最初の勝利
『愛する彼女が堕ちるだけ』は全部で七人のヒロインがいて、全部で七つのルートに分かれている。
その中でも朱音ルートはプレイヤー達からメインルートと呼ばれる程入りやすく、彼女が寝取られ、快楽に溺れた姿は一番目にしやすいと言って良い。メインヒロインであり、一番CGの多い真尋よりも、だ。
そもそもこのゲームにおけるルートは『どのヒロインの寝取られシーンがメインに表示されるか』という意味であり、それらは当然だが選択肢によって決まる。
朱音の場合純也と同じ部活に所属しているという事もあり、他ヒロインと違って狙わなくても時間経過で彼女と遭遇し、その会話によって好感度上げが行われてしまう……つまり、寝取られのフラグが立ってしまうのだ。
そして昨日、俺は彼女が寝取られ一歩手前の状態にある事を知って、敢えて寝取られイベントが始まる選択肢と似た言葉を放った。
これが俺の初日の最大の功績と言って良い。
なぜならこうして、最大の寝取られイベントを一つ、早期に潰せるのだから。
「愛島、本気で言っているのか?」
「えぇ、本気です」
相手の目を真っ直ぐに見つめながら、やや食い気味に答える。
斜め後ろに立つ朱音が、酷く動揺しているのが気配で分かる。だが今彼女の方を見る余裕はない。
なぜなら今俺が対峙している男こそが、俺の『全ヒロイン寝取られ回避チャート』における最初の敵だからだ。
彼に名は無い。あるのだろうが、ゲームでも現実となった今でも、彼の本名が呼ばれている所は見た事が無い。
その肩書は『監督』。陸上部の顧問である。
彼の手には俺が先程渡したとある紙が握られており、持つ手は微かに震えている。
彼もまた朱音のように動揺しており、俺の言っている言葉の意味は理解できても、それが現実だと受け入れられていない様子だ。
しかしそれも当然の事だろう。何せ俺が渡した紙も、俺が言った言葉も、全部今までの純也ならあり得ないモノなのだから。
「―――俺、陸上部やめます」
※―――
寝取られを回避しよう、というのが『愛する彼女が堕ちるだけ』のキャッチコピーだが、最も入りやすい朱音のルートは最初から寝取られた状態で始まる。
彼女のルートに入ろうが入るまいが、もう手遅れな状態になっているのだ。
彼女のストーリーは部室で監督と話をしている所から始まる。
その内容は「純也を活躍させて欲しければ抱かせろ」という物。そのシーンではまだ手は出されず、答えは明日聞くとしようと言われ、場面が切り替わるのだがこの後何を選んでも彼女は監督に抱かれる道を選んでしまう。
自分には不利益しかないのになぜ、と思うかもしれないが、彼女は元々純也が好きで、そんな好きな男の力になりたいと思いマネージャーとして入部しているのだ。
自分が少し我慢するだけで、純也の夢は叶う。そう思って、彼女は好きでも何でもない男に自分の初めてを捧げてしまう。容姿が悪く性格も悪く、ただセ●クスが上手いだけの男に都合の良い性処理道具として扱われる苦しみに耐えながらも、約束通り今まで以上に活躍の場を与えられるようになり喜ぶ純也の姿を見て「幸せそうで良かった」なんて思いながら、恋心よりも快楽を求める心が段々と大きくなり、そしてそのまま堕ちて行く。
じっくりと監督に『調教』されていく中で理性や倫理観と言った物のタガが外れていき、監督の指示によってOBや純也以外の部活生と言った他の男達とも幾度となく肌を重ねていく。知らない所で常に監督や自分以外の男に体を好き放題され、自分はキスすら滅多にしないようなプラトニックな関係を続け、終いには完全に堕ち切った彼女に真実を告げられ涙に暮れるエンドのみが待っている……それが朱音ルートだ。
色々思う所はあるし言いたい事はあるが、それは一先ず置いておく。
今大事なのは、ゲーム本編で寝取られが絶対に回避できないヒロインである彼女を、人生崩壊の危機からどう救うかという話だ。
「ま、そんなの悩む余地も無い。そうだろ?」
