第16話 それぞれの戦い 2
「室町は?」
2体の貴族を倒した後、ようやく3人そろったカレーソルジャーは、怪我人を抱えて近くの民家に侵入した。
民家の主人らしい『道化』を捕まえ、縛り上げて物置に放り込んでおく。
「わからないわ。外傷はないから毒がすぐ全身に回ることはないと思うけど、宇宙貴族の吐く毒液なんて、どんな効果があるのか……」
「ラミリー、何かないか?」
室町は気を失っていた。上半身を裸にされ、毒液を受けた背を上に、うつ伏せにされている。毒液は拭き取ったが、無事ではあるまい。仮にも宇宙戦隊として戦い続けてきた男が、気絶したのだから。
「薬は持っていますけど……魔族の吐くものだから、毒っていうよりは、呪いの類かもしれませんよ」
師匠から託された荷物入れから、猫娘は色々なものを取り出していた。剛山は、室町の脈と呼吸、瞳孔を確認する。
「命に別状はなさそうだが……これから大公と戦うのに、戦力ダウンは痛いな。ラミリー、ジブラルドールと連絡はつかないか?」
「ちょっと待ってください。そんなに色々言われても……」
「仕方ない。待ち合わせの時間まで少しある。運ぶか」
里村の方を見る。見返される。ただ見返されても困るのだが、いつもの里村ではないような気がした。
「里村、室町を運べるか?」
「できなくはないけど、目的地まで行くのは難しいわ」
「なら、俺が運ぶか。里村とラミリーは、援護を頼む。そう遠くない。ミリエンダとジブラルドールも、近くまで来ているはずだ」
とりあえず室町の背中に妖しげな薬品を塗りつけていたラミリーも、顔を上げて小さくうなずいた。剛山とラミリーはすぐに準備にかかった。ただ、里村だけが動かなかった。
「貴方は、戦いのことしか頭にないの?」
「ああ。少なくとも、宇宙大公を倒すまではな」
「あの女のことは?」
「ミリエンダか?」
剛山は室町を担ぎ上げていた。小さく里村が、首を縦に動かす。担いでいないほうの腕が、その細い首を捉えた。逃げようとした。しかし、男一人担いでいてさえ、剛山の動きは里村を上回った。
「お前達……里村と室町は、そんなことで口論していたのか?」
「悪い?」
「その結果、室町は負傷した。明らかな戦力ダウンだ」
「し、死にはしないでしょ」
剛山が里村を壁に叩きつける。首を掴まれていた。全く、身動きがとれなかった。ただ、見つめ返すことしかできない。
「宇宙大公を倒せないかもしれん。室町と大公を計りにかける時が来たら、俺は室町を見捨てでも大公を倒す。戦いに集中しろ。さもなくば、俺がこの場で二人とも殺してやる」
手を放す。里村が、咳き込みながらへたり込んだ。ラミリーは止めようとしていたが、結局声さえ上げられなかった。
「……剛山君、貴方、変わったわ」
「そうかもしれん。だが……一つだけ言っておく」
「なに?」
「俺が援護する前に、最終形態に変化した巨大モグラを、一撃で仕留めたろう」
「そうだったかしら」
口論の最中だったので、覚えていなかった。
「あれは見事だった。あの力がいつでも出せれば、里村も室町も、まだまだ強くなるはずだ」
「……初めてね。剛山君が、他の人間の戦いを褒めるのは」
「そうだったかな」
手を差し伸べる。掴み返され、引き立たせる。
「行きましょう」
「ああ。宇宙戦隊カレーソルジャーの戦いぶり、貴族どもに見せてやろう」
立ち上がった後も、里村は剛山の手を放さなかった。剛山も、里村の手を強く握り返した。傍らでラミリーは、ただ羨ましげにそれを見つめていた。
※
ミリエンダが、前方の建物を指さした。
「老いぼれ、あの建物じゃないか?」
「うむ。そのようじゃな」
剛山たちと待ち合わせる予定の建物だった。目と鼻の先まで迫っていた。空中で直線に移動している分、地上の剛山達よりも遥かに早かった。ただ、当然妨害もある。
「老いぼれ、何か飛んでくるようだが?」
「いちいち『老いぼれ』と呼ぶは、なんとかならんのか?」
2人はホウキの上に乗っていた。人数が少ないので、ホウキの浮力で十分なのだ。
「いいから。ほれ、あっちだ」
指さした方向に、小さい丸い点がある。徐々に近づいてくるようだ。
「本当じゃ。丸い玉のようじゃな」
「このまま行くと、ぶつかりそうだな」
「うむ」
「斬っておくか?」
「それがよかろう」
直撃寸前に、抜き放たれたサーベルが砲弾を両断し、元の鞘に収まった。分断された鉄球はあらぬ方向に落ち、民家をしたたかに破壊した。
「敵の攻撃か?」
「まあ、そうじゃろうな。当たっていれば、痛いでは済まなかったと思うぞ」
「ならば、あれが敵か……遠いな。老いぼれ、かましてやれ」
「難儀なことじゃ」
ジブラルドールの肉眼では把握できなかったらしく、指で輪を作ってその間から覗き込んだ。確かに、ミリエンダが指摘した方向に、小さな影がある。遠くの宮殿、そのバルコニーだ。
目標の建物に到着した。ミリエンダを屋根の上に降ろし、ジブラルドールだけがふわりと浮き上る。
「『長き腕。レベル12』」
実際に伸びたわけではない。ただ、老魔法使いは腕を前方に伸ばした。戻したとき、掴み取っていた。移動式の車輪のついた大筒に、手足がついた異様な物体を。
「なんだこれは?」
「魔族じゃ。しかも、大物じゃぞ」
