カラオケパーティー
「次、まひちーの番じゃね?」
「ほんとだ。でもこれ、実は自信ないんだよねー」
「大丈夫だって。まひちー歌うまいし。ねー、純也」
「あぁ。ま、上手くいかなくても気にすんなって。俺も次の曲あまり自信ないし」
「そう?あ、そろそろ歌い出しだ」
マイクを手に歌い始めた真尋を見つめながら、ストローに口をつける。
校内清掃ボランティア参加者の親睦会、という名目のカラオケパーティーだが、実際にボランティアに参加する人全員が来るわけではなく、俺と真尋、由希亜の三人だけで集まっていた。
まぁ、偶々ボランティア参加者の集いになっただけで、実際は俺達三人の幼馴染グループで遊ぼう会としての側面の方が強いんだけど。
真尋の歌に合わせて、由希亜が手拍子したり、受付から貰って来たマラカスを振ったりする。
既に延長が入り、歌うのも盛り上げるのも三時間近くぶっ続けでやっているというのに、凄い体力だ。流石に声は枯れ気味になっているが。
「82点かー。結構な時間歌ってるし、安定しなかったなぁ」
「でも上手だったじゃん!やっぱ、まひちー歌上手いよね」
「だな。けど疲れてるっていうか、声が枯れ気味なのは確かじゃん。延長したばっかりで時間あるし、そろそろ休んでおかない?」
「賛成ー。私しばらく歌えないかも」
ソファの背もたれに体重を預けた二人は、季節限定メニューの、何か不思議な色をしたソフトドリンクを飲む。
値段の割に量が入っていないが、味が良いのだろうか。
巨大なモニターに、曲が入っていない時に流れる番組?的な映像が流れ始めてから少し経った頃、スマホを弄っていた真尋が唐突に俺の方へ近づいてくる。
ふわ、と甘いような香りと、彼女身の体温を近くにを感じて、生唾を呑み込む。
美月姉と言い、ヒロインと物理的な距離が近くなると、どうもドキドキしてしまう。竿役の事を蔑んでおきながら、俺も俺で彼女達に女性的魅力を感じずにはいられないという事だ。
そんな自分が、情けないやら恥ずかしいやら。男なら当然、といえばそれまでなんだけど。
「ねぇ純也君。昨日からずっと気になってたんだけど、本当に部活、辞めちゃったの?」
「あー、うん。色々偶然というかなんというかが重なって、結果的に辞める方向になった感じ」
「噂で聞いたけど、朱音も一緒に辞めたんでしょ?もしかして、それと何か関係してたり……」
「さぁな。俺は元々違う理由で退部考えてたし、立花もなんか理由があったんだろ。ちょうど同じ日になっただけで」
「そんな偶然あるかなぁ」
不思議そうにする真尋だったが、それ以上追及する事はなく、再びスマホを弄り始めた。
上手く誤魔化せた、とは思わない。真尋は人の考えている事を読み取る事に長けている。きっと今も、俺が何か隠しているという事はわかっているのだろう。それでも敢えて聞かずにいてくれる辺り優しいのか、はたまた興味が無いだけか。
多分後者だけど、ありがたい事に変わりはない。
俺も適当にSNSでも見るかとスマホを取り出すと、真尋とは反対の方の、俺の隣に由希亜が座る。
そこそこ勢いのある座り方だった為にスカートの端が揺れ、ただでさえ短いソレの中身が微かに見えそうになる。俺が後もう少し自制心の無い人間だったなら、ガン見してしまっただろう。咄嗟に、自然な感じで視線を別方向へ向けられて良かった。
「この部屋広いんだから、態々一か所に集中しなくても良くないか?」
「えー、いいじゃん。せっかくなんだしさ。ってか純也、今日あんま歌って無くない?アタシらばっか歌ってる感じ」
「そうか?」
そうか?とか言っているが、実際その通りだと俺も思っている。
何せ俺はこの世界の曲を、純也の記憶を通してしか知らない。ゲームの世界だから当然だ。流行りの曲もアニメの曲とかも、全てが元居た世界のソレと異なっていた。
昨日の内にいくつか聞いてみたり、実際歌ってみたりしたのだが、どうも上手くいかない。
俺が馴れている歌い方にすると純也の声と合わないし、何より元居た世界の曲とこちらの世界の曲、似ているのだ。だから歌詞とかも自然と引っ張られるし、音も元居た世界の方に合わせてしまう。6:4の比率が、今この時ばかりは恨めしかった。
まぁ少しでも俺の比率が少なければ寝取られ回避よりも自分優先しちゃいそうな部分とかあっただろうし、コレが黄金比なんだろうけども。
