第8話 オニオン抜きのカレー戦隊

 東京都内、後楽園遊園地が占拠されていた。宇宙貴族を追い詰めた結果である。

追い詰めた張本人、宇宙戦隊カレーソルジャー所属のポテトソルジャーとキャロットソルジャーが、黒い全身タイツ姿の戦闘員に囲まれていた。元の名前は、里村宏美と室町賢二である。


 既に変身している、ということは、それほど時間が無いということでもある。


「まずいぞポテトソルジャー、こいつ等、時間稼ぎをするつもりだ」

「私達の変身時間に限りがあることは、ばれているみたいね」

「足長ナイトめ、味なことを」


 ポテトとキャロットの両ソルジャーは、背中あわせに密着したまま、敵と対峙していた。周囲をぐるりと戦闘員達が取り巻いている。貴族に対応して『道化』と呼ばれる連中だ。


「時間がない。私が『道化』を引き受けるわ。キャロットソルジャーはナイトを追って」

「一人で大丈夫か?」

「大丈夫よ、こんな奴等」


「いや……俺が大丈夫かだが……」

「情けないこと言わないでよ。私達、正義の使者カレーソルジャーよ」

「わ、わかったよ」


 ポテトソルジャーが走る。その速さに『道化』たちは反応できない。目の前にいた黒い姿に、ポテトソルジャーが光の剣を抜く。


「『フクジンブレード』!」


 黒タイツの一人が半分になる。左右を挟まれた。

 道化たちの両手に、お手玉がある。ポテトを挟み、お手玉が行き交う。死のジャグリングだ。この間に挟まれると、平衡感覚を侵されるという。


「『ラッキョウブラスター』!」


 よろめきながら、ポテトソルジャーは続けざまに光線銃を放ち、二人を打ち抜いた。三人を倒した後、気がつくと、また『道化』は遠巻きにしている。


「くっ……完全に、舐められているわ」


 背後を見ると、赤く輝くキャロットソルジャーの姿は消えていた。そのことが、唯一の救いだった。


 ※

 

 包囲を脱したキャロットソルジャーだったが、お化け屋敷の入り口付近で、三人の一輪車乗りに囲まれていた。


「お前等、ついてくるなよ」


 言っても返事はない。道化たちは様々な種類がおり、一様に黒ずくめの姿をしているが、一輪車乗りにジャグラー、動物使いとバラエティーに富んでいる。


「『ラッキョウブラスター』!」


 機動性に優れた一輪車乗りたちに、白い光線は簡単に避けられる。


「ははははっ! いい姿だな。宇宙戦隊」

「足長ナイトか!」


 敵は、自動販売機に腰掛けていた。外見は普通の人間だが、足だけが異様に長い。


「いかにも。オニオンがいなくては、所詮有象無象か」

「貴様、どうしてそれを!」


 自動販売機に腰かけていた宇宙貴族が立ち上がる。足だけが異様に長いにしても、バランスが奇妙だ。身長は三メートルを越えるだろう。

 優雅な立ち姿に、キャロットソルジャーがいきり立った。


「オニオンが入なくては有象無象かどうか、俺達全員を倒してから言ってもらおうか!」

「そのつもりだ。その前に、『道化』たちを倒せたらな」


 あまりにも長い足を優雅に操り、足長ナイトがお化け屋敷の入り口を潜った。中に消える。


「くっ……退けよ、お前等」


 道化達は答えず、器用に一輪車を乗り回している。


「やむをえない。秘技『カロチンの舞い』」


 キャロットソルジャーが、ポーズをとったまま、虚ろになる。微動だもしないまま、姿が霞む。

 チャンスだと理解したのか、奇声を発して道化が迫った。一輪車でジャンプし、キャロットの頭部を捉える。


 貫通した。そのまま通過し、アスファルトに着地しそこね、転倒する。『カロチンの舞い』とは、栄養素そのものに体を変化させる技なのである。細かく分裂し、再構成する。風が強いときは、吹き飛ばされて元に戻れなくなるという欠点がある。


