第14話 魔界での戦い
ケルベロスの守る扉を潜ると、細く長い下り坂が続いていた。大人が3人並べば、狭苦しいほどだ。
「魔を滅することはできん」
その道を下る最中、魔法の国、王宮つき魔法使い、老ジブラルドールが重い口を開いた。普段は雄弁ですらある男だが、この話題に関しては口にしたことは無かった。
「光と闇が表裏一体であるのと同じく、人間と魔族も、互いを否定しては存在しえないのじゃ。だから、魔族は我々にどれだけの仕打ちをしようと、全滅させようとはせん。人間とても同じことじゃ。今まで、魔界に乗り込んでまで争おうとしたことはなかった」
「ならば、なぜ付いて来た? 俺を止めるためか?」
先頭を行くのは、宇宙戦隊カレーソルジャー所属、オニオンソルジャーこと剛山豪である。後ろに女性2人が続き、宇宙戦隊の仲間2名はしんがりを努めている。
「長い間保たれてきた均衡が、破られつつあるのじゃ。それを感じているのは、わしだけではないはずじゃ」
「ああ」
松明を持つ剛山の背に手を当て、まるで体温を確認するかのようにしている女性が、小さくうなずいた。魔法の国の将軍職にある、銀髪の軍神と異名をとるミリエンダである。腰のサーベルは魔力を放ち、切れ味では最新のレーザーブレードをも陵駕する。
「それが、剛山の言う宇宙大公が原因だとすれば、強力な力を持つ何者かが、魔界に入り込み、牛耳っているということになるのじゃ。その頭を倒さねば、均衡を失った世界はばらばらになりかねん。人間だけでなく、魔族もろともにな」
「……脆い世界だな」
「世界とは脆いものじゃ。わしらの立つ足もとさえ、いつ消えてなくなるかもしれんのじゃ」
「……もともと、宇宙大公と魔族の長が、同一の存在だった可能性はないのか?」
「それだってありますよ。ねっ、師匠」
剛山から半歩遅れて、その手を握りながら歩いている少女が老人を振り返った。頭部には三角形の耳が生え、尻からは毛に覆われた長い尾が揺れている。半妖の猫娘、ラミリーである。暗闇なので、瞳がいっぱいに開かれている。当然一同の誰より夜目が利くため、手を引いてもらう必要は、本来はない。
「うむ。しかし、その場合……」
「俺がこっちの世界に来たことが、均衡を崩すきっかけになっているということか」
「ぁっ……」
「気にするな。その可能性を知っているからこそ、俺は魔界に乗り込むことを決めたんだ」
気まずそうに顔を伏せたラミリーの手を、剛山が強く握る。その手に、猫娘は額をつけた。剛山は前をただ見ていた。ミリエンダが指先で猫娘の額を弾く。そんなささやかな攻防を、ジブラルドールは目を細めて見ていた。
「私達の世界にも、魔界とか地獄とかの考え方はあるけど、それと私達が表裏一体だなんて考えたことはないわ。宇宙貴族は、滅すべき『悪』よ」
「こっちの世界のことは、考えるだけ無駄だ。俺達は、宇宙大公を倒すことだけを考えよう」
「そうね……」
最後尾を並んで歩く里村宏美と室町賢二は、話の輪には加われずにいた。共に宇宙戦隊カレーソルジャーの隊員で、戦闘時にはポテトソルジャーとキャロットソルジャーに化身する。
再び、ジブラルドールが口を開いた。
「この世界の成り立ちは知らん。古来より、人と魔は隣り合わせの存在じゃった。しかし、わしらも魔との共存を望んでいるわけではない。じゃから、結界を張り、その上に権威の象徴である城が建っておるのじゃ」
「……着いたぞ」
足を止める剛山の言葉に、老人の口が塞がる。全員に緊張が走る。そこは紛れも無く、魔界だった。
「出迎えもなしか……化物が跋扈しているところだと思っていたが。意外と普通だな」
剛山に、全員が寄り添うようにしていた。確かに普通だった。古代ギリシアを思わせるような石造りの民家に、公共施設に、石畳がある。遠くには宮殿が見える。まるで、人間の世界をコピーしたようだ。人影はない。もしあれば、すぐに戦闘に入れる体制をとっていた。
「……どうする?」