言い聞かせるように声を出し、鏡に映る自分に笑いかけてみる。
そう。ここまで考えれば簡単だ。彼女が崩壊へ足を踏み入れる動機。ソレをどうすれば止められるのか。俺が何を捨てれば解決するのか。
それはきっと、俺一人だけなら簡単に実行できた。
しかし俺は俺一人じゃない。中に純也の残滓があり、その思いが、俺の行動に待ったをかける。
「俺が部活一つ辞めるだけで、女一人が真っ当な人生歩めるんだからソレで良いだろ。努力が無駄なんて言わねぇし、将来に役立たねぇならやっても無意味だとか言いたくねぇけどさ。プロになるわけでもねぇたかが二、三年の青春の為に一人の人生棒に振らせるのが良いわけねぇだろ」
純也から返事があるわけでもないのに、俺は会話するような口調で声を出す。
部活を辞める。何度も考えた結果、コレが最善であると俺は結論付けた。
彼女が監督をはじめとした竿役達に好き放題弄ばれるようになるのは、純也が大会に出場するなど、今以上に活躍する機会を作ってもらう為。その後は一度関係を切ろうとするものの、行為中の写真や動画で脅され、終いには部活生たちにすら良いように使われるようになる。
つまり、俺が部活を辞め、そもそも彼女が体を差し出す理由を無くしてしまえば良い。可能なら生徒に肉体関係を強要した事なんかで訴えて学校を辞めさせ、完全に寝取られの可能性を断絶させるまでしてしまえば良い。
―――だが、そこまでわかっていてもなお、純也の意志がソレを中々是としない。
退部届を部屋で書こうとしていたのだが、どうにもペンを持つ手が動かないのだ。
だからこうして、自分の中にある『純也』と対話するために、洗面所まで来た。
「頼むよ。俺の夢の為に、
震えていた手が、段々と落ち着いていき、ついには止まる。どこか強張っていた体から、ふっと力が抜ける。
きっと純也は、受け入れてくれたのだろう。
「……悪い。ありがとう」
感謝の言葉と共に頭を下げ、そして鏡の前から移動する。
部屋に戻って、さっさと退部届を書ききってしまいたい。そろそろ家を出ないと不味い時間だ。
朱音の件が一番のイベントとは言え、真尋達関連のイベントも回収、確認しておかないと不味いしな。
※―――
「………理由を、聞かせてもらっても良いか?」
敷地内全面禁煙だというのに、監督はタバコを咥え火をつけた。カタカタと貧乏ゆすりで椅子を揺らしながら、落ち着きの無い様子を隠さずに俺の言葉を待つ。
わからないのも無理はない。彼にとってはまだ、やる気があり実力もあるはずの生徒が突然退部を宣言したという状況でしかないからだ。
ノックして返事を待たずに部室に入り、そのまま叩きつけるようにして退部届を出した俺は、さぞ不気味に見えている事だろう。
ここは無駄に遠回しに行く必要はない。一気に押し切るのが吉だ。
乾いた唇を湿らせてから、端的に答える。
「昨日、監督と立花のやり取りを聞きました」
「ッ!?」
朱音が息を呑み、監督は露骨に動揺した態度を取りつつも、声だけは出さなかった。
「俺と、立花の?なんのことだ?」
「大会の出場権とか、部内での俺の活躍をネタに立花を脅していましたよね」
「――――チッ」
最初こそ白を切ろうとしていた監督だが、続く俺の言葉で歯噛みして、舌打ちをした。
そして退部届を机の上に置き、俺……ではなく、背後にいる朱音を睨みつけた。
何故俺じゃ無くて朱音を、と一瞬疑問を感じ、すぐに答えが分かったので訂正する。
「勘違いしてるみたいですけど、本当は立花が教えてきたとかじゃないですよ。偶々休憩中に聞こえたんです。監督と立花の声が」
その言葉に、さらに眉間に皺をよせ、貧乏ゆすりがさらに激しくなる。
額には冷や汗が滲み出て、タバコをしきりに咥えては離しと繰り返す。
冷静になる暇を与える必要はない。このまま押し切ろう。
タバコ臭い空気を微かに吸って、口を開く。
「俺、本当に陸上部の活動が好きでした。頑張って、そして活躍して、最高の思い出にしたいと思ってました。だから、残念ですよ」