「『フクジンブレード!』」


 再構成して小さくなった三人のキャロットソルジャーが、やはり小振りのブレードを同時に振り下ろした。突然の出現に対応できなかった『道化』達は、苦鳴を発して倒れ伏す。


「ふう……一度これやると、戻るのは大変なんだが……」


 もう一度再分化しなくてはならないからだ。小さくなれば、戦闘能力そのものは極端に下がる。どれだけ人数が増えても、あっさり全滅させられかねない。相手の隙を突くときの隠し技だ。


「待っていろよ、足長ナイト。ポテトソルジャー……早く来てくれよ」


 若干心細そうに、キャロットソルジャーは宇宙貴族の消えたお化け屋敷へ潜入した。


 ※


 ポテトソルジャーが叫ぶ。


「秘技『でんぷん地獄』!」


 ポテトソルジャーを中心に、透明の幕が広がった。『でんぷん』は糊にも使われる粘着質の物体である。十数人の『道化』が、ばたばたと倒れる。


 動きを封じるほど強力な粘着力はないが、『芸』の類はバランスが命である。ある者はボールやクラブを地面に落とし、またある者は肩車から落下した。


「『ラッキョウブラスター』!」


 高く跳躍し、空中で反転、『道化』の一人に向かって銃を放った。『でんぷん』は燃える。着火し、広がった。絶命させることは無理でも、動きを止めるには十分だ。


「こちらポテト。キャロットソルジャー、応答して。今からそっちに行くわ。場所はどこ?」


 炎の渦から脱出し、数歩距離を置いたところで、ブレスレッドに話し掛けた。


『助かる。足長ナイトはお化け屋敷に逃げ込んだ。早く来てくれ。俺は、お化けは嫌いなんだ』

「了解」


 通信を切る。情報は正確さを欠いた。足長ナイトは、『逃げ込んだ』わけではないのだ。


「宇宙貴族と戦っている人が、お化けが恐いってどういうことかしら」


 愚痴りながら、ポテトソルジャーは走り出していた。


 ※


「出て来い足長ナイト! 宣言どおり、相手してやるぞ!」


 チケット売り場で一人に戻ったキャロットソルジャーは、柵を飛び越え声高らかに呼ばわった。遊園地そのものが封鎖されているので、客はもちろん、職員さえいない。


『歓迎するぞ! はははははっ!』


 スピーカーから声が流れてきた。放送室かと見渡せば、機械室に『道化』の一人が姿を隠しているのがわかった。つまり、放送設備は囮だ。

 キャロットソルジャーの前に、機械式のトロッコが止まった。歩き回るタイプのお化け屋敷ではない。これに乗って、ただ恐いものを見せられる形式だ。


「誘っているのか。よし……受けて立ってやる」


 ブレスレットが鳴り、ポテトソルジャーから通信が入る。先程の会話があり、切れる。意を決し、キャロットソルジャーはトロッコに乗り込んだ。


 ※


 お化けが恐いとキャロットソルジャーに言ったのは、本当のことだ。


「く、くるなら来い」


 ゆっくりと移動する電動式のトロッコに乗り、いささか震えた声で、全く意味のない虚勢を張り、キャロットソルジャーが自分に言い聞かせた。


「そ、そうだ。目を瞑ってしまえばいい。恐いものなど、締め出してしまおう」


 愚策といわなくてはならないだろう。敵である足長ナイトを追って、お化け屋敷に入ってきたのだから。

 頭を撫でられた。


「ヒャ!」


 伏せる。


『ははははっ、いい恰好だな、ソルジャーよ』

「貴様、足長ナイト!」


 やはり、声だけが響いた。


「ど、どこだ?」

『しばらく、貴様の無様な姿を楽しませてもらわうとしよう。はははははっ』

「くっ」


 トロッコの上に片足を置き、身を乗り出すキャロットだが、頭を撃った。テーマパークの天井は、それほど高くは無い。


「くっ……卑怯な……うわっ!」


 壁に塗り込められた女性の死体の人形に、キャロットソルジャーは思わず下を向き、伏せる。


「ポテトソルジャー、早くなんとかしてくれよ」


 偽らざる、本心だった。


 ※


 お化け屋敷の中では、人を脅かすための、様々な仕掛けが作動していた。演出も抜群である。しかし、キャロットソルジャーは何も見ていなかった。ずっと伏せっていたのである。