「私に聞くな。剛山、お前が決めろ。お前の決定であれば、私達に依存は無い」
振り返った剛山の顔を、全員が見つめていた。古い仲間たちも含めてのことだ。
「よし。では、情報収集から行こう」
一番近くにあった、民家の扉を蹴破った。
「おい、本当にあの男に任せてよかったのか?」
ジブラルドールが悲鳴に近い声を上げる。
「そ、そうですよ。乱暴です」
ラミリーが毛を逆立てた。ミリエンダさえ眉を寄せたが、宇宙戦隊の2人が剛山に続いた。
「地上の王国を襲わせないためには、魔界にいる私達がこそこそしているわけには行かないんでしょ」
「そういうこと」
剛山に続いて民家に入った。
「わかっている!」
声を荒げたミリエンダの口を、ラミリーが慌てて塞いでいた。
※
狭い部屋の中に、暖炉の火が燃えていた。台所と居間と寝室のみの、小さな民家だった。寝室は2階だった。階段を上がり、寝室のベッドの上に、それはいた。
「『道化』か!」
「ひいぃぃぃぃ」
被っていた布団を剥ぎ取る。黒い影そのものの姿だった。全身タイツを被った細長い人間のような、奇妙な存在だ。長い間、宇宙貴族と戦う時に、剛山たちがてこずってきた連中である。
剛山は黒い影の細い腕をとり、ベッドにねじ伏せた。室町と里村が、続いて踊り込んだ。
「……『道化』」
「やはり、魔界と同じ連中か」
「ああ」
剛山は体を伏せ、押さえつけた黒い姿の、耳があると思しい部位に口を近づけた。
「宇宙大公はどこにいる?」
「剛山君、こいつに言葉なんて通じないわ」
「き、宮殿だ」
「喋ったぞ」
里村と室町は、己が目を疑うように『道化』を睨みつけ、顔を見交わした。
剛山は続ける。剛山とても、交渉ができる確信があったわけでない。ただ、町の中で人と同様の生活を営んでいる以上、戦うだけの存在では有り得ない。
「取り巻きの貴族どもはどこに、何人いる?」
「し、知らない。私達はただ、貴族に呼び出されて、無理やり地上に行かされるんだ」
「こんな奴、魔法の国では見たこことがないぞ」
ミリエンダが顔を出した。
「い、いつもは、姿を変えている。貴族の魔法で、好きな姿になるんだ」
「地球に送られるときは、変化はできないというわけか」
「ち、地球? な、なんだそれは?」
「お前は知らなくていい」
言いながら、剛山は道化の首を締めた。簡単ではないはずだが、実に速やかに気絶させた。
「殺さなくていいのか?」
ベッドから降りた剛山に、ミリエンダが声をかけた。
「目標は宇宙大公だけだ。魔界の連中を皆殺しにするつもりはない」
「だろうな。ただの冗談だ」
微笑むミリエンダを押しのけたのは、里村たちから遅れて駆け込んできたラミリーだった。
「囲まれています!」
「集まってきおったぞ」
老ジブラルドールも顔を出した。
「入ってくるか?」
「いや、簡単な結界をはった。しばらくはもつじゃろう」
剛山が窓から下を見ると、亡者さながらに黒い影が蠢いている。
「そんなに死にたいのかしら」
『道化』と戦いなれている里村がうそぶいた。
「来たぞ。貴族だ」
「どこ?」
剛山が示したのは、宮殿らしき建物がある方向だった。飛んで来る。空を飛ぶ翼を持ったトカゲに乗っている。
「大鼻男爵だな」
「ええ」
「知り合いか?」
「いや、見ればわかる」
魔法の国所属のミリエンダは、結界に守られた地上の城にいたため、上級魔族との戦いはほとんど経験がないようだった。外見だけから判断する方法に、宇宙戦士たちは長けていた。
「ジブラルドール」
「なんじゃ?」
窓の外から、剛山は目を離さずに問う。
「4人、転移させられるか?」
「お安い御用じゃが……なんじゃその半端な数は」
「奴は、俺とラミリーで引き受ける。皆は、先に行け」
「えーっ!」
猫娘が悲鳴にも似た声を上げる。不服だったのは、ラミリー一人ではない。
「もともと、ラミリーと俺だけで突入する予定だったんだ。宮殿の前で落ち合おう。今から一時間後、もし揃わないメンバーがいたら、残った者達だけで突入しろ」