「……待て、愛島。誤解だ」
「じゃあなんでさっき立花を睨んだりしたんですか」
「そ、それはだな……と、とにかく違う。俺はそんな事一言も」
「い、言ったじゃない!!」
震える声で何とか否定しようとする監督に、俺の背に隠れるようにしながら、朱音が怒鳴りつける。
「純也に活躍して欲しいって思ってるなら、わ、私に……抱かせろって、言ってきたじゃない!!」
「んなっ、立花!お前!!」
「決まりですね」
立ち上がった監督を手で制しながら、毅然と言い放つ。
俺が退部すれば、元々部活に思い入れの無い彼女は、自分を性的な目で見ていただけでなく実際に脅して関係を持とうとした教師のいる部活なんかすぐにでも抜けようと思うはず。
俺の想定通り。俺の想像通り。
プレイヤーだった時からなんとなく「こうすれば良いんじゃねぇの」と思っていたのは、正しかったのだ。
少なくともこの段階までは。
「っ、あ、愛島。待て、待ってくれ、お前に辞められたらこの部活は」
「いいじゃないですか。言ってたでしょう?俺の代わりなんかいくらでもいる。その中でどうしてもアイツに活躍して欲しいなら……って。何回でも言いますけど、俺はどんなやり取りをしてたか知っててこう言ってるんです。コイツが抱かれるかどうかで決まる程度なら、俺に拘る必要も無いじゃないですか」
監督が黙り込み、俯いたタイミングで視線を背後に向ける。朱音は俺の視線に一瞬意図が分からず困惑した声を漏らしたが、すぐに理解し、微かに震えながら監督に告げた。
「わ、私も。もう辞める。監督に、そんな事思われてるって知りながら……活動、できないし」
やはり返事は無い。全てを諦めきっているのか、まだ何か打開策は無いかと考えているのか。どちらにせよ不気味だ。
しかし退部には一応退部届を出したという事実が必要な為、朱音にその事を告げ、ここで待っているからさっさと書いて持ってこいと言った。彼女はすぐにソレに頷いて、部室を出て行く。
そして、いつまでも微動だにしない監督と、ソレを注意深く観察する俺だけが残る。
灰皿の上に置かれたタバコから、微かに煙が昇る。部室に火災警報器が付いていないので、いくら煙が充満しても何も起きない。
「―――着いて行かなくて、良かったのか?」
何分経った頃だろうか。
監督が、徐に口を開いた。
その発言の意図はわからない。しかし答えても何ら支障はないので真実を告げる。
「別に。退部届を取って帰って来るだけですよ?寧ろ俺がアイツについて行って、万が一監督に逃げられたってなったら、退部する機会を逃す事になるので」
「ちっ。馬鹿なヤツだと思ってたが、どうも頭が回るなァ、お前は」
「その口ぶりだと、ソレを狙ってたんですか」
「いやぁ?逃げるのも一つの手だとは思ってたが、アイツ無しでも次期エースを任せようと思うくらいに足の速いお前相手に、鬼ごっこなんか仕掛けても俺の体じゃ無理だしな。だが、もう一つ手がある」
「承認しなきゃ退部届は効力が無い、ですか」
この高校に関わらず、どの高校もそうだろう。
顧問の承認無しに退部は成立しない。なら、顧問がいつまでも認めず、部活を止めさせなければ良い。
仮に部活に顔を出さなくなれば、成績に響かせてやれば良い。
―――きっと、そう考えているのだろう。
「あぁ、そうさ。ははは、逃げられると思うなよ愛島ァ。お前は俺の功績として部に残っててもらわなきゃ困るんだよ。それに、立花はいい女だ。あんなエロい体した若い女、抱く機会があるってのに何もしないのは失礼って話だろう」
「………は?」
「お前も男なんだからわかるだろう。少なくともお前以外の部員はそういう目でアイツを見てる。アイツが屈んで、エロい尻が突き出された時。アイツが動くたびに、エロい乳が揺れる時。生唾飲み込んで、チ●ポバッキバキにして、頭ン中で滅茶苦茶に犯してるんだよ。誰でもなァ」
「そんな事言って、今時許されると思ってるんですか?」
