第17話 宇宙貴族の宮殿へ
宮殿を見上げる前庭につくられた、衛兵の詰め所と思われる場所で、6人はわずかばかりの休憩をとっていた。
「私は2体仕留めたぞ」
机に両足を乗せた姿勢で、椅子に腰掛けたミリエンダが指を2本突き出した。
「俺もだ」
「ほう。やるな」
「だが、ラミリーが一体再起不能にした」
「本当か!」
「だ、駄目ですよう。あれ言っちゃぁ」
ミリエンダと向かい合う剛山に、ラミリーがすがりつく。ジブラルドールは室町の様子を看ていた。里村が心配そうに覗き込んでいる。
「どうですか?」
「強力な毒じゃな。ラミリーの手当てがなければ、危なかったかもしれん」
「へええっ。勘がよくなったでしょ」
褒められて嬉しそうだ。剛山が首を捻る。
「勘か? 知識じゃないのか?」
「いいじゃないですか」
「こういうものは、勘も大事じゃからな」
「老いぼれが出来損ないを庇うとは、珍しいな」
老魔法使いは、両手を広げて室町の背に当てていた。
「魔界の奥深くまで、わしの弟子が生きて辿り着いたのじゃ。少しは認めてやってもよかろう。行くぞ……解毒の気、レベル3」
ジブラルドールの手の平が、紫色の光りを放つ。それ以上の変化は無かった。ただ、室町の呼吸が落ち着いたのが、剛山にはわかった。
「死ぬと思っていて、送り出すつもりだったのか。立派な師匠だ」
「ひどいですよぅ」
ラミリーは、どっちに向かって言っていいのかわからなくなっていた。その頭を押さえ、膝の上に抱き寄せて頭越しに剛山が覗く。
「室町も助かりそうだな」
「うむ。問題ない」
「戦えるのか?」
「それは、この男次第じゃな」
「置いて行くか?」
ミリエンダは冷たかった。
「戦力にならなければな」
剛山も同様だった。
「仲間でしょ?」
里村が食い下がる。
「宇宙大公を倒すことは、全てに優先する」
「私よりもか?」
深い意味も無く、ミリエンダは口にしたようだった。しかし、剛山の表情が固まった。里村も、膝に乗ったラミリーも、興味深げに返答を待った。
「……そんな状況にはしないさ」
「ふん。そういうことにしておいてやる」
「可愛くないわね」
里村が耳打ちした相手は、ジブラルドールだった。他に話し掛ける相手がいなかったのだろう。
「ああいう女じゃ……ぎゃ」
ミリエンダに蹴飛ばされ、ジブラルドールが鼻を打った。
「どうする剛山、少し休んでいくか? 幸い、私たちがここにいることは、魔族には知られていないようだしな」
話題を変え、ミリエンダは窓の側に寄った。不気味なほど静かだった。サーベルの鞘をラミリーに向け、剛山から降りるように促す。猫娘は勇敢にも将軍に向けて舌を出し、片側の柳眉を吊り上げさせたが、剛山は見ていなかった。
「一つ、気になることがあるんだが」
「なんだ?」
「宇宙大公の膝元にいて、多くの貴族どもが倒されているのに、なぜ大公は黙っている? 地球で戦ったときは、必ずといっていいほど口を出して来た。『超サロン』に一度も引きずり込まれていない。もし招かれていれば、もっと苦戦していたと思うが」
「まさか、私たちが飛び込んでくるとは思わなかったんじゃないの?」
「それだけならいいが……」
「剛山」
「んっ?」
ジブラルドールが立ち上がっていた。室町はあお向けに寝かされている。
「『超サロン』というのは、あの巨大なウニと戦った場所か?」
「ああ。そうだが?」
「なら、その場所は、あの中にある」
杖で示した先は、宮殿の内部だった。
「なぜ、そうと言い切れる?」
「魔法じゃよ。あの時感じたのと、全く同じ波動を感じるわい」
「ふぅむ」
剛山は腕を組み、椅子の背もたれに深く体を預けた。ラミリーが膝の上に乗ったままだったが、全く意に介していなかった。
「『超サロン』に招いたりすれば、自分の懐に敵を取り込むことになる。だから、宇宙大公は手を出さなかった。そういうことじゃないの?」
里村も、ミリエンダとは別の窓に寄り、外をうかがいだした。
「ならば、これから先の戦いは、常に『超サロン』の中ということになるな」
「それがどうかしたのか?」
ミリエンダが剛山の背後に立った。
「魔族どもが、パワーアップしてくるということだ」
「構わんだろう。どうせ、始めて戦う奴等ばかりだ。少々強くなったところで、何も変わるものか」
「どれだけの数がいるかわからないんだぞ。こちらの消耗も、それだけ激しくなる」
剛山とミリエンダは、互いに背を向けたままだった。
「恐いのか?」
「そう見えるか?」
