始まる学生生活①
ヒロイン達を狙う最低野郎たちを薙ぎ払い、彼女達の幸せを作る。
愛島純也と混ざった俺が真っ先に成すべき事はソレであり、その為には『寝取られイベント』を全て回避する必要がある。
それはすなわち、真尋、朱音、香澄、美月、ゆらぎ、千尋、由希亜。この七人の個別ルートを同時に攻略することに等しい。言うまでも無く超高難易度だ。
「あ、おっはよー、純兄」
「おう、おはよう」
「おはよう純也。ご飯、テーブルに置いてあるから適当に食べちゃって」
「ん、おはよう。あ、醤油置いてくれてるじゃん。ありがと」
「あらあら、いつもは言わないのに。どういたしまして」
椅子に座りながら、改めて二人を見る。
ソファに寝転がり、近くに放り投げてあるランドセルを足で弄んでいる香澄。台所で皿を洗っているゆらぎ。二人とも、本物だ。単なるゲームのキャラではなく、今この世界を生きている一人の人間だ。
そしてこのまま放っておけば、竿役の誰かによって快楽漬けにされ、人生を崩壊させられる被害者だ。
守らなければ、とか、救わなければ、とか、無駄に壮大な言葉を使うつもりは無い。
ただ、真っ当な人生を送ってほしい。末路を知っているが故の、俺のエゴだ。
味噌汁を啜りながら、昨日考えた『寝取られない為にするべき事』の内、今日するべき事、今日から始めるべき事を脳内でまとめる。この作業は既に何度も行っている為、忘れているとか記憶違いとかは無い。最悪不安になったらメモを確認すれば良い。できれば確認の手間無く、正しい順序で行動し切れればグッドなのだが。
「ごちそうさま」
空の食器のみが載せられたお盆の上で両手を合わせる。美味しかった。昨日の夕食の時点で分かっていた事だが、彼女の作る料理は中々に絶品だ。やや薄味気味なのが俺の好みから外れてはいるが、優しい味でいくらでも食べられる。
時刻は7時28分。今から家を出れば、かなり余裕をもって学校に到着する事が出来るだろう。
※―――
「よっ」
「おう」
言葉とも呼べぬ声でのやり取り。コレが俺と彼、
俺の一つ前の席に座る教斗は、味が好みだからという理由で常飲しているゼリー飲料を口に咥えたままスマホを操作し、こちらを見る事無く話を振って来る。
内容は他愛のない物で、大半はソシャゲかテレビ番組の話だ。生憎こちらの世界のそう言った作品は詳しくないので相槌を打つだけにとどまっているが、彼はソレを気にする様子も無い。惰性で口を開いているだけであって、会話の中身はあまり重視していないのだろう。
彼は俗にいう友人キャラ。主に登場人物の紹介をする解説キャラであるが、見た目や設定がやけに凝っている。
アルビノで低身長、顔が中性的というのもありパッと見ヒロインのようにも見えるビジュアル。可愛らしい外見に反して口調も気も強く、純也以外とはそもそも関わろうとしない。
その理由は過去にアルビノや女のような顔、細身の体からいじめの標的にされた過去があり、そんな中でも純也だけが普通に接して仲良くしてくれたから、らしい。設定資料集に書かれていたし、純也の記憶にもそのシーンがあったので間違いないはずだ。
ヒロインの攻略パートの際、好感度上げのヒントを高頻度でくれたり、竿役の略歴を簡単に教えてくれたりするかなりありがたい男で、作中に登場する男性キャラの中で数少ない良心と言える。
多少下心ありきにはなるが、コイツとはこのままずっと仲良くしていきたい所だ。
「んで、これで勝てるーって思ったらさぁ」
「ねぇ、ちょっといいかな?」
教斗の言葉を遮る様に、横から女子が声をかけて来る。基本教斗に声をかける者はいないので、恐らく俺が目当てだろう。体を声のした方へ向け、一応「俺?」と確認しておく。
少女はソレに頷き、手に持った紙を突き出してきた。
「『校内清掃ボランティア』?」
「うん。そうなの。生徒会主導で校内清掃を行うって話なんだけど……今年は色々あって人数足りないから、各学年から二、三人ボランティアを呼ぶことになったんだよね。それで今全員に声をかけてるんだけど……」
さも初耳です、という風に紙に書かれている内容を読み上げたが、俺はコレを知っている。
知らないはずがない。なぜならコレは、ゲーム本編でも登場したからだ。
ダメで元々と言っているような表情をした彼女に、教斗は「聞かれたわけじゃねぇケド、俺パスで」と言ってスマホに視線を落とす。少女は「だよね」と笑ってから、紙をしまった。
「愛島君も無理だよね。っていうか、放課後なんて部活忙しいでしょ?」
話してる途中にごめんねー、と言ってその場を離れようとする彼女を呼び止める。
当たり前だ。俺は無理だなんて一言も言ってないし、言うつもりも無い。
言うわけがない。
「ボランティア、俺は別に大丈夫だよ」
「えぇっ!?ほんとに!?」
飛び跳ねるくらいに驚き大声を出した彼女に、教室内の他の生徒たちの視線が一度集中する。なんだなんだ、と見て来る生徒たちの中には、当然だがヒロインの姿もある。
「おう。この学校、確かに広いしさ。このままボランティア無しだと、委員長達大変だろ」
「あ、愛島君……!!本ッ当にありがとう!一人来てくれるだけでも嬉しいよ!」
何度も頭を下げてくる。だがそれも仕方ないだろう。この学校、マジで敷地がデカい。校舎だけでも普通の高校の倍近くあるのに、それ以外の場所もそれなりに広く、しかも入り組んでいる。寝取られ回避に必須という理由がある、というのが手伝う第一の理由だが、仮にソレが無くとも手助けしてやろうと思うくらいにはやらされる人達が可哀そうな仕事だ。
