第11話 宇宙戦隊消滅
都内水族館が、戦いの場所だった。
「室町君、そっちはどう?」
『『道化』を何人か仕留めたが、それだけだ。それより、俺はもう変身した。キャロットソルジャーと呼べ』
「勝手に変身しないでよ。変身時間のこと、貴族達にもばれているのよ」
『『道化』の集団に襲われたんだ』
「場所は?」
『ペンギン広場だった』
「すぐ向かうわ。その付近に、手がかりがあるはずよ。キャロットソルジャー、移動していたのなら戻って。仁藤君、聞いていたわね」
『了解』
ブレスレットの通信を切る。里村宏美は、館内の地図を広げた。宇宙戦隊カレーソルジャーの戦い史上、最も爵位の高い敵を迎えていた。『オオカミ伯爵』そう名乗った男は、目的は宇宙戦隊の殲滅だと豪語したのである。
「剛山君、力を貸してよ」
首から下がった、写真入りのロケットを握りしめる。その男が、同時刻、異世界で何をしていたか、里村に知る術はなかった。
腕のブレスレットが光った。
『こちらキャロットソルジャー、ペンギン広場に戻った』
「油断しないで。近くにいるわ。今、そっちに向かっている」
『急いでくれ』
「わかっている」
切れる。仲間が揃うまで、動かないのが戦術的には正しいのだろう。だが、オニオンソルジャーなら一人でも向かって行っただろう。たとえ、どれほどの敵であろうとも。
「剛山君……」
理由もなく、その名を呟いていた。目頭が熱くなるのを、こうべを振って堪える。再び、ブレスレットが光る。
『こちらビーフソルジャー、うわっ! ……』
「ちょっと、どうしたの? キャロットソルジャー、わかる?」
『ああ。俺の目の前で、腹に噛み付かれている。切るぞ』
通信が途絶える。
「染色!」
里村は、迷わず変身した。剛山豪のものとは、また違った変身ポーズをとり、茶色に輝く超鋼アルミに包まれる。床板がめくれ上がるかのような勢いで蹴立て、ペンギン広場を目指した。
※
およそ、一分前のことだ。
既に変身済みのキャロットソルジャーは、十人近い『道化』を足の下にしていた。
「先輩!」
息を弾ませながら、仁藤篤が駆け寄ってきた。線の細い、一見頼りなく見える若者だが、戦闘に対するセンスは悪くない。実戦を積めば、かなりの使い手になるだろう。それまで、生きていれば。
「おう」
「これを先輩が一人で倒したんですか?」
「まあな」
「凄いですね」
素直に感心している。
「そう褒めるな。剛山だったら、変身しなくてもやってのけたさ」
「……はあ」
「それより、お前も変身しておけ。里村の話だと、この近くにいるはずだ」
「はい……染色!」
仁藤の変身ポーズは、やや短めだった。それは、3秒以内で終わらせる身体能力がないからである。ポーズが簡略化されるほど、ソルジャーに与えられる能力は低くなる。仲間内では、オニオンが最強だ。瞬く間に、こげ茶色の装甲に包まれる。
「よし、手分けしよう。オオカミなら、そこらへんに獣の毛が落ちているだろう。仮にも伯爵だ。油断するな」
「はい」
急いで辺りを物色し始めるビーフソルジャーを微笑ましく見届け、自らも辺りを警戒する。すでに厳戒態勢が取られ、客も職員も退避している。時おり、柵の向こうでペンギンが顔を覗かせるが、怯えているのか岩陰に身を寄せている。
その時だった。背後で、ビーフソルジャーが里村と通信を取ろうとしていた。次の瞬間、悲鳴が上がった。
急いで振り返るキャロットソルジャーの目の前で、仁王立ちしたオオカミの化物が、顎にビーフソルジャーをくわえていた。
里村に簡単に状況を話した後、キャロットソルジャーは冷静に距離を測った。飛び込むのは容易い。しかし、助けられない。あまつさえ、あの牙と顎は、超鋼アルミの装甲を食い破っているのだ。傷は内臓にも達しているだろう。急いで手当てしなれば、手遅れになる。
「オオカミ伯爵だな」
「いかにも」
口から、ビーフソルジャーが落ちた。血がしたたっていた。おびただしい量だった。
「爵位が上がるほど、人間離れしてくるようだな」
「人間ではないからな。思ったよりも冷静だな。オニオンソルジャーがいなければ、雑魚ばかりだと聞いていたが」
