第19話 宇宙大公

 『超サロン』での戦いを最後に、魔族達には遭遇していなかった。

 城の構造はどれも似たようなものなのか、王宮生活の長いミリエンダとジブラルドールは、迷わずに地下道への入り口を探し当てた。


 降りていった先に見えたのは、巨大な扉だった。そこから漏れる出るかすかな旋律は、弦楽器のよるものだ。


「どうやら、この先のようだな」

「剛山、この音はなんだ?」


 オニオンソルジャーの背後に、ミリエンダがぴったりと寄り添った。


「宇宙貴族達の言葉、覚えているか?」

「……いや」


 さらにその背後から、ポテトソルジャーが声を上げた。


「宇宙大公は、お休み中だって言っていたわよね」

「ああ。どうやら、まだ寝ているらしい」

「どうする?」


 キャロットソルジャーが並びかける。比較的広い下り階段だったが、3人は並べない。


「無理に起こす必要はない。このまま、永遠に眠っていてもらうか」

「意外じゃな」


 ミリエンダにしがみ付くラミリーの後ろから、ジブラルドールが覗き込んだ。


「お前さんなら、叩き起こしてから正々堂々戦いを挑むかと思ったが」

「時と場合によるさ。人間が敵う相手ではないと言ったのは、ジブラルドールだろう」

「うむ。そうじゃ。ラミリー、準備はしておけよ」

「はい」


 うなずくラミリーは置いて、オニオンソルジャーが歩を進める。扉に辿り着いた。手を当てる。


「なにをしている?」

「音を聴いている」

「手でか?」

「この装甲は、体を守るためだけのものではない。空気の震動から、中の様子を探ることができるんだ」


「ほう」

「……この音、ハープか。寝息が聞こえるな……2体……1体が宇宙大公として……ハープを奏でている奴がもう1体か」


 一同も固唾を飲んで見守っている。オニオンソルジャーは、老魔法使いを振り返った。


「音を消せるか?」

「お安い御用じゃ」

「扉の周りだけでいい。戦闘に入って、音の無い状態で戦うのは危険だ」

「うむ。行くぞ。静寂の空気、レベル1」


 老魔法使いがうなずく。それを見ていたオニオンソルジャーは、体を返しざま、扉を殴りつけた。全く音が上がらぬまま、巨大な扉が留め金ごと外れた。観音開きの両扉には、頑丈な錠前がついていた。関係なかった。拵えごと、弾け飛んだのだから。


「相変らず、乱暴ね」

「そうではないだろう。あえて音を消したのだからな」


 ミリエンダに指摘され、ポテトソルジャーがたちまち不機嫌になる。背後の抗争を知らないことにし、オニオンソルジャーが突進した。


 ※


 広大な部屋だった。すり鉢上に窪んだ、円形の部屋だ。『超サロン』よりさらに広い。


「あれが……宇宙大公か」


 その中心、すり鉢の底に、それは眠っていた。


「でかいな……」

「最終形態かしら?」

「いや、変化前だ。他の宇宙貴族と、一緒には考えないほうがいい」

「……象よりもでかいな」


 呆然と呟くキャロットソルジャーに、ミリエンダが反応した。


「象とはなんだ?」

「知らないのか? 鼻が長くて……」

「キャロット、無駄話をしている場合じゃない。行くぞ」


 キャロットソルジャーと、ポテトソルジャーの二人は、同時にうなずいた。しかし、ミリエンダもジブラルドールも動かなかった。ラミリーも師匠の影に隠れている。

 3人の戦士がポーズを決めたまま体をあわせる。合体奥儀を繰り出そうとした。そこに、声がかかった。


「待たんか愚か者」


 落ち着いた声だった。全員が顔を向けていた方角からあがった。つまり、眠り続ける宇宙大公の辺りからだ。同時に、絶え間なく流れていたハープの音が止んだ。


「雑魚に用はない。引っ込んでいろ」


 オニオンソルジャーが告げる。あまりに巨大な大公の存在に無視されていたが、それはハープだった。歪曲した金属に、弦が張られている。手も足もない。なのに倒れず、宇宙大公の上を移動してきた。


