第10話 魔界への門
剛山たちの背後で、魔法使いが震えていた。
「師匠……」
「わかっておる。ラミリー、あれが、戦士というものじゃ。ああいう考え方に付いて行けんのなら、早いうちに飽きらめた方がよかろう」
「えっ……なんのことですか?」
「ミリエンダは、性格以外は非のうちどころのない女じゃからな。あれから奪うのは骨が折れる。じゃが、剛山自身に欠点があれば、お前も諦められるじゃろう」
ラミリーは、ひどく大きな目をして師匠を見た。薄暗いので、瞳孔まで丸い。見つめ返され、素晴らしい勢いで視線をそらす。
「それじゃあ、まるで私があのお兄さんのこと……」
「好きなんじゃろうが」
「そ、そんなんじゃないですよ」
駆け出した。肩を竦め、ジブラルドールは装備を確認する。巻物はないが、杖は良いものを持って来ていた。
「魔族め……どうやら本格的に動き出したと見える。それにしても、剛山の戦う理由が正義とはな。それを明確に掲げられる戦いなど、どこにあるというのじゃ」
老魔法使いは、やや嘆息がちに独りごちると、ゆっくりと階段を降りはじめた。ジブラルドールと同じ感慨を剛山が口にしていたことは知る由もない。
呪文を唱え、漂う光を呼び出す。自分の周りに一つ生み出し、もう一つ、先行する戦士達に従わせた。
※
長い下り階段だった。地上にして5階分もあるだろうか。幾度か折り返しているので、城のほぼ真下に潜って行く形になる。
「何も出ないな」
「ケルベロスが餓死していなければ、大型の魔族は出てくることはできないだろう。目を盗んで、小物が出てくるくらいが関の山だ」
剛山が先行し、ミリエンダが後に続く。それが気に入らないらしく、時おり追い抜いていたが、いつの間にか抜き返していた。その争いのため、魔法使いとその弟子は、大分遅れ気味だった。
「では、3日前の襲撃はなんだったんだ? 空を飛ぶ巨大な爬虫類がいたが」
「腹痛でも起こしたかもしれんな。それとも、寝坊したか?」
「……守りは磐石というわけでもないようだな」
「完璧というのは性質が悪い。少しぐらい穴があるほうがいいとは思わんか?」
「将軍殿にもあるか?」
「うむ。そのうち教えてやる」
剛山が足を止めた。黙って止まったので、ミリエンダがぶつかった。
「どうした?」
ミリエンダ将軍が、高い鼻を擦りながら問う。
「これはただの飾りか?」
背に翼の生えた人間の彫像が、階段を埋めていた。薄暗いので全体は見えない。光りの精霊が舞い、部分的に見せてくれる。立ち並んだ彫像の数が、気味悪かった。
「魔界の門まで、階段以外のものはなかったはずだがな。私も久しぶりに来たのだ。最近何かのまじないに購入したのかもしれん」
壁沿いに並んでいるのではない。階段の上に適当に配置したようにしか見えない。
薄気味悪いが、それだけだと理解し、剛山と将軍はさらに階段を降りた。彫像を避けながらである。
「しかし、なんでこんな置き方してあるんだ。歩きにくくて仕方がない」
「全くだ。老いぼれの仕業だな。ろくなことをせん奴だ」
少し、二人の距離が空いた。剛山の背が遠ざかり、ミリエンダが追おうとする。彫像の間が、僅かばかり狭まった。女将軍の太股が挟まれた。
「うん? おい、剛山、ちょっと待て」
「どうした?」
振り向いたとき、ミリエンダの足元に多くの彫像がまとわりついているように見えた。さらに、背後から多くの彫像が覆い被さってくる。
「危ない! ミリエンダ、跳べ!」
将軍は階段を蹴った。剛山の真上に降ってくる。その鍛え上げられた細い体を両手で受け止め、空中で反転させて胸板で受け止める。ミリエンダの腰から逆手でサーベルを引き抜いて本来の持ち主である繊手に握らせ、自らは『ラッキョウブラスター』を握った。
「『ラッキョウブラスター』!」
動く彫像達がなぎ倒される。ミリエンダを押し出す。青白く輝くサーベルを振り回し、女将軍は正に台風のごとく暴れ出す。剛山はそれに背を向け、背に張り付いた彫像を投げ捨てた。
「『フクジンブレード』!」