このやり取りを見ていた他の生徒たちは、あの面倒な仕事を愛島がやるらしい、という事がわかり、「へー」だの「大変そー」だの好き放題言ってくる。
そしてその中から、俺が待ち望んでいて、必ず出てくると確信していた声が上がる。
「はいはーいっ。委員長、参加者もう一人増やしといて。アタシも行くー」
「えっ、藤島さんも!?」
「んー。ま、確かにこの学校全部掃除って、流石に大変っしょ?アタシほら、掃除とか得意だし。ヘルプ入ったら百人力的な?」
「うんうんっ、すっごく助かる!ありがとう!」
窓際の女子グループの中から、元気よく手が上がる。
藤島由希亜。ヒロインの一人であり、クラスカーストの頂点に立つ女だ。
ブレザーを腰に巻き、ボタンを多く開けて、一部改造した制服を着ている、という物凄い校則違反女子であるが、それが原因で指導される事は無い。理由はまぁ、ご都合主義的なモノだろう。
突然自分も参加する、と告げた彼女に、今度は「えー、マジで?」とか「ユキアやっさしー」とか「藤島さん参加するなら僕も出よっかな」とかの声が上がり、教室が少し騒がしくなる。
が、既に俺の目的というか、予期していた事―――つまり、藤島由希亜が一緒にボランティアに参加する事は達成しているので、これ以上気にする必要はない。
委員長が他の生徒の下へ歩いていくのを見届けながら席に着き、ふっと息を吐く。少し緊張した。これで由希亜が声をあげなかったら早速俺の予定からズレてしまう所だった。
「意外だな」
「何が?」
「お前がボランティアに参加するってヤツだよ」
「あー。理由は言った通りだし、それに俺、昔から募金に参加したりとか色々やってると思うけど」
「にしたって、放課後に時間取られるヤツだぞ?お前、最近調子良いから大会出させてもらえるかもとか言ってたじゃねぇか」
大会出場、ねぇ……。
これまた溜息の一つでも吐きたくなるような言葉が出てきたが、そんな気配はおくびにも出さず、教斗の言葉に答える。
「ま、大丈夫だよ。俺だって考え無しじゃない。部活もボランティアも他の事も、今のところ問題無しさ」
「ふーん」
「純也ー」
窓際から移動してきた由希亜が、俺の机の上に座る。何がとは言わないが、リアルで見るとその大きさに驚かされる。ぎゅむぅっ、という擬音が今にも聞こえてきそうだ。
視線がそこに集中してしまわないように、と目を適当な場所へ向けると、由希亜がいた集団の中から黒髪の少女がこちらに向かってきているのが見えた。
由希亜と違い、まともに制服を着ている(とはいえスカートは短い)少女。名前は、江口真尋。
「よっ、由希亜。真尋もおはよ。なんか用か?」
「ん、おっはー。いやね?ボランティア、このクラスは純也とアタシとまひちーだけっぽいじゃん?」
「ぽいじゃんって言われてもな。真尋も参加するのか?」
「うん。二人が出るなら、私も一緒にやろっかなーって」
俺の問いかけに、彼女は小さく頷く。これは愛島家の女たちと初めて会った時から思っていた事だが、いざ現実の存在となっても美しさだとか可愛らしさだとかが微塵も損なわれていない。一応三次元になっているはずなのだが、イラストそのままって感じだ。前世含めれば童貞って訳でもないのに、キョドってしまいそうになる。
いや、非童貞でもこのレベルの美人に囲まれれば動揺の一つもするだろう。―――俺の場合、そんなヘマをやらかせばバッドエンド直行だから気が抜けないが。
爪を少し弄りながら、由希亜が口を開く。
「んでさー。ほら、アタシらっつーか、純也だけ最近あんまり遊べて無かったし。いい機会だからさ、ボランティアがんばろー会ってノリで、三人でカラオケ行かね?」
「良いけど、行くんなら明後日で良いか?水曜なら部活休みだし」
「ん、おっけー。決まりね」
カラオケ。このイベントを拒否したら真尋ルートも由希亜ルートもその場で途絶え、後に竿役紹介の時に快楽堕ちした姿で登場する事になる為、何を犠牲にしても参加すべきである。
そう。来週から始まる『校内清掃ボランティア』イベントと、ソレを受注する事により発生する真尋、由希亜の幼馴染二人とのカラオケイベント。コレがまず最初に回収すべきものだった。脳内メモに書き記されているやる事リストにチェックを入れ、密かにガッツポーズ。
ここまではゲームでもあったやり取りだ。まだ安心して臨める。
この後。今日の放課後にする行動から、俺の知る物語は崩壊していく。いや、崩壊させてやるのだ。
まずはヒロインと交際を開始する前に山ほどあるバッドエンド―――『
一つのミスが死に直結する、過酷な戦いの始まりに、俺の体は微かに震えた。
この時の俺は、考えが及んでいなかった。
『BSS』以降の寝取られは、各ヒロインと交際を開始してから訪れるものであり、俺の考えた対処法は全て個別ルートで起きた事を『どうすれば回避できたか』と考えた上で生み出されたものだという事。
つまり、全ヒロインを下半身中心主義の竿役達から守る方法を実行するには、全ヒロインと同時に交際する必要があるという事に。
これが後に大変な事態を引き起こすなんて、微塵も思ってはいなかったのだ。
―――今となっては、ただの言い訳に過ぎないが。
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