「剛山!」
「じゅうぶんに引きつけてから飛び出す。俺とラミリーが出てから、一分後に出てくれ」
「承知した」
ジブラルドールが、ミリエンダを引き剥がす。弟子のラミリーに、幾つかの小道具を渡すのが見えた。
窓際に剛山とラミリーだけを残し、ジブラルドールが描く魔方陣に、全員が乗る。
「後、30秒か」
「も、もっとゆっくり来ればいいのに……」
背中にしがみ付いている猫娘は、明らかに震えていた。震えが伝わってくる。
「恐いか?」
「あ、当たり前ですよう」
毛が逆立っている。
「戦うのは俺にまかせろ。ラミリーは、できることをやればいい」
腕を背に回すと、柔らかい猫の耳が触れた。服を掴み、抱き寄せる。すがり付いてきた。
「あんまりくっつくな!」
「そうよ!」
ミリエンダと里村が歯を剥くが、剛山は聞いていなかった。窓のすぐ側に、大きな顔があった。身長に比べ、あまりにも顔が大きい。とりわけ、鼻が突出している。
『臭うなぁー。臭うなぁー。人の臭いだなぁー』
その物体を乗せたトカゲが、ゆっくりと回遊する。ラミリーを抱きしめる腕に、力がこもった。ぬくもりと感触を確かめるように強く抱いてから、床に捨てるように腕を放す。抗議の声を上げようとしてラミリーは黙った。剛山は、ただ窓の外を見ていた。
「『ラッキョウブラスター』!」
眼前を横切ろうとした空飛ぶトカゲに向けて放つ。上に乗る大きな顔が、じろりと剛山を睨んだ。
トカゲのこめかみに、濁った汁色の光線が吸い込まれ、貫通した。脳を焼かれ、上に乗る貴族共々、トカゲが垂直に落下を始める。同時に剛山は窓を蹴破った。二階から飛び降りる。
「始まった。皆、わしにつかまれ」
ジブラルドールの周りに、風が渦巻いた。ただラミリーだけは、破られた窓から、身軽に屋根の上に登った。
「『フクジンブレード』!」
ラミリーは何もできず、ただ屋根の上から見つめていた。剛山は、巨大な顔と特大の鼻の持ち主に、馬乗りになっていた。左手のブラスターを眉間に突きつけ、右手の輝く赤い光の剣は、あお向けに倒された魔族の喉を押さえ込んでいた。
「寄るな! 寄ればこいつを殺す!」
『道化』たちの動きが止まる。視線で周囲を威嚇し、組み伏せた魔族に向き直る。
「宇宙大公はどこだ?」
「人間風情が……」
「殺されたいか。大鼻男爵」
「子爵じゃ!」
「ほう……確かに、男爵より人間離れしているな」
顔が極端に大きく、全身は二頭身。手足が短く、自分の手では頬を掻くこともできないだろう。
「『道化』どもに、下がるように言え」
「……貴族たる我に、命令するか……」
「言え!」
「……下がれ。家に戻るのじゃ。こやつは、我が片付ける!」
全く説得力がない言葉だが、『道化』たちは従った。あまりにも従順なのか、貴族には一切逆らうことはできないのかもしれない。
武器を納め、剛山は立ち上がる。
「とどめを刺さなかったこと、後悔することになるぞ」
「お前が命令を一つ聞いた。だから解放した。俺の目的は殺戮ではない。諸悪の根源、宇宙大公の首だけだ」
「……行け。次に会った時は、この命をもって、貴様を滅すであろう」
「感謝する。おい、ラミリー。行くぞ!」
屋根から飛び降りる猫娘だが、さすがに二階からというのは少々無理があったのか、着地と同時に少々そそうをしてしまった。盛大なおならの音が、長く響いた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
大鼻子爵は、だてに鼻が大きいわけではないのだ。漂う悪臭に、もんどりうって転がった。
「きいさぁまぁぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ」
凄まじい速度で逃げ去るラミリーだった。
大鼻子爵がのた打ち回っている間に、剛山もその場を後にした。
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