赤い輝く光の剣が舞い、瞬く間に灰燼と帰した。
「これが魔族か? 手ごたえがないな」
「雑魚はこんなものだろう。こんな奴等でも、足止めぐらいにはなるんじゃないか?」
「こんな場所で、なにをしていたんだ?」
「さあな。魔族の考えなど、私が知るか」
「敵のことも知っておいたほうが良いぞ」
「ふむ。今後の課題としておこう」
二人の戦士が階段を降りてゆく。
※
しばらくして、老ジブラルドールが嬌声を発した。
「なんてことじゃ! わしが苦労して拵えた魔界に対する守りが、ばらばらになってしもうた!」
「これも、魔族の仕業ですか?」
「他に誰がこんなことをするというのじゃ!」
苦心の作だったのだ。ジブラルドールは泣きながら回収する。先行する二人に、動く彫像を回避することを教えていなかった事実は、失念していた。
※
階段の最後に、巨大な扉が待ち受けていた。錆びの浮いた、鉄の扉に見える。
「何もいないな。例の番犬すらいない」
「ケルベロスは、この扉の向こうだ」
「そうなのか。どうやって開ける?」
「押せ」
「よし」
剛山が、両手を扉に当てた。
「無理なら言えよ。手伝ってやる」
「誰が!」
鍵も閂もない。ただ、扉そのものが重いのである。
「……ぐぅっ」
軋み音を上げ、少しずつ、隙間が開く。わずかでも動けば、後は楽だった。押す。
「本当に一人で開けるとはな。合言葉を言えば、自動で開くというのに」
「なに!」
剛山の腕が唸る。叩きつけるように扉が開けられ、壁にぶつかりけたたましい音を出した。
「見上げたものだ」
「全く、人が悪すぎる。戦闘を前にして、余分な体力を使わせるな」
「本当に人の力で開けられるとは思わなかったのだ。たいした怪力だよ」
剛山は汗を拭い、しかし、それ以上は言わなかった。ミリエンダの様子から、緊張を汲み取った。鋭い目付きが、さらに険しさを増していた。緑色に近い青目が、輝くようにぎらついた。
目線を辿る。
「あれが、ケルベロスか?」
「いや……」
確かに、犬のように見えなくも無い。巨大な獣は、全身に炎をまとわりつかせていた。生物であれば、本来ありえない現象だ。
「ケルベロスは3つ首の犬だ。でかいが……火は苦手だ。あれは魔界の生物だ」
「では、門番はどこにいる?」
「ここよ」
巨大な炎の渦を持つ獣の背後から、赤みがかった肌と緑色の髪をした、豊満な女性が姿を現した。なぜ豊満と言い切れるかといえば、半裸に近い恰好をしていたからである。
その女は、片腕でこれも巨大な3つの頭を持つ犬を担ぎ上げていた。
「剛山、鼻血を出すなよ」
「将軍以外の女に、それはない」
「結構だ」
「しかし、ありえない。なぜあの細い腕で、あの獣を持てる?」
「魔族だからだ」
「真面目にウエイトトレーニングしている俺が、バカみたいじゃないか」
剛山は世の中の理不尽を嘆くと、武器を抜かず少しずつにじり寄った。炎の獣が威嚇の唸り声を発し、女がなだめる。
「貴方が『オニオンソルジャー』? 聞いていた姿とは違うようだけど」
「まだ、変身していないからな。だが、それがどうした?」
「私の下僕を殺してくれた、お礼をしたくてね」
剛山を押しのけ、将軍が進み出る。
「そのために、私の部下に魔族虫を植え付けたのか!」
「そうよ。全く、なんの役にも立たなかったみたいだけど」
「許さん!」
ミリエンダが抜刀しながら跳び、その体を、空中で剛山が抱きすくめる。石畳に転がった。二人のいた空間を、熱い炎が薙いだ。
「熱くなるな。敵は一人じゃない」
「ああ。しかし!」
「仲の良いこと。でも、ここで終わるわ。変身なさい。いまの貴方を倒しても、私の怒りは治まらないわ」
「剛山、変身しろ。目にもの見せてやれ」
「しかし、このまま戦いが続くのなら、今変身するのは得策ではない」
変身には、時間制限があるのだ。まるで、そのことを知っているかのように、魔族の女は笑った。
「言っておくけど、私は独断で動いているわ。私の後にはしばらく『貴族』は続かないわよ。安心して変身なさいよ」
