わせるつもりだろ。ってか前にやったろ」

「うげ、覚えてたか。――まぁいいじゃーん。こんな可愛い妹と買い物いけるんだから役得じゃない?」

「悪徳レンタル彼女みたいな額請求してくるだろお前」


目線を逸らし、口笛になっていない口笛を吹き始めた。コイツわざとわかりやすい誤魔化し方をしてやがるな。


……はぁ、仕方ないか。


「明日、何時からどこに行きゃいいんだよ」

「え、良いの?この流れで?」

「全部は出さねぇからな。俺もそんなに金があるわけじゃねぇし」


おぉー、太っ腹ーなんて声が聞えるがそれは無視。

明日は別にバイトがあるわけでもないし、香澄と出かけるくらいは問題ないだろう。仮にもヒロインなのだ。金が云々って理由だけで雑な扱いをするのも良く無い。


「じゃあ明日の放課後、学校まで迎えに来てよ。私の学校の近くにあるんだよねー、そのお店」

「はいはい。ちゃんと待ってろよ」

「そりゃあもう。ありがとね、お財―――お義兄ちゃん!」

「やっぱ明日行くのやめるわ」

「わーっ、ごめんって!冗談だって!」

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