「なら、試してみるか!」
赤く輝く姿が飛んだ。
「『フクジンブレード』!」
赤い残像が走る。見切られていた。届かないと知るや、すぐに前方に踏み出していた。
毛だらけの腕が振り上げられる。その手には、長い鉤爪が剥き出しになっている。踏み込んでいたキャロットソルジャーはかわせなかった。仰け反る。長い爪が胸を掠めた。そのまま、ひっくり返る。
「がはははっ。いい様だな。ソルジャーよ」
「ち、超鋼アルミを!」
爪痕が三条、明らかに抉られていた。尻餅をつくキャロットソルジャーの足元に、瀕死のビーフソルジャーが横たわっている。
「受け止めようとしなかったのは褒めてやる」
爪を受け止めようとしていたら、死んでいたかもしれない。オオカミ伯爵が足を上げる。その足にも、やや削れてはいるが、鋭い爪がある。
横に跳ぼうとし、キャロットソルジャーは思いとどまった。ビーフソルジャーを見殺しにはできない。倒れたままのビーフソルジャーに覆い被さった。
「がははははっ。美しいな。美しい友情だ。その友情を抱えて、そろって死ぬがいい」
「『ラッキョウブラスター』!」
真横から、半透明の光線が空気を焼いた。オオカミ伯爵の横面に当たる。
「痛てえな」
振り向いた顔には、わずかな焼け焦げが残るのみだった。その視線の先に、茶色の姿がある。
「キャロット、ビーフ、無事?」
駆けながら叫んでいた。
「遅いぞ!」
ビーフを抱き上げながら、キャロットソルジャーがオオカミ男爵の足元から脱した。
「『ラッキョウブラスター』」
現れたポテトソルジャーは、光線銃撃ちながら進んだ。だが、光線は空を薙いだ。
「ポテト、上だ!」
キャロットソルジャーの声に反応し、茶色い戦士が前に飛んだ。床の上で回転し、片膝をついて背後にブラスターを構える。いない。
「こっちだ」
横合いから、爪をもった毛だらけの手に腕をはたかれた。ブラスターが転がる。
「『フクジンブレード』!」
再度振り下ろされた鉤爪を、赤い光線が迎え撃つ。押し合いになった。後方に飛んだ。鉤爪が振り下ろされる。ポテトソルジャーは即座に踏み込み、切り下した。
がら空きの頭部を跳ね飛ばすかと見えた。しかし、自慢の赤い剣が、オオカミ伯爵の牙にくわえられていた。
「がははははっ」
ブレードの出力を切る。上下の牙がガチャリと鳴った。
「とどめだ」
オオカミ伯爵は床を蹴立てて接近した。苦鳴を漏らしながら後方にトンボを切り、ポテトソルジャーは両手を交差させた。
「秘技『でんぷん地獄』」
獣の動きが鈍くなる。何かにまとわりつかれるように。
「よし!」
ややバランスを崩しながら着地したポテトソルジャーの側に、キャロットソルジャーが立っていた。
「ビーフは?」
「わからん。後だ。先にこいつを倒さないと全滅する」
「そうね。合体技、行くわよ」
「おう」
『でんぷん地獄』の効果も、長くは続かなかった。元の速さを取り戻し、オオカミ伯爵は一気に二人に迫る。
獣の行く先では、茶色と赤色の影がしっかりと腕を組んだ。複雑な機械運動を繰り返し、オオカミ伯爵の牙が届く寸前、二人の動きが止まった。
「秘技『スパイス地獄』」
「『ルーの海』」
「があぁぁぁぁ」
オオカミ伯爵が、ポテトソルジャーの喉下に食らいついた。そのはずだった。直後、姿が黄色く解けた。口の中に刺すような辛みが残り、鼻を強烈に刺激したはずだ。巨大な人型のオオカミが、鼻柱を抑えて身を捩る。
幻覚だ。しかし、効果は抜群だった。
「一気に仕留めるぞ」
「うん」
二人は、それぞれ自分のブレスレットをまわした。変身時間を犠牲にして、兵器の出力を上げるのだ。
「最大出力『ラッキョウブラスター』!」
「ぎぃやぁぁぁ……」
キャロットソルジャーの光線が体を貫いた。ポテトはブラスターを落としている。のたうつ伯爵に迫り、通常より倍する輝きを発する光りの剣を抜き放った。
「最大出力『フクジンブレード』」
両断する。もはや声も上がらない。ただ、その体から白煙が上がった。
『超サロンに引きずり込んでくれる』
「宇宙大公!」
「出て来い! 俺達と勝負しろ!」