担いでいたケルベロスを投げ出した。ケルベロスにいたっては、生死も不明だ。女将軍ミリエンダは、それよりも剛山の顔つきが変わっていることをいぶかしんだ。
「お前、なぜ俺の変身時間に限界があることを知っている。そのことは、ミリエンダにすら話していないんだぞ。それに……『貴族』だと? ミリエンダ、魔族のボスの名前を知っているか?」
「いや。それを知ることができれば、魔法使いにはまたとない朗報だろうがな。名前を知られるのは、魔族には致命的だ」
「セイルタン・マニシオス・ガネイラ・サバボウラ」
「貴様! なぜそれを!」
叫んだのは女の魔族だ。
「剛山、なんだそれは?」
二人の背後から、魔法使いがようやくやってきた。
「ケルベロス! なんてことじゃあ!」
「黙っていろ、いま、大事なところなのだ」
ミリエンダが魔法使いとその弟子を黙らせる。剛山が口を開いた。
「大宇宙を手に入れようと暗躍している、悪の大親分、宇宙大公の名だ。俺たちの世界には、魔法のような便利なものがない。だから、以前宇宙戦隊の本部に名刺が送れらてきたことがある」
「おのれ! ならば、この場で殺してくれる!」
「貴様も貴族だろう。爵位は?」
「私はウニ侯爵。かかれ! 渦巻き男爵!」
炎を巻き上げながら、犬が飛んだ。剛山も跳び退る。ミリエンダを抱えたままだ。
「ミリエンダ、魔法使い、頼む、時間を稼いでくれ。侯爵と男爵のコンビだ。俺が戦ったことの無い強敵だ」
「何分だ」
「3秒!」
「まかせろ!」
ミリエンダが飛び出した。襲い掛かる渦巻き男爵の鼻先に斬りつける。切れ味の凄まじさは、『フクジンブレード』をも凌ぐかもしれない。鼻を割られ、男爵が仰け反る。
「氷の息吹・レベル5」
ミリエンダが伏せ、その頭上を、冷たい風が吹きぬけた。
両者の背後で、それぞれの味方が変形していた。
「染色!」
決まりのポーズを、素晴らしい速さでなぞって行く。まるで踊っているかのような動きの後、剛山の全身が飴色の輝きに覆われた。
「宇宙戦隊カレーソルジャー所属、『オニオンソルジャー』!」
体を起こすミリエンダの頭上を軽々と越え、ポーズを決めながら床に着地した。
一方、赤い肌の女は、より明確な変形をしていた。まず、人の皮が縦に割れ、裏側にひっくりかえる。鋭い棘が全身を覆い、結局、棘だらけになった。
「『道化』どもはいない。一気に片付けるぞ、キャロット、ポ……」
言葉が詰まった。思わずかつての仲間達の名を読んでいた。ほんの数日前までは、肩を並べていたのだ。
ミリエンダが起き上がっていた。体勢を低く構えたままのオニオンソルジャーに、優しく足と肘をかける。
「かつてない強敵だと言ったな」
「ああ。間違いない」
「ならばそれを倒して、お前の昔の仲間と、どらちが頼りになるか比べるがいい。私もお前の全力を見極めさせて貰う」
「その結果、互いに使えん奴だと思ったらどうする?」
「一生に私のペットにしてやる」
「逆の場合は?」
「稽古の量を増やすとしよう」
「フェアじゃないような気がするが」
「そうか?」
「来ますよ!」
ラミリーの声が響く。その声に、しわがれた声が重なる。
「天の捌き。レベル3」
オニオンソルジャーはミリエンダを突き飛ばす。前に飛んだ。正面に、渦巻き男爵が迫った。
「秘技『玉ねぎの皮残し』」
巨大な顎が、輝く体を噛む。歯ごたえのなさに、いぶかしんで表情が変わる。
「剛山!」
ミリエンダが絶叫した。その飴色の輝きを直撃する形で、稲妻が切り裂いた。つまり、オニオンソルジャーを口にしている渦巻き男爵を狙ったのだ。ジブラルドールの放った魔法だ。
「今はオニオンソルジャーと呼べ」
オニオンソルジャーが、玉ねぎの皮のように薄い外皮のみを残し、本体は突き飛ばしたミリエンダの横に移動していた。ミリエンダの腕を取って抱き起こす。
「『ラッキョウブラスター』!」
片腕で放った濁った水のような光線が、男爵を穴だらけにしていく。