「承知!」
ジブラルドールが引き寄せた魔物が、建物の屋根に落ちる。その瞬間、ミリエンダのサーベルが縦に切り裂いた。
「ぐがぁああああぁ」
屋根を破壊し、床を抜き、落下していく。
「やったか?」
「いやまだじゃ」
「では、片をつけるか」
「おい、その穴から行くのは無謀じゃぞ。中に敵がいるかも……聞かんかい!」
既に、ミリエンダは飛び込んでいた。首を何度も振り、ジブラルドールも口を開ける穴の中に舞い降りていった。
爆発音が轟く。瓦礫が弾け飛び、足元が揺らいだ。
「なんだ今のは!」
獣人に変化した『道化』を切り倒し、さらに下へ進もうとした矢先だった。ミリエンダの目の前で、足元の床が吹き飛んだ。下から突き上げられ、めくれ上がった。その原因たる物質は、銀色の前髪をめくれ上がらせ、さらに天井を破壊した。
「くっ!」
生物の姿さえしていない魔族は、少なくとも女将軍ミリエンダに尻餅をつかせるという快挙を成し遂げた。
「おのれ!」
屈辱にまみれ、尻を上げる将軍は、崩れた穴に迷わず飛び込んだ。
「おー、おー、頭に血が上っておる。あの闘争本能は見事なものじゃが、そのうちに命とりにならねばいいがのう」
老魔法使いは、決して落ち着いていたわけではない。しかし、怒れるミリエンダに近づくほど愚かなことはないことを、熟知していた。
火薬は、魔法の国に存在しないはずのものだ。それを利用した大砲型の魔族は、最終形態に入り、人間の体ほどの大きさの砲弾を撃ち出すことができた。それを、あっさりと斬ってのける女がいることは、知らなかっただろう。
爆煙を背後に、ミリエンダが崩れつつある建物を駆け降りる。三発の砲弾を切り払い、撃ち出した魔族に迫る。
「人間がー」
「鉄の塊が喋るな!」
砲身が、切り上げられる。わずかな時間差を置き、斜めに筋が走った。ずれる。 ごとりと音がした。ミリエンダは振り向かず、その場を離れた。そこに、巨大化した大砲の魔族が倒れ掛かった。剣の切れ味なら、剛山ですら足元にも及ばない。ミリエンダがほぼ一人で倒したのは、大砲公爵と呼ばれる魔族だった。
※
時おり姿を見せる『道化』達をけん制しながら、宇宙戦士達が走る。目標とした建物が目前に迫った。つまり、宇宙大公の住まう宮殿をも、視野に入れての攻防となっていた。
「剛山君、あれ!」
「ああ」
足を止める剛山が、いまだ意識を回復しない室町を、そっと地面に降ろす。
「こいつを頼む。あれは俺が倒す」
「ただのカエルじゃないわよ」
「わかっている」
宮殿への直進方向にそれはいた。
緑色の体色に、ぬめ光った皮膚が特徴的だ。両目は極端に離れ、口は横に裂けている。二本足で立ち、豪奢な服を着ている。
「カエル侯爵、といったところか」
「ゲコッ」
舌が伸びた。狙ったのは剛山ではない。その背後にいるラミリーだ。
「キャ!」
しかし、止まった。自分の脇を抜ける赤い舌を、剛山が左手で掴み取っていた。
「あ、ありがとうございますぅ」
「気が抜けるから、黙っていろ」
「はぁい」
力比べとなった。剛山は、あくまで左腕一本で応ずる。引き摺られた。
「ふんっ!」
宙を舞ったのは、カエル侯爵だった。バランスを失い、体が転がる。剛山の怪力に、体が浮いた。地面に落ちる。その場所に、剛山が迫っていた。
「『フクジンブレード』!」
赤い残像が、カエル侯爵を両断する。一撃に留まらない。まるで、微塵切りにするかのように剣を振るい続けた。
「剛山君、変化するわ!」
言われるまでもなかった。白煙が上がった。巨大化する瞬間に側にいるのは、危険だと思われていた。しかし、今は違う。その一瞬こそが、最大のチャンスなのだ。剛山は動かない。そして、最終形態への変化が始まった。
「ゲコッ、ゲコッ。剛山はどこだ」
『ここだよ』
声は、侯爵の中から聞こえた。剛山は、左手に舌を掴んだままだったのだ。自ら飲み込まれ、そして、内側からブレードで切り裂いた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
腹を割って現れた男に、二人の女が駆け寄った。
「剛山君、貴方、本当に強くなったわ」
「あたしは、これぐらいやるって、前から思ってましたよう」
「服が汚れてしまったな。この戦いが終わったら、ゆっくり風呂に入りたい」
全身が血まみれだった。近寄ろうとする女たちを退け、室町に向かう。女たちは剛山を追う形となった。
「さすがに疲れた? 戦いの最中に、そんなこと言うなんて」
「後で、温泉を案内しますよぅ」
「疲れてなどいないさ」
室町を担ぎ上げる。
「弱音を吐くことなど許してくれない女が、俺を待っているからな」
その前方で、目的地であった建物が、音を上げて崩壊した。咳をしながら出てきた女は、自慢の銀色の髪が、煤で汚れている。背後の老魔法使いが、杖を頭上に掲げながら歩いてきた。魔法使いが建物から出た直後、ほぼ全壊していた建物が、完全に瓦礫の山と化した。
「ひどい恰好だな」
「お互い様だ」
豪快に笑い声を立てる剛山とミリエンダを、里村とラミリーが、渋い表情で見つめていた。
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