わざとらしく首を傾げる俺に、由希亜はあまり表情を変えずに、しかし瞳に不安そうな色を浮かべながら、恐る恐る尋ねてきた。
「……カラオケ、あんま楽しくない?」
「そんな訳ないだろ?俺は普段通りだと思う……けど、まぁなんだろうな。こうして三人集まるのもカラオケに来るのも久しぶりで、ちょっと緊張してんのかも」
「純也君に限って緊張は無いと思うけどなー」
「なにおう?俺だって緊張くらいするぞ」
「ふふふっ、そっか。なら良いんだけどさー」
安心したように笑い、息を吐きながら力を抜く。
由希亜は明るいキャラだが、内心で深く考えすぎてしまうタイプであり、誰か一人でも表情が優れないと「自分が何か悪い事をしただろうか」と考えてしまうのだ。その上真尋程ではないにしても他人の顔色を読み取る能力が高いので、その「自分何かやらかしちゃった」思考に至るまでが早い。
彼女ルートではそんな思いをさせないような選択肢を選び続ける必要があったのだが、最終的にはどの選択肢もアウトという状況に追いつめられるので、自分で考える必要がある。
先が思いやられるなぁ、とため息を吐きそうになるが、由希亜に変な心配を指せるわけにもいかないので欠伸で誤魔化す。
………さて、このカラオケイベント、仮に『行かない』を選択していた場合どうなっていたか。
答えは設定資料集のおまけページ、「各ルートでの攻略対象以外のヒロインのあれこれ」という部分に書かれていた。
俺に断られ二人だけでカラオケに行った彼女達は、店を出る時に大学生グループと遭遇し、連絡先を交換する事になる。その後グループとの関係は続き、一緒に遊びに行くことも増えるが、彼らは所謂『ヤリサー』というヤツであり、真尋も由希亜も彼らの『遊び』に本格的に参加させられるようになり―――と、ざっくり言えばそんな感じである。
ゲームで『カラオケに行く』を選択した場合、大学生グループについて一切言及される事は無かったから、既に回避できたと喜んで良い、とは思うが……まぁ、油断はしきれない。一応警戒心は解かずにいよう。
「そろそろ歌うかなー、先に二人が歌う?」
「んー、アタシまだ喉痛いし、純也歌って良いよー」
「私もまだ休憩かなー」
「りょーかい」
曲を入れ、マイクを手に立ち上がる。疑われている、というか心配されてしまうので歌う他ないが、いざとなると緊張感が凄まじい。
一応既に数曲は歌っているし、その時点では特に違和感を感じられていないが……これまた油断禁物だ。
なんで娯楽施設でここまで神経すり減らしてるんだ俺。度し難い状況に涙さえ出そうな気持ちになりつつも、必要な事だから仕方ないと割り切って、息を吸う。
世間一般に有名で歌いやすく、それでいて純也が歌っていて違和感がない曲。
二人の視線を微かに感じながら、俺は声を出した。
※―――
「流石に四時間ちょっとは疲れたねー。私、もう声でないよ~」
「まひちーの声、すっごい変じゃん」
「由希亜もでしょー?」
会計中、俺の後ろで話す二人の声はかなり掠れている。俺はそこまで酷くないが、二人は嗄れ声、というに相応しい枯れ具合だ。
画面に表示されたのとちょうど同じ額を財布から出す。小銭も過不足無しなんてツイてるな、なんて思いながら支払おうとすると、由希亜が待ったをかける。
「アタシも出すよ」
「別に気にしなくて良いぞ?金はあるし」
厳密にはこれから手に入るだが、同じ事だ。慌てた様子で財布を取り出した由希亜は、俺の言葉にやや申し訳なさそうにしながら、「じゃあ、ありがと」と呟く。真尋も意外そうに目を丸くしながら、財布をしまった。
その後会計はスムーズに終わり、店の外に出る。
俺の見立てだとこの近くに大学生の集団がいるはず。完全ゲーム準拠なら俺がいる以上声をかけられるような事態にはならないと思うが、念には念を、だ。周囲にそれっぽい人影がいないか、真尋達に怪しまれない程度の視線を巡らせる。
何故それっぽいなのかというと、ゲームでは彼らの明確な立ち絵が存在しない為、『大学生集団』という要素しか情報が無いからである。
「うわー、もう空が真っ黒だよ」
「流石に八時過ぎまで歌うのはやばかったかな……まひちーも純也も、門限的なの大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど」