 異音が響いた。明らかに、機械たちとは別種の音だ。追いかけてくる。徐々に大きくなる。足音を連想させた。


「わあぁぁぁっ!」


 キャロットソルジャーは耳を抑えて丸くなった。追いかけて来た足音が止まった。止まったのは、足音の正体がトロッコに乗り込んだからだと、用意に想像できた。


「わあぁぁぁ!」

「ちょっと、キャロットソルジャー、なにしているのよ」

「……えっ?」


 横目で見る。茶色く輝く体があった。顔が隠されているので表情はわからないが、呆れているようだ。


「ポ、ポテトソルジャーかい?」

「なんで、正直にこんなのに乗っちゃっているわけ? 罠なのが見え透いているじゃない」

「ど、どうやってここにきた?」

「線路の上を走ってきたのよ」


 追いかける足音の正体だ。脱力するキャロットソルジャーの腰が砕けた。


「……驚かすなよ」

「足長ナイトはどうしたの?」

「いや、解らない。声だけはしたけどな。来る途中で遭遇しなかったか?」

「いいえ。私は見ていないわね。これは……時間稼ぎかもしれないわ」


「まずいな。変身時間も、あまり残っていない」

「ここでは戦いにくいのは、向こうも同じよ。多分、出口辺りで待ち構えている」

「どうする」

「こっちも、この施設を利用させてもらいましょう」


 キャロットソルジャーは、やや不安げにうなずいた。


 ※


 聞き苦しい男の悲鳴と共に、トロッコが出口まで戻ってくる。その声は、スピーカーを通したものではなくなっていた。

 トロッコから降りるのは、人間の室町賢二だ。


「どうだ、楽しめたか?」

「ああ。おかげ様でな」

「減らず口もここまでだ。時間切れのようだな」


 足長ナイトは、出口付近の自動販売機の上に腰掛けている。相変らず、足のみが異様に長い。それ以外は、普通の地球人と変わらない。


「さあ、終わらせてやる」


 長い足を操って、ゆっくりと近づいてくる。


「『ラッキョウブラスター』」


 室町が放つ薄灰色の光線が、蹴り飛ばされた。変身を解除したときは、扱う兵器の威力まで落ちるのだ。

 足長ナイトが駆け出した。室町も立ち向かう。


「『フクジンブレード』」


 長い足に、赤い残像を叩きつける。弾き返され、脇が空いた。その脇腹に、長い向う脛が食い込んだ。


「げふっ」


 転がる。


「とどめだ!」


 飛び上がる足長ナイトの真下には、人間室町が転がっている。その時だった。


「『ラッキョウブラスター』!」


 明るい女性の声が響いた。足長ナイトの胸を貫き、後方へ抜ける。


「き、貴様……」


 バランスを失い、無残に地面に落ちる。体を起こし、室町の、さらに先にいる茶色い影を睨みつける。


「カレーソルジャーは、『悪』をすくって完成よ!」


 もちろん、『悪』と『渥』をかけているのである。


「貴様、なぜまだ変身しているのだ。時間切れではなかったのか……」

「わざと俺が変身を解いたのさ。お前を油断させるためにな」


 顔を起こす室町だが、口からはおびただしい出血をしている。

 茶色い影が、地面を蹴った。速い。室町の動きに慣れていた足長ナイトは、その動きに対応できなかった。


「くっ」


 咄嗟に腕で体を庇い、腹を蹴飛ばされ、地面から浮き上る。


「『フクジンブレード』!」

「ぎゃああぁぁぁぁ……」


 上半身と下半身が分かれた。


『超サロンに引きずり込んでくれる』


