第20話 最後の戦い

 巨大なドラゴンの姿をした宇宙大公は、しっかりと超硬アルミのボディーを見据えた。


「オニオンソルジャーこと、剛山豪だな。お前のことは知っているぞ」


 鎌首をもたげた。余りにも圧倒的な存在感だった。


「オニオン! 私達は、もう変身時間がないわ」

「こっちに!」


 オニオンソルジャーが腕のリングを回す。


「俺の変身時間を、二人に分ける」

「だが、むしろお前一人の方が戦い安いんじゃないか?」

「そうよ。足手まといにはなりたくないわ」


 二人のソルジャーの躊躇いを、オニオンソルジャーは受け入れなかった。


「ここまで来たんだ。倒すぞ。三人で」


 オニオンソルジャーが、左腕を差し出した。


「わかった。やりましょう」


 ポテトソルジャーがリングを重ねる。


「けっ。いつもいつも、美味しいところを持って行きやがって」


 毒づきながら、キャロットソルジャーも腕を差し出す。三つのリングが重なった。


「この我を倒してどうする? 愛する女まで犠牲にして、貴様は何を得るのだ?」


 ドラゴンが、後方の二足で立ち上がった。暗がりで見えないほどに、首の位置は天高くあった。


「正義のためだ!」

「愚かな」

「行くぞ、宇宙大公! キャロット! ポテト! 一気に決める!」

「「了解!」」


 オニオンソルジャーが突進した。ドラゴンの足元で反転する。腰を落とし、手を股に乗せた。その胸には、青く輝くサーベルが刺さったままだった。

 二人がオニオンソルジャーに続いた。二人が同時に地面を蹴った。二人の足が、オニオンソルジャーの股、そこに置かれた手の平に乗った。


 飛んだ。

 オニオンソルジャーの怪力と、宇宙戦士の跳躍力が、天高く跳ね上げた。


「死ね!」


 大公の口から、高熱の炎が吐き出される。超鋼アルミの装甲さえ溶かしかねない高熱である。飛び上がった二人の戦士に到達する寸前、二人の手が重なり合わされた。


「「裏技! 『ソース斬』!」」


 一条の黒い刃が、迫り来る炎を切り裂いた。巨大なドラゴンを縦に薙ぎ、ただ、表皮を黒く汚した。


「まさか! 『ソース斬』が通用しない!」


 地面に降り立ちながら、ポテトソルジャーが絶叫した。その傍らに、キャロットソルジャーが降りる。その上に、宇宙大公の巨大な足が襲い掛かった。


「『フクジンブレード』!」


 仲間を左右に飛ばしながら、オニオンソルジャーが一閃した。足の裏を切りつけ、しかし無傷と知ると、即座に後方に跳躍する。


「ポテト、キャロット、散れ! 三点奥儀!」

「「了解!」」


 正対するオニオンソルジャーは『ラッキョウブラスター』を打ち込み、攻撃をかわす。

 その間に、二人は宇宙大公の巨体を回りこみ、位置についた。オニオンソルジャーを頂点とした、三角形の位置である。


「正義を振りかざした愚か者どもめぇ」


 恐ろしい声だった。天から降り注いでくるようだった。象すら噛み砕こうかという強い頭部の一撃を、オニオンソルジャーは全身で受け止める。牙を殴りつけ、弾き飛ばした。


 その顎に向けてラッキョウブラスターを打ち込み、跳ね返される。

 その時だった。


「いいわ!」

「こっちもだ!」

「よし! やるぞ!」

「「「奥儀! 『煮込みカレー』!」」」


 ことこと煮込んだカレーは、こくが違う。

 三人に囲まれた位置にいる者は、体中が煮立てられたかのような状態に晒される。長時間ことこと煮られ、細胞さえ破壊されるのだ。


「があぁぁぁぁあ!」


 宇宙大公が揺らいだ。宇宙戦士達は、体制を崩さない。


「温度をあげる!」

「了解!」

「限界だ!」

「堪えろ!」


 煮立てられるのは、敵ばかりではない。その頂点を構成する、戦士達も例外ではない。『奥儀』には、必ず犠牲が付きまとう。


「貴様等ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 宇宙大公がのた打ち回る。苦しみもがくドラゴンが、頂点の一角を崩した。キャロットソルジャーの上に、長大な尾が打ち下ろされた。偶然だったのかもしれない。だが、キャロットソルジャーは、押し潰されていた。


「キャロットソルジャー!」


 動揺するポテトソルジャーだが、オニオンソルジャーは冷静だった。瞬く間に移動し、茶色い戦士の側にいた。


「この機を逃したら、もう次はない!」


 オニオンソルジャーが、ポテトソルジャーの手を握る。


「キャロットはどうするの!」

「装甲がある。死にはしない。集中しろ!」

「「裏技! 『ソース斬』!」」


 横倒しになった宇宙大公の体が、輪切りにされる。先刻はただ汚しただけだった裏技が、宇宙大公を切り裂いた。限界まで煮込んだ奥儀の成果だ。


「やった!」

「いや、まだだ!」


 二人は目を疑った。切り離された宇宙大公は、上半身のみで動いていた。前足のみで移動し、怒りに燃えた鎌首を、戦士達に向けた。

 真っ赤な炎が吐き出される。戦士が左右に分かれる。


「オニオン! これ以上、変身がもたないわ!」

「最後の勝負だ! 頭を狙え!」


 二つの分かれた戦士のうち、宇宙大公は正確にオニオンソルジャーを追った。オニオンソルジャーは立ち止まった。

 赤く輝く宇宙大公の瞳を真っ向から見つめた。腕のリングを回す。


「喰らえ!」


 炎が伸びた。同時だった。


「最大出力! 『ラッキョウブラスター』!」


 太く長い光線が、炎を貫いた。宇宙大公の大きく開けた口腔に吸い込まれる。だが、宇宙大公は仰け反ったにすぎない。


「最大出力! 『フクジンブレード』!」


 オニオンに気を取られているうちに、ポテトソルジャーが長い首を駆け上がっていた。頭部に達するや、肥大した赤い剣を叩きつけた。皮膚を切り裂いた。しかし、致命傷には至らない。

 変身が解ける。剛山豪と里村宏美が立ち尽くす。地面の上には室町賢二が伸びている。


「万策、尽きたようだな」


 大公の笑い声が木霊した。


「剛山君……」

「まだだ」


 静かな声だった。


「笑止!」


 宇宙大公が動いた。頭部が迫る。


「剛山よ、貴様は我がじきじきに喰らってくれる」

「剛山君!」


 剛山は、里村を突き飛ばした。迫る頭部を、剛山は見つめていた。もはや、抗う術はない。そのはずだった。剛山の手が、背中に回った。


「ぐふっ」


 口から血が溢れた。


「「これで、終りだ」」


 その台詞は、双方、同時に吐いた。そして、宇宙大公の頭が、両断された。剛山の手には、青く輝くサーベルが握られていた。


「それは……我が夢に見た武器だ。切れぬ物は何も存在しない。しかし、なぜ……ここにある……」


 半分にされた頭部は、その答えを得られぬまま静かに息絶えた。


「ミリエンダ。最後まで、世話になった」


 剛山の膝が落ちた。胸から溢れる血は、尋常の量ではなかった。前倒しに崩れ落ちる。


 その手に握る青いサーベルは、音も無く砕け散った。

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