「おのれオニオンソルジャー、よくも男爵を!」
ウニ侯爵が跳ねてくる。人間大だが動きが不規則だ。
「ミリエンダ! 奴にとどめを」
「おう!」
言うなり、女将軍はオニオンソルジャーの肩に飛び乗った。オニオンソルジャーが左腕を曲げて頭上に掲げる。オニオンソルジャーの左腕に、ミリエンダは両足を乗せた。オニオンソルジャーが撥ね上げ、ミリエンダが宙を舞った。
「鉄の刃、レベル9」
「成敗!」
二つの声が重なった。渦巻き男爵の体は切断され、同時に首が切り落とされた。
「……あそこまでしなくても」
ラミリーの述懐を、聞き入れる者はいなかった。
※
渦巻男爵を滅ぼしても、なおウニ侯爵の動きは収まらなかった。
「ウニウニ、トゲトゲ!」
どんな意味があるのかは不明だが、叫びながら跳ね回っている。『ラッキョウブラスター』も当たらない。オニオンソルジャーの頭上に降ってきた。
頭上で受け止める。そのまま制止、腕を振る。人間大の巨大ウニを、投げ返した。石畳を蹴立てる。
「『フクジンブレード』!」
雄叫びながら剣を振り回し、幾条もの光線が残像となる。金属的な音を残し、ウニの棘が折れる。
「トゲトゲ!」
体中の棘が、一気に放出された。
「ちっ、秘技『玉ねぎの皮舞』!」
オニオンソルジャーが数体に増えた。ミリエンダ、ジブラルドール、ラミリーの前に立ち塞がり、飛んできた棘を受ける。しかし、オニオンソルジャー本体にまで意識が回らなかった。
「バカな、超鋼アルミのボディーを……」
右の二の腕に、深々と放出されたウニの棘が刺さっていた。
「けけけけけっ。もうっらった、もうらった。オニオンソルジャーの首もうらった」
「誰がやるか!」
「こいつの首は、私のものだ!」
いきなり背後から言われ、オニオンソルジャーは思わず仰け反りそうになった。
「ミリエンダ、もう片付けたのか」
「当然だ。それより、私達を庇おうなどと思うな。あれくらい自分で避けられる」
「私は無理ですよぅ」
「ラミリー、黙っておれ」
口を塞せがれたのが、声でわかった。
「よし。やるぞ」
「わかっている」
「『フクジンブレード』!」
滑るように移動しながら、赤い光線を切り下す。ウニ侯爵の棘を二本破壊し、止まった。放出したはずの棘が、いつの間にか生え揃っていた。
「成敗!」
その棘を、青白く輝くサーベルが安々と切り崩す。
「鉄の柱、レベル8」
ミリエンダがオニオンソルジャーの胸を突き、自らも反対側へ伏せた。その意を受け、オニオンも背後に飛ぶ。天井から、鉄の柱が生えた。あまりに太く、その中央にいたウニ侯爵は避けられなかった。ぐしゃりと潰れる。柱は、そこに生えたままだった。
「この柱はいつ消える?」
「消えん」
「どうやってとどめを刺すんだ」
「その必要はあるまい。いかに魔族でも、この状態で生きていられるはずがあるまい」
老ジブラルドールがよちよちと歩いてくる。
「そうだぞ。オニオンソルジャー、心配性だな」
「あんた達は、宇宙貴族の恐ろしさを知らないから……」
煙が立ち込めた。白く、霞みがかかる。
「変化する! 下がれ!」
オニオンソルジャーが両腕を広げ、二人に背を向ける。そのままで後退した。二人とも従わざる得ない。そして、鉄の柱が弾け飛んだ。
「魔王様、お力を」
肥大化したウニが、どこかに向かって叫んだ。
『超サロンに引きずり込んでくれる』
「な、なんじゃ」
「お、おい、老いぼれ、どういうことだ」
「やはりな」
「オ、オニオンソルジャー、何か知っているのか。説明しろ」
四人を含んだ空間が、黒い渦に飲まれていく。気がつくと、宮殿の広間のような場所にいた。
「凄いな。王宮でもこんな豪華な場所は知らん」
「気をつけろ。この『超サロン』は異空間だ。ここでは、奴等の能力は1.5倍にまで跳ね上がる」
四人が背中を合わせ、周囲を警戒する。ただ、ラミリーだけは毛を逆立てるだけで、戦う準備ではない。
「下じゃ」
突き上げる棘の山に、ミリエンダ、ジブラルドールは機敏に反応した。身動きの取れなかったラミリーを、オニオンソルジャーが抱き上げて跳躍する。