天井に向かって叫ぶが、その声は届かなかった。高い水族館の天井を侵食し、滴り落ちた黒い液体が、床にいたり霧と化す。
もうもうと黒い霧が立ち込め、気がつくと、ポテトとキャロットの両ソルジャーは、貴族風のサロンに招待されていた。
「ポテト、奴の場所がわかるか?」
ポテトソルジャーが腕のブレスレットを見る。
「近づいている。この大きさ、変化しているわ」
「まあ、当然だろう」
「来た!」
上から降ってきた。それは、もはや巨大なオオカミであった。耳を真っ直ぐに立て、二人を見下ろしている。
「ポテト、弱点はどこだと思う?」
「四足の獣は、大抵腹よ」
「よし。俺が引きつける。秘技『カロチンの舞い』」
キャロットソルジャーが細かくなった。巨大なオオカミは、一つ鼻を鳴らす。そのうちの一人を足で踏みつけた。
「ぐわっ」
「がははははっ、何の真似だ。弱くなっただけではないか」
だが、その隙にポテトソルジャーが足元に走り込んでいた。上を見る。
「遠いわね……しまった、ブラスターは落としちゃったんだ」
仕方なく、よじ登ることにした。毛深い足を、軽やかに登っていく。その間、オオカミは細かい赤いのを次々に踏み潰していった。超鋼アルミに守られているので簡単に死にはしないが、キャロットソルジャーとしては屈辱である。
「『ラッキョウブラスター』」
小さくなっても使えるのである。弱々しく、短い光線が時おり走り、毛根の一つくらいは焦がす。巨大化したオオカミは、相変らず笑いながら、遊んでさえいるようだった。
「最大出力『フクジンブレード』!」
鮮血がほとばしる。
「なにぃぃぃぃ!」
オオカミが、後ろ足の膝を折る。腹を覗き込むと、自分の腹が割かれていた。その側に、輝く茶色い影が佇んでいる。
「とどめよ! キャロットソルジャー」
「おう」
細かいのが、一つに戻った。隙だらけの後頭部を、最大出力の野太い光線が焼いた。
「ぐあぁぁぁ」
暴れ出す。
「ま、まだ動くの」
「どうする。俺は、もう変身時間がない」
「最後の勝負よ」
「うむ。あれだな」
気を取り直したのか、深手を負いながらも、オオカミ伯爵が向かってくる。その先で、二人のソルジャーがぴったりと体を重ね合わせていた。
「カレーソルジャー裏技『ソース暫』!」
二人の声が重なる。超鋼アルミの輝きが一層強くなり、真っ黒い、波打つ剣が、二人の体から生み出される。それは、あたかもソースのようであった。カレーライスに卓上ソースを用いるのは、まさしく裏技である。
オオカミ伯爵の突き出た鼻先から、尾の先端までを両断した。
「ぐぎゃぁぁぁ……宇宙大公……お助けをぉぉぉぉぉぉ」
『ふがいない。伯爵までもが敗れるとは……仕方ない。しばらく、休まれるがよかろう』
オオカミの体に、毒々しい渦が巻きついた。体が擦れる。
ポテトソルジャーが飛び出した。
「おい、どうするつもりだ?」
先に変身していたキャロットソルジャーは、すでに室町賢二に戻っていた。
「あの先に、剛山君がいるわ」
「無茶だ。どうなっているかわからないんだぞ。帰ってこられる保証はどこにもないんだ」
「それは、私達の戦いだって同じでしょう。勝てる見込みなんか、いつも無かったわ。特に、剛山君がいなくなってから。私は、これ以上剛山君抜きで戦い続ける自身はないわ」
「残された地球はどうなる」
「私達がいなくなれば、別のソルジャーが派遣される。それだけのことよ。『超サロン』の中で起きたことは、本部も把握できない。貴方は好きにして。でも、私は行く。たとえ、この先に剛山君がいなくてもいい。後悔だけはしたくないの」
「……わかった。俺も行く」
ポテトソルジャーの変身が解けた。意外そうな面持ちで、里村が振り返る。
「……室町君?」
「剛山には及ばないかもしれない。だが、俺だって、里村だけを危険な目にあわせることはできないんだ」
「ありがとう」
二人は、オオカミ伯爵と共に、いずこかとも知れない異空間へ飲み込まれた。
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