第7話 最終話

 ◆




「こんばんは、夏目さん」


「ああ、小春ちゃん」


 アパートの階段を上がっていると、大学から帰宅したばかりの小春ちゃんが声をかけてくれた。


 昨日は少し微笑んでくれたのに、今日はクール一徹だ。小春ちゃんらしい。


「今日は学校?」


「はい」


「どうだった?」


「昨日、考えを整理できたおかげで問題も解決できました。夏目さんのおかげです。ありがとうございました」


「俺は自分の気晴らしに付き合わせただけだよ」


 並んで、階段をカンカンと踏み鳴らしながら2階へ上がる。


「それでは。失礼します」


「あ、うん」


 2階でピシャリと拒絶するように会話を終わらせ、ピンと伸ばした背中が先に歩いていく。


 小春ちゃんが部屋に戻った後で、俺も鍵を開けて自分の部屋に入った。


 うん? なんだ今の?


 昨日、少しだけ打ち解けられたと思ったのに。


 まったく女子大生の考えていることは、全然わからな――。


『みっっっっったーーーん! どうしようどうしようー! 昨日あんなことあったしぃ、恥ずかしくて夏目さんのこと避けちゃったよぉおぉぉぉお!!』


「……」


『嫌われちゃったかな? どう思うみーたん!? 謝りに行ったほうがいい? すぐ行ったほうがいいよね!?』


 全然わからないことはないんだ……。


(き、聞いてるこっちが恥ずかしいな)


 むしろ、今日も隣から小春ちゃんの本心がダダ漏れていて、少しは隠して欲しいとすら思ってしまう。


『んーーーーっ!! やっぱり私って、夏目さんのことが大好きなんだわ! 絶対に付き合いたいの! だったらよけいに謝らないとね!? みーたん待ってて! 行ってくるっ!!』


「ンッ!?」


 ほどなくして玄関のチャイムが鳴る。


 なっ、“大好き”? “付き合いたい”って……はあああ!? 嘘おおおっ!?


 おそるおそる玄関のドアを半分開けてみると、廊下に立っているのは無表情いつもの小春ちゃんだ。


「すみません夏目さん」


「い、いえ、なんでしょう……?」


「先ほど塩対応に見えていたかと思い、弁明に伺いました。全くそのような意図はありませんので、誤解を与えていたら申し訳ありませんでした」


 いや、無表情よ!


 本当に隣の部屋で「好きぃ〜!」って叫んでた子と同一人物? 違いすぎね? 感情が追いつかんぞ。なんなのこのキャラ?


「り、了解」


「? お顔が赤いようですが、風邪でしょうか。ご自愛ください」


 きみのせいだよ!


 ……とは言えず。


「俺は大丈夫かな。ご丁寧にありがとう。ま、またね」


「はい! もちろん、また・・です。失礼しますっ」


 あ。


 少しだけど、表の顔こっちでも笑ってくれた。


 そんな繊細な変化に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


『ねえねえみーたんっ、すぐ許してくれたよ! 勇気出して行ってよかったー! 私ね、もーっと色気のある女になって、夏目さんをメロメロにするんだから!!』


 んまあ繊細もクソもなく、また、絶っっっ対に俺が聞いちゃいけないキャーキャーが部屋で始まるんだけどな。


 こんな何者でもないおっさんのどこがいいんだろう。


 玄関の扉に背を預けて、煙草の煙を肺に入れる。


(……つかこれ、声が聞こえてるってバレたら、殺される気がする……)


 あの子の笑顔を守るためには。小春ちゃんの気持ちがまるはだかになってるってこと、絶対に秘密にしないといけないなーと思うおっさんだった。




まるはだかだよ小春ちゃん 完

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まるはだかだよ小春ちゃん アサミカナエ @asamikanae

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