第15話 それぞれの戦い 1
風の結界に守られ、ホウキで空を飛ぶ4人を、有翼人の軍勢が迎え撃っていた。
先ほどの『道化』の言葉に従えば、『道化』が変化した姿だという。数十の翼を持った人型の化物に囲まれ、一同は足止めを喰らった。
輪の中に入らず、一人離れて見守っている者がいた。人間の体に鷹が入り込み、半ばまで変質したような印象を与える、不気味な影だった。
「仕方ない! ジブラルドール、一旦下ろせ!」
ミリエンダが叫んだ。風に声が流されるので、自然と大声になる。
「うむ! 少々、荒っぽくなるがの」
言うなり、老魔法使いは両腕を大きく広げた。風の結界が360度荒れ狂い、全ての有翼人がバランスを失い、四散する。
それは一時的な隙に過ぎないが、大混乱を呈した。もっとも、人間側も似たようなものである。
「キャー!」
「バカモノ! 降ろすにも、やりようというものがあるだろう!」
「降ろしたんじゃない! 落としたんだ!」
ミリエンダ、里村、室町の3人は落下していった。ホウキの高度を下げながらも、老ジブラルドールは杖を振り上げた。
「炎の玉、レベル7」
真っ直ぐ、鷹もどきに向かって。
鷹もどきが動いた。膨らんだ巨大な炎に、頭から突っ込んだ。爆発し、炎上した。その中央から、無傷の魔族が顔を出す。温度変化に気流が生じ、有翼人たちは、もはや役には立たない。
「人間がぁ!」
「ジブラルドール! 退け!」
鉤爪が老体を捉える寸前、屋根を蹴り、ミリエンダが跳ね上がった。青白いサーベルが残像を残し、その直前で鷹もどきが浮上する。
「ちっ! 降りて来い!」
民家の屋根で仁王立つミリエンダがいきり立った。里村と室町は、路地まで落下していた。怪我をしていないのはさすがだろう。
ジブラルドールが、ホウキを操ってミリエンダの傍らに降りる。女将軍は対峙する敵から視線を外さないまま、路地の2人を見下ろした。
「行け!」
「な、なに?」
「剛山の言ったことを覚えているだろう。ここは、私と老いぼれで引き受ける!」
「わかったわ」
「さすがに宇宙戦隊と名乗るだけある。行動は素早いのう」
駆け出した2人を、ジブラルドールも見送った。
「剛山の仲間だからな。感心している場合じゃないぞ。来る」
「鋼の槍、レベル5」
背中を見せたまま、ジブラルドールが魔法を使う。2人に迫った有翼人が、体中に穴を空けられて落下した。生き残った者を、ミリエンダが追い詰めてゆく。
「貴様らぁ!」
鷹もどきが激昂する。貴族の一員なのだろうが、『魔族』としか認識していないミリエンダらには、爵位の見分けまではできない。
有翼人たちは姿を消し、もはや、まともに動けるのは一人だけになっていた。その一人に向かい、ミリエンダが吠える。
「来い!」
言われるまでもなかった。鷹もどきは、凄まじい速度でミリエンダに迫っていた。唇が突出し、硬化したような不気味な嘴が迫る。鉤爪は、折り畳まれて下腹部に埋もれている。直撃の瞬間まで、速度は減じなかった。
「ちっ!」
サーベルを薙ぎながら、ミリエンダが横に転がる。翼の形をした人肌のものにぶつかり、吹き飛ばされる。
一瞬相手を見失うが、サーベルのあまりの切れ味に、手ごたえさえ感じなかったのだ。敵の大事な翼の片方を、あっさりと斬り落としていた。
「ぐがぁぁぁぁ!」
ミリエンダが立っていた屋根の上に、鷹の魔族が横倒しになって転がっていた。
「とどめだ!」
すぐに体制を立て直し、ミリエンダが駆け寄る。鷹もどきの体から、白煙が上がる。爆発的に巨大化し、ただの鳥類へと変化する。しかし、その瞬間に、鷹もどきの首が落ちた。変化を終えた瞬間に、首を失った骸が、どうと横倒しに倒れた。
「やれやれ、変化を待つこともせんか」
ジブラルドールが肩を並べ、どこから取り出したのか、タオルを渡した。
「パワーアップするのを、黙って見ている必要があるか?」
「うむ。正論じゃとは思うが、剛山なら待つじゃろう」
「ふん。あの戦闘マニアと一緒にするな。私は、敵を葬れればいい」
下の路地を、2つの影が通り過ぎようとした。
「ミリエンダ!」
名を呼ばれ、その声の主に、女将軍の厳しい顔つきが一変した。
「剛山! 無事か!」
「おう! 俺達は、このまま地上のルートを行く! ミリエンダとジブラルドールは、また空を行ってくれ!」
足を止めた剛山に、直後を走っていたラミリーが激突する。剛山は小揺るぎもしなかったが、猫娘は盛大に跳ね飛ばされた。
「承知した! お前さんの仲間も、先に行っておる!」
顔を覗かせた老魔法使いに、剛山は拳を作って応える。
「ジブラルドール! お前の弟子、よく戦ったぞ!」
「そ、それは言わないで下さいよぅ!」
赤面しながらすがりつくラミリーの頭を、剛山は大笑しながら強くこすり、ミリエンダに敬礼を投げかけた後、走り出した。大鼻子爵に強烈な一撃を喰らわせた猫娘だが、決して人には言えない勝利だった。
「戦闘マニアか……なるほどのう。生き生きしおって」
街中に消えた広い背中に、ジブラルドールは嘆息した。
「誰か、常に側にいる必要がある。そう思うだろう?」
「うむ。奴を制御できる人間がな」
「ふっ。任せておけ」
まるであざ笑うかのような笑みを浮かべたミリエンダ共々、再び魔法使いは空中に浮かび上がった。