ミリエンダは剛山の顔を覗き込んだ。
「私には、嬉しそうに見えるな」
「今までに、勝てないと思った敵などいない」
「私には、一人だけいる」
麗しの女将軍は、拳を突き出した。剛山の心臓に当てる。その腕を、強く、握り取った。
「勝つぞ」
「当然だ」
それを見つめる3人は、それぞれの理由で暗鬱とした表情をしていた。
※
宇宙戦隊カレーソルジャー隊員、室町賢二が目を覚ますと、6人はさっそく出発を決めた。大鼻子爵に留めを刺さなかった以上、見つかるのは時間の問題と思われたからである。
宮殿の正面、玄関にあたる巨大な扉へと続く幅の広い階段で、出迎えを受けていた。見るからに爵位の高そうな、つまり人間とは程遠い姿をした2人の貴族と、無数の『道化』たちだった。
「また、わかれるか?」
正面を向いて立つ剛山の背に、ミリエンダがぴったりと右肩をつけて囁いた。
「ここまできて、戦力を割く必要はないだろう。全員で、正面から突破する」
「うむ。私もそう考えていた」
「里村、室町、変身できるようになるまで、あと何時間だ?」
「そろそろいいわ」
「俺も同じだ」
2人とも、剛山に背を向けている。階段の中腹で、後方に回り込んだ『道化』たちを見下ろす形になっている。その4人に囲まれるように、ジブラルドールとラミリーがいた。
「各自の判断で変身しろ。仲間に合わせる必要はない」
「切り札が使えなくなるかもしれないわよ」
合体技だ。
「そんなものに頼るな」
「了解」
「いいのか?」
室町は、まだ体調が万全ではない。
「この先、何時間戦い続けることになるかわからないもの」
「戦い続けられればいいけどな」
「自信がなければ下がっていなさい。室町君一人ぐらい、私が守るわ」
「いや……戦力にならないと思われたら、剛山たちに見捨てられる」
「よくわかっているじゃない」
「シャレにもならないな」
洒落のつもりだったらしい。里村は本気だった。剛山が階段をゆっくりと上り始めた。ミリエンダが続き、全体の陣形にやや隙間が空く。
「人間風情が来ていい場所ではないぞ」
口を開いたのは、服を着たカメレオンだった。隣に立っているのは、細長い円筒に、さらに細い腕のようなものが生えた、異様な物体だった。竹のようにも見える。
「宇宙貴族が住んでいるのが、こんな場所とはな」
「魔族ごときには、もったいないぞ」
ミリエンダは剛山の背に隠れる形になっていたが、本人は隠れているつもりはない。あくまで左右の『道化』をけん制しているのだ。
「言ってくれるわ。後悔することになるぞ」
「させてもらおう」
「ふん。落ちるがいい。透明地獄へ!」
喋っていたのはカメレオンだ。動いたのは背後の円柱だった。長い手のうち、数本を打ち合わせる。すると、6人を取り囲んでいた『道化』が姿を消した。
「剛山、なんだこれは!」
「知らん! 全員固まれ。奴の言葉を思い出せ! 見えていないだけだ! 来るぞ! 俺は……ちっ」
なぜ舌打ちをしたのか。正面にいたはずの高位の貴族たちまでが、姿を消していたからである。
「師匠!」
「わかっておる。慌てるでない。太陽の欠片、レベル5」
高々と掲げた老魔法使いの杖が、まばゆい光りを放った。魔法使いと弟子の2人を囲み、4人の戦士は背を向けていた。はっきりと見えたのだ。階段に写る『道化』の影を。
距離がつまっている。ミリエンダがサーベルに手をかけ、飛び出そうとしたところを、剛山の腕が止めた。
「出るな! 室町! 里村!」
「了解!」
「任せろ!」
「「『ラッキョウブラスター』!」」
まばゆい光りは、さほど長く時間光っていたわけではない。透明になった連中は、ことごとく目を焼かれて仰け反った。
その隙に、剛山と室町の放った光線が、階段に落ちた影の持ち主たちを焼き貫いてゆく。ブラスターの代わりにパチンコを構えた里村は、染料入りの玉を次々に放った。光りが収まった後、立っているのは奇妙な色に塗られた『道化』たちだった。
「あっちよ!」
「「フクジンブレード!」」
剛山と室町が同時に応じ、瞬く間に赤い刃で打ち払ってゆく。剛山が目を離した隙に、ミリエンダが前方に突出した。
「ミリエンダ!」
「心配無用!」
数段上がり、抜刀する。影の形から貴族の位置を悟ったのだろう。『ラッキョウブラスター』の一撃で倒せる相手ではないことも理解している。
「くけっ!」
奇妙な声が上がった。ミリエンダのサーベルが、青い残像を残す。剛山が階段を蹴った。ミリエンダは、すかさず後方に身を投げ出した。剛山が胸で受け止める。