「あー、私やばいかも。明日も学校なのにー、ってお母さん怒りそう」
「あっはは、じゃあ早く帰んなきゃじゃん。ごめんね?アタシが延長とかしちゃったから」
「んーん、全然いいよ。久しぶりに三人で遊べて楽しかったし」
話をしながら、各々の家に向かって歩く。俺達三人の家は比較的近く、方向も同じだから、こうしてギリギリまでは一緒にいる事が出来る。最後まで竿役の警戒が出来るのだ。幼馴染設定、万歳である。
しかし実際、周囲をいくら見渡してもそれらしき影は見当たらない。他愛の無い話をしながら、やや小走り程度の速度で歩き続けていると、すぐにカラオケがあるような繁華街的な場所から住宅街付近へと到着してしまう。
流石にこんな場所で遭遇する事は無いと思うが……まぁ、二人が家に帰るまでは警戒しておこう。
「――あ、そうだ。変わったと言えばさ、なんか純也も大分変ってない?」
「えっ、俺?」
歩きながらのなんてことのない雑談から突然不味い内容に会話が飛躍し、微かに肩が跳ねる。二人とも俺の反応には気づかなかったらしいが、話はそのまま『純也が変わった』というとても掘り下げて欲しくない話題で進んでいく。
「そうそう。あまり歌わなかったし、会計も私達の分まで全部出してくれたし。それに、部活止めるのだって、理由あるにしても今までの純也君らしくないなぁって言うか。まぁ、別にダメって訳じゃないけど」
「そうかなぁ?俺は別に、いつも通りにしてるつもりなんだけど」
「それにしてはって感じじゃない?ま、別に悪くないし良いんじゃないの?高校デビューにしては遅すぎると思うけど」
「大学デビューにしても早すぎるよねー」
クスクスと笑う二人からは、疑いとかそう言ったオーラは感じられない。多分、俺が唐突にイメチェンし始めた物と勘違いしているのだろう。
……まぁ、それなら良いか。寧ろこのままイメチェンと受け入れて貰った方が都合良いし。
悪い印象さえ与えていなければ良い、という考えの下、俺は一足早い大学デビューないし一足遅い高校デビューというふりをする事にした。
とはいえソレを「実はそうなんだー!」というのはバカなので、ここではやや否定気味に、恥じらうように演技してみる。
「べ、別にそんなモンじゃねぇけど」
「あー、その反応、図星だ」
「嘘つくの苦手な所は変わらないねー」
「いやいやそんな事ねぇし。ってか、そろそろ由希亜の家近いじゃん。ほら、お前も遅いとアレだろ。さっさと帰んな」
「あはははっ、焦ってやんの。ま、アタシも結構やばいし、じゃねー」
悪戯っぽく笑いながら、夜の住宅地を走っていく。由希亜の家はすぐ近く、という場所なので彼女一人でも問題ない。というか何かあった場合でも由希亜なら基本対応できる。暴漢相手なら迷わず俺達に助けを求める為に大声を出すし、俺が警戒していた大学生集団のような言葉巧みに誘ってくるタイプでも一定の距離を保てるし、手のかからないヒロインなのだ。
走り去って行く彼女を見届けてから歩き出す。由希亜と違い、真尋の家までついて行くつもりだ。なぜなら家の位置的に彼女の家の前を通っても不思議じゃないし、ヒロインの中でも由希亜と違いかなり防御力が薄いので、何かあった場合が恐ろしいからである。
「………ねぇ、純也君」
「んー?」
無言のまま歩き続けて数分後、真尋の家が見えてきた所で、突然彼女の足が止まった。俯きながら、小さな声で名前を呼んでくる。
少し遅れて俺も立ち止まって、どうしたのかと振り向くと、手で「あっちを向いてて」と指示される。
顔を見られたくない、とかだろうか。しかしなぜ?
「答えたくなかったら、全然、良いんだけど……」
「?何、部活の話?」
「うぅん。そうじゃ無くて」
生唾を呑み込む音が聞こえる。余程緊張しているらしく、声は先程から震えている。
真尋らしくない。純也の記憶も、設定的にも彼女がこんな態度を見せるのは珍しい。
本当にどうしたのだろうか、と心配になって来た俺に、息を吸い込む音の直後、彼女の大きな声がぶつけられる。
「す、好きな人とかできたの!?」
「―――はい?」
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