第21話 エピローグ

 目の中に光りが入ってきた。像を結ぶまで、時間がかかった。やがて、天井の模様までが識別できるようになると、知っている天井だと理解した。


「俺は、生きているのか」


 あえて、声に出した。傍らで、大きな音が上がった。驚いて飛び起きるつもりだった。いつものようには、体が動かなかった。


「誰かいるのか?」


 首を巡らすだけの力も湧かなかった。


「剛山君!」

「里村か」

「……よかった。目が覚めたのね」


 気丈な声に聞き覚えがあった。視界に入った。眼鏡を掛けた勤勉そうな顔つきと、飾り気のない顔が、妙に懐かしかった。


「ここは……宇宙戦隊地球支部の医局部だな。俺は、夢を見ていたのか?」

「……夢ですって?」


 瞳に、涙が浮かんでいるようだった。剛山の知る里村にしては、珍しいことだ。


「宇宙大公を倒した……夢だったのか?」

「夢じゃないわ。貴方が倒した」

「三人で、だろ?」


「貴方がよ。私達は、サポートしかできなかった」

「室町はどうした?」

「司令室に行っているわ。室町君は大丈夫よ。両手と両足の骨折で済んだから」

「重傷に聞こえるが……」

「もう完治したわ。貴方は、半年近くも寝ていたのよ」


 里村の手が、剛山の頬を撫でる。冷たい。水仕事でもしていたのだろう。その冷えた手の感触が気持ちよかった。


「俺達は、勝ったんだな」

「ええ」

「地球は平和になったのか?」


「少なくとも、宇宙貴族は滅んだわ。宇宙大公と供にね。もともと、全て強大な力を持つ、大公から生み出されていたもの。もう、地球に現れることはないわ」

「……そうか」


 里村の顔が寄った。女性としては決して細くない腕が、剛山の首に回る。


「……つっ」

「痛む?」


 顔を剛山の首に埋めたまま、里村が聞いた。


「少しな。胸が……」

「その傷を見たとき、ドクターが不思議がっていたわよ。なぜ生きているのかわからないって。その状態で、大公に戦いを挑んで倒したって言ったら、貴方のこと化物だって言っていたわ」


「……確か、胸を貫かれたな」

「心臓をね」

「どうして、俺達は戻って来られたんだ? 大公を倒した時、変身も解けていた。俺は……死ぬことを覚悟した」


 里村が離れる。キャプチャー付きの椅子を引き寄せ、腰掛ける。


「宇宙大公はね、東京の地下に居たのよ。そこで夢を見ていた。あの猫娘、覚えている?」

「ラミリーだな」


「ええ。ラミリーが大公の力の大部分を封印した時、私達は地球に帰ってきていたの。東京の真下であることは、ブレスレッドですぐにわかったわ。そうでなければ……間違いなく、剛山君は死んでいた」


「あいつらはどうしたんだろう。ジブラルドールに、ラミリーに、女王陛下と……ミリエンダ」

「全ては、大公の夢だったのよ」

「わかっている」


 つまり、魔法の国の住人達はもういない。宇宙のどこにも。


「寝ていて。あまり話すと疲れるでしょ」


 明らかに話題を変えた。里村が立ち上がる。迷い込んだ魔法の国のことは、剛山と仲間達では、抱く感情が違っていて当然だ。


「ドクターは、俺の怪我について、なにか言っていたか?」


 戸口に立ち去りかけた里村が、足を止める。


「もし何の後遺症も無く復帰したら、剛山君のこと、人間とは認めないって」

「そんなに酷い怪我だったか」

「ええ。酷い女よね。元の傷口は小さいけど、切開して心臓を縫い合わせたから、胸に大きな傷が残るって」

「そうか……」


 剛山が目を閉ざし、里村が退出する。


「よかった。ミリエンダを忘れずにすむ」


 涙が、剛山の目の端からこぼれ、耳を濡らした。生まれてから、誰にも見せたことの無い涙だった。


 ※


 翌日には、剛山はベッドから起き上がっていた。


「里村と室町は?」


 宇宙戦隊専属の宇宙ナースに聞いた。服装は、普通の白衣である。


「ここにはいないようですよ」

「なに?」


 敵は倒したはずだ。あるいは、警ら中かもしれない。

 しかし、剛山はまだ室町の顔を見ていない。目を覚ましたと聞けば、見舞いぐらいにはくるはずだ。剛山は、逞しい眉に深い皺を刻んだ。


「司令室と連絡をとりたいんだが」

「駄目です。しばらくは許可できません。安静にしていてください」

「……つまり、俺が出て行くような事態が起きているわけだな」


 剛山は、ベッドから飛び降りた。バランスを失い、自分の体重を両足が支えきれず、よろけてへたり込んだ。


「だから言ったのに」

「黙れ!」

「そんな姿勢で凄んでも、恐くありませんよ」


 舌打ちしながら、剛山はナースの足首を掴んだ。怪我をしているとはいえ、衰えない握力に、ナースが苦鳴を上げる。


「司令室に連絡しろ! 早く!」

「その必要はないわ」


 扉が開いていた。


「里村か。室町も」


 盟友二人が入ってきた。


「剛山君が、大人しくしているとは思わなかった。まさか、これほど早く感づかれるとは思わなかったけどね」

「何が起こっているんだ?」


 室町が、剛山をベッドに戻す。


「私達が留守の間、地球の平和を守るため、宇宙戦隊シチューソルジャーが結成されたのよ」

「ほとんど出番はなかったらしい。宇宙大公が、夢の中に入り込んだ俺達に注意を引かれていたからな」


 ナースに謝りながら、室町が続けた。


「それで?」

「シチューソルジャーは六人、ビーフ、オニオン、カリフラワー、キャロット、ポテト、マッシュルームよ。そのうち、ビーフを除く五人が死体で発見されたわ。ビーフソルジャーも重傷よ。剛山君は知らないでしょうけど、もともとは貴方の補充として私達と一緒に戦った、仁藤篤君よ」


「敵は?」

「今日、司令室にメッセージが届いた。『宇宙ファラオ』と名乗っている」

「……地球に、平和は来ないのか」

「来られたら、困るんじゃない?」

「たまには、俺達に任せておけ」


 室町が、軽く片目を瞑った。


「……そうだな」


 剛山のため息を聞きながら、戦士達が病室から退出する。


 ※


「大人しくしていると思うか?」


 廊下を歩きながら、室町が里村に聞いた。


「無理よ。絶対」

「賭けをしようと思ったが……」

「賭けにならないわよ」


 二人がやや緊張気味に司令室を訪れると、先回りをした剛山豪が、包帯姿のまま待ち構えていた。

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魔法の国の宇宙戦隊 ~カレーソルジャーと宇宙大公~ 西玉 @wzdnisi2016

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