「バカが。お前が録音してねぇのはわかってんだ。証拠無しで監督を訴えられると思っているのか?寧ろ、常に功績をあげ、かつては全国にまで導いた俺を引きずり降ろそうとしたお前が酷い目に遭うだけだろうな」
ドアが開き、息を切らした朱音が入って来る。
ヒラヒラ動く紙の音が聞こえるのは、彼女が退部届を手に持っているからだろう。
「戻って来たか、立花。いいかお前にも言っておく。絶対にその退部届は受理しないからな!お前達はこの学校に居る限り、ずっと部員だ!俺に黙って従ってりゃいいんだよ!立花、お前のその体も、今年中には必ず俺が犯し倒して―――」
「調子乗ってんじゃねぇ豚野郎!!!」
「ぐぇっ!?」
「じゅ、純也!?」
冷静に冷静に、あくまで落ち着いて対応しよう。
そう考えていた俺だったが、我慢の限界は早かった。
気づいたときには監督の胸倉を掴み、体を壁に叩きつけていた。
信じられない、という目を一瞬向けた監督は、すぐに高笑いする。
「は、はははっ、はははははァッ!!やっちまったなぁ愛島ァ!生徒が教員に暴行なんて、そんなの許されるわけが」
「証拠は?」
「……は、はぁ?」
「証拠がねぇだろ。俺がいつどこで誰に暴行するよ?」
「な、何言ってんだお前、気でも狂って―――はぐぉっ!?」
膝蹴りを股間に叩き込み、手を離す。監督の体は即座に崩れ落ち、顔を青白くして息を荒くし、股間を押さえて悶え苦しみ始めた。
「暴力したってアンタが告発したって、明確な証拠がねぇんじゃどうにもならねぇな。それよか、俺がこの一件を生徒たちに明かしてアンタの居場所奪ってやる方が現実的だ。そう思わねぇか?」
意外と口も頭も回る。
最初手を出してしまった時は「何てことを」と自分でも思ったが、このままいけば退部届を認めさせることも可能かもしれないし、怪我の功名となり得る。
未だに股間を押さえながら、監督は俺を見て来る。
睨む、とすらいえない弱々しい眼光。もはやその色は、恐怖と言って差し支えなかった。
「………お、お前、正気か?」
「俺から言わせりゃ、アンタの方が狂ってるよ。そこまでして立花襲いたかったのかよ、クズが」
「だから何べんも言っただろうがッ、あ、あんなエロい女誰でも一度は犯したいって思って当然」
「ソレを実際行動に移そうとしてんのがイカれてるって言ってんだ!!―――もう話す事はねぇ。さっさと俺とアイツの退部届にサインしろ」
無理矢理起き上がらせて、椅子に座らせる。
足をプラプラと動かして脅せば、すぐにペンを手に持ち、俺の退部届に自分の名前を書いた。
朱音の退部届を俺が渡すと、そちらにもすぐに名前を書き、俺達の退部手続きは完了する。
………解決、だな。一先ずは。
この先に何が起こるか、少なくとも朱音ルートは未知数になった訳だけど。
「じゃあ、お世話になりました。今日の事を話しても良いですけど、俺は退学になろうが経歴にどんな傷が付こうが気にしませんし、アンタの人生ぶっ壊すくらい今の俺なら簡単に出来る事をお忘れなく」
突き返された紙に不備がない事を確認し、踵を返す。怒涛の展開に何も言えなくなった朱音も、終わったなら長々とこの場に留まりたくはない、とドアに向かって歩き出す。
部室を出るその瞬間、黙っていた監督が口を開いた。
「お、覚えておくのはお前達の方だぞ。俺はまだ、この程度で諦めるような男じゃない」
「そうですか。まぁ、俺を恨む分にはどうでも良いですけど。――――二度と朱音には手を出すなよ」
返事も待たず外へ出る。
まだ空は青く、日も白い。
「……大変だったな」
「―――あっ、う、うん」
一番最初の敵を乗り越えた。
その達成感、満足感に心が満ちていた俺は、気づかなかった。
最後の最後で、ついうっかり彼女を名前で呼んでしまった事。
そして、隣に立つ彼女の頬が赤く、俺を見つめる目が熱っぽくなっている事に。
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