※
宮殿の姿が、遮るもの無く道の先に見える場所まで到達し、宇宙戦隊の2人は難敵と対峙していた。
二本足で立ち上がった、ぬめ光る肌をしたトカゲだ。ただのモンスターかと見えるが、華美に彩られた豪奢な衣装が、貴族に連なる者であることを表わしている。
「トカゲ伯爵、といったところかしら」
里村が緊張した声を上げる。広い道だった。主街道といったところだろう。このトカゲを越えれば、宮殿までは一本道である。
「私を伯爵と知って、なお戦いを挑むか」
ゆらゆらと揺れるように立っていたトカゲの体に、急に力が宿ったように感じられた。頭蓋骨と背骨の構造上、天上を仰いでいた頭部が、前方に倒される。間違いなく、トカゲだった。
「当然だ! それが、俺達の使命だからな」
室町が、回り込むように移動する。『道化』の姿はない。
「ここは通さぬ」
「通らせて貰うわよ」
里村にも室町にも、余裕はなかった。2人とも、切り札である変身はまだできないのだ。変身できるようになるまで、残り数時間はあるだろう。
「いでよ! 我が下僕、大モグラ子爵よ!」
トカゲが叫んだ直後だった。地面を覆う石畳がめくれ上がり、茶色い物体が頭を出した。
「ちっ! 1人じゃなかったか!」
「どうりで、『道化』がいないと思ったわ!」
2人が後退する。その場所を、鉤爪が突き出た太く短い腕が抉った。固い地面を、水中のように移動する腕である。力のほどは、押して知るべしだ。
「里村! 大丈夫か!」
土煙が上がり、互いの姿が隠された。
「ええ! それより、最終変化しているわ。先にどっちを倒す?」
「わからん!」
「しっかりしてよ!」
「考えるのは、お前の役目だろう!」
「剛山君なら、すぐに答えを出したわ!」
「あいつのことは言うな!」
「なんでよ! 仲間でしょ!」
「もう、以前のあいつじゃない! こっちの世界の人間だ!」
「違う! 絶対に連れて帰るわ!」
「里村!」
いつの間にか、2人の距離は迫っていた。視界が利かない状態で怒鳴りあっていたので、接近していることは把握していた。その間にも、何度も太い腕が振り下ろされている。里村の両肩を、室町が掴んでいた。
「何よ!」
塵がどんなに巻き上げられようと、互いの目は見られた。それだけの距離だった。
「剛山のことは、諦めろ。お前には……」
室町の頬が、乾いた音を立てた。
「私は……」
声が掠れた。室町が、里村の肩を突き飛ばした。互いに飛び退り、その空間を、大モグラの牙が音を立てて薙いだ。
「「うるさい、取り込み中だ!」」
二人の声が重なり、二本の赤い刃が、大モグラの喉を掬い上げる。
「剛山君が、あの女を気にしているのはわかっているわ。だけど、私達は長い付き合いなのよ。そんなに簡単には諦めてやらないわ」
モグラの頭部が、二人の間を転がった。
「おのれぇええええ!」
トカゲ伯爵が飛び上がる。
「お前が傷つくだけだぞ」
「そんなこと、わからないじゃない!」
「俺とだって、長い付き合いだ。そうだろ?」
「どういう意味よ」
「わからないのかよ……」
視線を落とした室町だった。その視線の先に、トカゲ伯爵が舞い降りる。
「『ラッキョウブラスター』!」
遠方からの一撃が、狙撃するかのように中空の影を叩き落した。
「げえぇぇぇぇ!」
「剛山!」
「剛山君!」
「仲間割れなんかしている場合か!」
かなりの距離があった。だから、その背中に張り付いているラミリーは視界に入らなかった。里村は、思わず駆け出していた。室町は、その手を掴んで止めようとし、手が空を掻いた。
背を向けた。一撃を浴びたとはいえ、伯爵の称号を持つ化物に。
「喰らえ、毒液攻撃!」
口から飛び出した紫色の液体が、室町の背を焼いた。苦悶に仰け反り、室町が倒れる。その音に反転し、悲鳴を上げる里村が立ち尽くす。その横には、既に剛山が並んでいた。
「貴様ぁ!」
剛山は室町を越え、トカゲ伯爵に迫る。背には、荷物のようにラミリーを張り付かせたままである。
トカゲ伯爵が再び口を開いた時、その口蓋に、剛山の靴が叩き込まれた。思い切り、蹴り上げる。
「ぐげぇぇぇ」
トカゲが宙を舞った。
「『ラッキョウブラスター』!」
落下するまでの数秒間に、穴だらけになるほど焼かれた。落ちた瞬間に、赤い暫戟が待っていた。
「『フクジンブレード』!」
もはや無抵抗なトカゲ伯爵が両断される。白煙が体を包んだ。
「変化するわ!」
「させるか!」
肥大するトカゲの体だが、その上には剛山が馬乗りになっていた。膨らみきった体に、剛山が仁王立つ。
「どこだ! どこだぁ剛山ぁ!」
「俺の名前を知っているのか」
「どこだぁ!」
「ここだよ。見えないとは思うが。気にするな。どうせ死ぬんだ」
額に乗った男は、光の剣を巨大トカゲの眼球に差し込んだ。苦悶の声が上がる。体が地面に落ちる。その口の端からは、薄い舌が覗いていた。その舌を掴み、引きずり出す。剣で切り裂いた。
「ごぁああああ!」
あまりの痛さに口をあけた。トカゲ伯爵の死因となった。わずかの間に剛山が口腔に入り、体の内側から縦横に切り裂いたのである。
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