「貴様等、何をするつもりだ」


 それ自体が魔族なのだろう。明らかに、生き物の動きだった。


「知れたこと。宇宙大公を殺しにきたのだ」

「どうなるか、わかっているのか?」

「宇宙が平和になる」

「……宇宙は……そうかもしれんな」


 ハープは、大公の体から降りた。ふらふらと、揺らめきながら6人の前に移動する。


「他に、なにがあるというんだ」

「オニオンソルジャー、駄目よ。宇宙貴族とは取引きできないわ」

「取引きではない。そっちの者達、貴様等はわからんか?」


 宇宙戦士たちから、ハープは魔法の国の住人たちの前に移動した。


「なにか、嫌な感じがする」


 ミリエンダが、呟くように言った。老魔法使いも同意した。


「うむ。関わってはいけないものじゃ」

「ミリエンダ、どうした? お前から見れば、ただでかいだけのものだろう」

「……違う。やはり私は、来るべきではなかった」

「どうした? 何を言っている、ミリエンダ」


 技のポーズを解き、オニオンソルジャーが愛する銀髪の将軍に駆け寄った。


「ジブラルドール、ラミリー、おい! どうしたんだ!」


 魔法の国の住人達は、ただ青い顔をしていた。


「……いや」


 猫娘は、ただそれだけ言うと、黙ってしまった。老魔法使いが続ける。


「わしにはわかる。わしらは、この魔王なくして……存在できん」

「人間にも、多少はわかる奴がいるようだな」

「……どういうことだ?」


 魔法の国の住人達の態度が理解できず、怒気を発した剛山に気圧されたのように、ハープが少し下がった。


「おっと……これ以上音を中断すると、大公が起きかねない。大公には、未来永劫眠っていてもらわねばね。では、失礼する」


 ハープの弦が、何にも触れられずに、音をはじき出した。再び音楽が流れ出し、喋るハープが宇宙大公の上に移動する。


「オニオン、どういうことだ?」


 背後から、キャロットソルジャーが声をかけた。


「俺にもわからない。ジブラルドール、どういうことだ?」


 老人は、急に老け込んだように見えた。皺だらけの指を大公に向ける。


「……あれこそ、ドラゴンじゃ」

「そうだな」


 確信があったわけではない。ただ、眠り続ける大公の姿は、地球でも語られる幻獣ドラゴンに酷似していた。長い首、太い四肢、巨大な翼を持ち、その大きさは鯨をも越えると思われる。


「いや……ソルジャーたちよ、お前さんがたは、全くわかってはおらん。わしらの世界では、ドラゴンは……世界の創造主そのものじゃ。わしらはドラゴンより生まれ、生かされている」

「なぜ、ドラゴンが魔界に住んでいるんだ?」


「魔界に住んでいるのではなかろう。あまりに強大な力が、自分のいる場所を、魔界と変貌させてしまっておるのじゃ。近しい者ほど強力な力を得る。あのハープは、魔王には未来永劫眠り続けていただくと言った。わしの予測が正しければ……わしらは、あの魔王が見る、夢だということになる」