「ここから動くな」
「はい」
オニオンの失敗は、床に降ろす前に言ったことだった。猫娘は、オニオンソルジャーの輝く背にぴったりとしがみついたのである。
「魔法使い、援護を!」
言いながら、滑るように移動する。背に張り付いたラミリーなど、忘れていた。
「火の玉、レベル1」
小さな炎が乱れ飛ぶ。
「術をケチるな!」
ミリエンダの声だった。
「突然言われて、そんな大きな術が使えるか! 援護ならこれで十分じゃ」
オニオンソルジャーは、巨大化したウニの懐に飛び込んだ。棘が太く、長くなった分、実はオニオンソルジャーには見切りやすかった。床を蹴り、棘を蹴り、本体に迫る。中心を見定め、腕のブレスレットを回す。
「これで決める! 最大出力! 『ラッキョウブラスター』!」
野太い光線が貫通した。
「ぎいやぁぁぁぁぁ」
さらに、追い討ちをかける。
「秘技『玉ねぎ汁、乱れ咲き』」
辺りを水滴が舞う。どんなベテラン主婦といえど、涙せずにはいられないほどの威力である。
「ひいぃぃぃ」
ウニが転がりだした。
「魔法使い!」
「うむ。炎の渦、レベル6」
炎が立ち上がり、ウニを巻き込む。ウニが止まった。
「ミリエンダ、とどめだ」
「おう。しかし、私も連れて行け」
「よし」
オニオンソルジャーが担ぎ上げ、床を蹴る。ウニに肉薄し、投げ降ろす。
「このミリエンダ様が相手になってくれる! 成敗!」
「最大出力! 『フクジンブレード』!」
「……しばらくは焼きウニが食えそうじゃ。しかし……魔族に同情したくなるのう」
少し前、弟子が同じ感想を口にしていたことを、老魔法使いは知らなかった。その弟子が、なぜオニオンソルジャーの背中に張り付いているのか、眺めていたジブラルドールは首を捻った。
※
「目が痛いです」
「私もだ」
「『玉ねぎ汁、乱れ咲き』の中に、飛び込んだりするからだ」
ウニ侯爵を倒すと、『超サロン』から自然に元いた場所に戻ってきていた。
「お前が連れて行ったんだろうが」
「そうですよう」
「将軍は確かに俺が連れて行ったんだが、ラミリーはなぜだ?」
「動くなって言ったじゃないですかあ。だから、必死にしがみついていたのにぃ」
目を擦っている。秘技を使った最中にその中心にいたわけで、目に与えられたダメージは相当なものだろう。
「あの場所から動くなと言ったんだ。戦いに行くのに、背負っていくはずがないだろう」
「背負っていることを気付かなかったのか?」
ミリエンダは大分落ち着いたようで、服の埃を気にしている。
「変身すると、様々に能力が上がる。ラミリーぐらいの負荷では、感じなかったらしいな」
「面白かったですけど」
目を擦るのを止めたが、まだ瞑ったままだ。その猫耳を、ミリエンダが摘んだ。
「気に入らん。あれは、私の乗り物だ」
「えへへへっ」
「今度勝手に乗ったら、痛い目にあわせてやるぞ」
「将軍、もういいだろう。敵は倒したんだし」
肩に置いた剛山の手を邪険に払いのける。既に変身も解けている。
「なぜ、『将軍』などと呼ぶ。さっきまで、私のことを名前で呼んでいたではないか」
「……そうだったか?」
「間違いないぞ」
魔法使いは、ぐったりしているケルベロスの容態を診ていた。地獄の番犬とたたえられる三つ首の犬も、生きてはいる。
「そうだったか……済まない、気をつける」
「そうじゃない」
「どういう意味だ?」
「私を呼び捨てにできるのは、女王陛下と、もう一人と決まっている。お前、覚悟はいいのだろうな」
「いや……どういう意味だ?」
ミリエンダが、剛山の前に立つ。両腕を伸ばし、剛山の後頭部に腕をまわした。
「届かん。膝を折れ」
「断る」
剛山は、ミリエンダの細い体を抱き上げた。二人の唇が触れ合い、ラミリーは玉ねぎ汁からようやく回復しつつあった目を、むしろきつく閉ざした。
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