第13話 魔界への道
結局、剛山豪の出発は、少し延ばされることになった。共に旅立つ以上、合流した宇宙戦隊の2人に、状況を説明する必要があったからである。おだやかな場所ではない。魔界へ続く階段の、踊り場でのことである。
「私達は変身したばかりよ。明日までは変身できない。それに、疲れているわ」
「そうだ。すぐに出発するのは無理だ。それより、どうして俺だけこんなものを着させられているんだ」
剛山の強攻策を提示した案に、2人とも反対した。2人のうちの一人だけ、拘禁服を着せられていた。室町が特別なのではない。たまたま、里村が運良く免れたのだ。
3人からやや離れて、もう3人が遠巻きにしていた。魔法使いのジブラルドールにその弟子、そして女将軍ミリエンダである。
「この先に、どれだけの敵がいるかわからないんだぞ。3人同時に変身するのは、できれば避けたほうがいい。疲れているからといって、貴族どもは待ってはくれない」
「でも、むざむざ殺されに行くことはないわ」
「そうだ。せめて、この服をとってくれ」
同士だと思っていた2人の態度に、剛山は苦虫を噛み潰す。その背に、寄り添うようにミリエンダが近づいた。
「剛山、お前は疲れていないのか? あの大きなオオカミを、たった一人で倒したばかりだというのに。しかも、変身もせんでな」
広い背中に、ぴったりと上半身を寄せる。顔を斜めに倒し、まるで挑発するかのように里村に視線を投げる。
「一人で……」
「変身せずに……」
地球から来たばかりの2人は、かつての仲間の力を、今さらながら痛感したらしい。
「出発を明日に伸ばして、今夜魔界からの襲撃があったらどうする。『疲れるから手伝いません』というわけにはいかないぞ」
「今まで、貴方抜きで戦って来たんでしょ、その人たち。その、こっちで言う、魔界の住人とは」
「俺が来てから、動きが激しくなったそうだ。3人揃えば、もっと大規模になるだろう。魔界の住人である宇宙貴族達が、本気でこの国を滅ぼそうとすれば、いかに結界を張っていようと守りきれん。俺達は戦いやすくなるだろうが、そのために魔法の国の住人が、どけだけ犠牲になるかしれないんだ。俺達が直接魔界に乗り込むことで、奴等の注意を引ければ、最悪でもこの国に被害はない。俺達は、正義のために戦ってきたんだ。たった今からでも、乗り込むべきだ」
「……私は、ブラスターを地球へ落としてきたわ」
「ジブラルドール、代わりの飛び道具はないか?」
首だけを動かして、剛山が背後を見やる。ミリエンダの銀色の頭頂が目に入ったが、相手をしている場合ではなかった。
「魔力の無い者が使うとなると……これくらいかのう」
どこから出したのか、二股に分かれた木の枝を取り出した。二本の枝を跨ぐ形で、ゴムのような物質が張られている。
「パチンコか……」
「スリングと呼べ」
「何も無いよりはましか。里村、これを使え」
剛山から、里村がパチンコを受け取る。複雑な表情をしていた。役に立つとは思えなかったのだろう。
「敵にダメージを与えるのは無理でも、気を引くことはできるだろう」
「……そうね」
「俺のこの服は、どうするんだ?」
「よし、行こう。ラミリー、悪いが、食堂から2人分の食料を詰めてきてくれ。戻り次第、出発だ」
「はーぃ」
両手両足で駆けて行く。彼女の存在そのものが、地球の戦士たちには異世界へ来たことを最も痛感させる。
「ミリエンダ、聞いていただろう。お別れだ」
「……待て」
「どうした?」
「私も、剛山の判断は正しいと思うが……やっぱり、お前死ぬ気なんじゃないだろうな」
広い背中に埋めていた額を、ゆっくりとあげた。目に溜まっていた水滴が、剛山から言葉を奪った。
「絶対に生きて帰る。たとえ魔王を倒せなくとも、逃げて帰ってくると約束しろ」
「……それはできない」
戦士の誇りにかけて。
「ならば私も行く。ジブラルドール、貴様も着いて来い」
「なぬ!」
「老いぼれの力、このときを逃して揮う機会はないぞ。死に花を咲かせよ」
「か、勝手なことを……」
「頼む」
ミリエンダ将軍と剛山が揃って頭を下げ、ジブラルドールは天を仰いだ。
「……待っておれ。わしにも準備がある。最新の杖を作ったばかりじゃ。部屋に置いてきた。魔力を込めた巻物もな」
杖代わりにしていたホウキを空中に投げ出す。水平位置で、空間に留まる。腰掛けると、ふわりと飛んで行った。
「剛山、勝算はあるのか?」
目に涙を溜めながら、声に震えが無いのはさすがである。
「たとえ無くても勝つ。負けられない戦いだ」
「うむ。私の見込んだ男だけのことはある」
振り向いていた剛山の胸に顔を埋める。腕が背に回った。その手を、里村は冷たい視線で見つめていた。室町は、拘禁服を着せられたまま、何もできなかった。
宇宙戦隊カレーソルジャー、最後の戦いが始まろうとしていた。
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