「……なんだと……」


 呟きながら、オニオンソルジャーが振り返る。そこには、ミリエンダが立ち尽くしていた。美しかった。まるで、人形のように。


「奴を倒せば……」

「私も消えるのだろうな」


 ゆっくり、将軍は歩を進めた。約3歩で、輝く飴色の装甲に辿り着いた。


「オニオンソルジャー……いや、剛山、このままでいいではないか。お前の住んでいた地球の連中も、頑張って戦い続けていればいい。お前が犠牲になることはない」


 細い腕を、超鋼アルミの装甲に巻きつけた。オニオンソルジャーは応えない。応えたのは、ポテトソルジャーだった。


「犠牲じゃないわ。私達は、このために戦い続けたのよ」

「……剛山、私を消滅させるのか? 私を失っては生きていけぬと言ったではないか」


 言った覚えはなかった。ミリエンダの表情は読めない。顔を、オニオンソルジャーの胸に張り付かせていたから。


「オニオンソルジャー!」


 金切り声を上げたポテトソルジャーを、キャロットソルジャーが抱き止めた。ミリエンダは続けた。


「今ごろ、地上では女王陛下が私達の結婚式の準備をしているだろう。お前は貴族に叙せられ、共に魔法の国を導いていくのだ」


 オニオンソルジャーの腕が、ミリエンダの背中にまわされる。抱きしめた。両腕で、しっかりと抱きしめた。


「おい、オニオン、お前まさか……」


 キャロットソルジャーも黙ってはいられなかった。しかし、今度は逆に、ポテトソルジャーがそれを遮った。


「いいわ。あなたに任せる。私も……諦めるわ」

「おい! ポテト!」


 そのキャロットソルジャーも、同僚の心情を察し、言葉が出なかった。


「ジブラルドール、お前はどう思う?」


 聞いたのはオニオンソルジャーだった。


「このドラゴンが、地球とやらに害を成すものを送り出しているとなれば、わしらも、同じ、ということになろう。わしは言ったはずじゃ。死ぬ覚悟は、当にできておると」

「すまないな」

「剛山?」


 ミリエンダが顔を上げた。その目を、オニオンソルジャーは見つめた。そのまま、言った。


「ラミリー……すまん」

「私の意見は無しですか?」

「すまん」

「あーぁ……最後まで、私って……」

「すまん」

「わかりましたよぅ」


 取り出したのは、小さな手鏡だった。そこに刻まれた複雑な紋で、強力な魔法の品であることが知れた。


「剛山……」


 ミリエンダの頬に、オニオンソルジャーは自分のそれを重ねた。冷たい超鋼アルミの装甲だったが、いとおしんでいるのは明らかだった。

 言葉も無く、ミリエンダに背を向ける。


「始めるぞ」

「おう!」

「よし!」


 宇宙戦士の掛け声が重なり、ミリエンダの絶叫が木霊した。


「剛山!」


 青い残像が、オニオンソルジャーの背を貫いた。


 ※


「なぜ避けない!」


 刺した本人が大声を発した。オニオンソルジャーは小揺るぎもせず、ラミリーを促した。猫娘が準備を始めるのを見届け、ミリエンダを振り返る。


「さすがだ。俺の装甲を破ったのは、ミリエンダが始めてだ」

「剛山なら、簡単によけられたはずだ」

「俺は死なん。たとえ心臓が止まろうと、宇宙大公を倒すまではな」


 ミリエンダは立ち尽くし、青い顔をしたまま、唇を噛んだ。オニオンソルジャーの胸からは、魔法のサーベルが生えたままだった。ラミリーの声が響く。


「セイルタン・マニシオス・ガネイラ・サバボウラ」


  それは、かつて剛山が教えた、宇宙大公の名前だった。猫娘の掲げる手鏡が輝く。まばゆい輝きと共に、眠り続けるドラゴンの体が黒い霧に包まれた。


「愚か者がー!」


 ハープが怒鳴るが、もはや手遅れを認めざる得なかった。立ち上がった黒い霧は、鏡の中に吸い込まれていく。瞬く間に吸い込まれ、鏡の光りが収まる。表面に封印を施したとき、全てがとまった。


「ラミリー、ご苦労だった」


 その猫娘は、力なく前倒しに倒れた。受身をとるでも、痛がるでもなかった。

 ごとりと音がした。手から転がり、鏡が石畳を打った。それを拾い上げ、オニオンソルジャーが顔を上げる。ジブラルドールも、ミリエンダも、そして魔族のハープも同様だった。


「オニオン、これは……」


 地下室だったはずの場所は、巨大な空洞の中だった。洞窟のように見える。


 宇宙大公のまぶたが上がった。

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