「手ごたえは?」
「かすり傷だろう。すぐに来る!」
「おう! 『フクジンブレード』!」
闇雲だった。勘で下がったミリエンダを追って来るだろうと、これもまた、勘で振り下ろした。何かに当たった。赤い刃が、何かに止められていた。
「剛山! もう一匹いるはずだ!」
「わかっている!」
感触からして、相手が持つ剣とぶつかったのだと見当をつける。迂闊に動けなかった。
「老いぼれ! 手は無いのか!」
「魔法は、そうぽんぽん使えるものではないわ!」
長い戦闘に、精神の疲労は回復しにくい。ほとんど動いていないジブラルドールが、全身に汗を掻いていた。
剛山の体勢が崩れる。右側から腹を打たれた。正体はわからない。ブレードから片手を離し、剛山を殴りつけたものを、剛山自身が素晴らしい反射神経で捕まえた。
貴族の持つ剣に押し込まれるが、堪えた。剣の相手を蹴り飛ばし、掴んでいた相手を引き寄せつつ、握り直したブレードを振り下ろす。
剛山の蹴り飛ばした相手をミリエンダが追った。姿はやはり見えていない。勘だけでサーベルを振う。外れたらしい。ミリエンダが下がる。剛山の手に、奇妙な形の棒が残った。それのみで、動いている。
「なんだそれは?」
元の位置に戻り、ミリエンダが問う。
「おそらく、奴の腕だ」
「腕?」
「カメレオン侯爵に、ナナフシ公爵といったところか。いよいよ、奴等も本気だぞ」
「望むところだ」
ミリエンダが剣身を舐めた。舌が切れないのが不思議なほどのサーベルである。その時だ。二人の背後で声が上がったのは。
「「染色!」」
二人の戦士が同時に舞い、全身が輝く装甲に覆われる。4人の頭を軽々と跳び越え、恰好良くポーズを決めた。
「ポテトソルジャー!」
「キャロットソルジャー!」
「……お前たち」
「もたもたしてられないでしょ」
「ああ。お前の指示は受けないぜ」
剛山自身が、自分の判断で変身しろと言ったのだ。仲間達を信じ、魔法の国の住人を下がらせる。
「手強いぞ!」
「何言っているのよ! 私たちは、ずっと2人で戦ってきたのよ!」
「人の心配をしている場合か! 剛山こそ下がっていろ。行くぞ、ポテトソルジャー!」
「ええ!」
「秘技『カロチンの舞い』!」
赤く輝くキャロットソルジャーが分散する。もとの体を残さず細分化した。その大きさは限界に近いものだ。一面が赤く覆われ、爬虫類と昆虫の姿をくっきりと描き出した。
「秘技『でんぷん地獄』!」
動きを補足する。放たれた片栗は、2体の魔物にねっとりとまとわりついた。
「ラミリー、太陽の鏡じゃ!」
「はい!」
「太陽神よ、力をお貸しくだされ!」
「キャロット、戻れ! ポテト、伏せろ!」
ジブラルドールが強力な魔法を使おうとしている。経験から悟った剛山は、巻き込まれないよう仲間達に声をかける。
「『太陽炉』!」
世の中でもっとも温度の高い光りが、2枚の鏡に集約された。浮き出た2体それぞれの体の中央を貫く。悲鳴が上がり、白煙が立ち込める。
「変化するぞ! ジブラルドール、魔法は?」
剛山が振り向くと、老人は疲れて座り込んでいた。
「ミリエンダ、来い!」
巨大化するであろう透明の化物に背を向け、剛山が腰を落とす。組み合わせた手を、自分の股の上に乗せる。
銀髪の美女は、すぐにその意図を察した。一気に駆け寄り、跳躍する。
剛山の組み合わせた手の中に、長靴が乗った。撥ね上げる。まさしく怪力だった。ミリエンダの跳躍力とあわせて、高々と舞い上がった。
「ポテト、キャロット、カメレオンは任せる! 裏技だ!」
「いちいち指示しないで!」
以前であれば、剛山が指揮するのが当然だった。
「キャロットソルジャー、行くわよ!」
「おう!」
輝く二人が重なった。
「「裏技『納豆掛け』!」」
カレーに納豆を掛けるのは、本来反則である。ねばねばした茶色い物体が広がり、巨大化したカメレオンを、浮き立たせると同時に補足する。
「「裏技『ソース斬』!」」
黒く波打つ巨大な刃が飛び出し、カメレオン侯爵を両断した。その傍らで、舞い上がったミリエンダが降って来た。立ち上がった電柱のようなナナフシを、真っ直ぐ、縦に切り下しながら。
屍となったとき、巨大化した2体がはっきりと姿を現した。カメレオンとナナフシに違いなかった。
「行くぞ」
剛山の一声に、5人が応じた。
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