 お定まりの文句が、上から降ってくる。


「宇宙大公!」


 ポテトソルジャーは、上空を睨み付けた。しかし、かつてオニオンソルジャーが飛び込んだときとは、様子が違った。


『ちっ、ここまで完璧にやられていては、もはや変化もできん。使えない奴め』


 圧倒的なおぞましい気配が、急速に消えていく。


「待って! 剛山君を返して!」


 ポテトソルジャーの悲痛な叫びもむなしく、掻き曇った空が明るく澄み渡る。時間が来たのか、変身が解け、里村宏美が呆然と立ち尽くしていた。


「剛山君の手がかりは、『超サロン』にしかないっていうのに……」

「気持ちはわかるが、今日のところは無理だよ。あの段階で奴が変化したりしていたら、とても太刀打ちできなかった。変身時間もないし、俺は戦力にならないしな」


「そうね……あっ、忘れていた。大丈夫なの、室町君は」

「俺はおまけか」

「皮肉を言う元気があれば大丈夫ね。全く、戦闘の度に怪我するの止めてよね。ただでさえ、オニオンがいないっていうときに」


「俺に冷たすぎないか?」

「こちら里村、本部、応答願います。宇宙貴族『足長ナイト』は無事退治しました。室町が負傷しましたが、いつもの通りです」


 里村はブレスレットに話し掛け、さっさときびすを返した。


「こりゃ、あばらがいっているな」

「足は動くでしょ」

「一応怪我人だし……」

「優しくして、勘違いされるのは困るのよね」


 本当に帰ってしまった。


「剛山がいるときは気付かなかったが、ああいう女なのか……」


 結局、室町は自分で救急車を呼んだのである。


 ※


 東京都庁内にある、宇宙戦隊カレーソルジャー支部で、里村宏美は世界地図を眺めていた。壁にモニター表示してあるものだ。

 現在のところ、宇宙貴族は日本にしか現れていないが、いずれ国境を越えて戦うときが来るかもしれない。


 しかし、里村の思いは別だった。


「このどこかにいるのかしら。剛山君」


 まさか、世界中のどこにもない『魔法の国』にいるとは思っていなかったのだ。


「ひょっとして、俺達が迎えに行くのを、待っているかもしれないぞ」


 背後のベッドで、包帯姿の室町が声をかける。


「そうね……本当にそう。だったら……早く助けてあげなきゃ」

「ああ。俺もすぐに直す」

「そうね。全く、救急車で運ばれるほどの重傷なら、初めからそう言いなさいよ」

「言う暇は、なかったと思うんだが」


 さらに里村が言葉を重ねようとしたとき、支部の扉がノックされた。


「どうぞ」


 扉が開く。立っていたのは、小柄な若者だった。里村と大して背が変わらない。しかも、痩せている。


「君は?」

「仁藤篤といいます。この度『ビーフソルジャー』として任命されました」


 鋭い敬礼をしてみせる。


「ああ。そうか。よろしく」


 室町は穏やかに言ったが、里村の声は非常に低かった。


「オニオンソルジャーの後任ってこと?」

「はい。そうなります」

「本部は、剛山君を見捨てたっていうの!」


 絶叫に近い。ベッドで寝ていた室町が、驚いて飛び上がるほどだ。


「落ち着けよ。まだ、そうと決まったわけじゃない。宇宙貴族の中でも最下級の『ナイト』にあれだけてこずったんだ。ただの増員だよ」

「はい。僕もそう聞いています」

「……そう」


 急に、里村の声が落ちた。全身から力が抜けた。椅子に座り込む。


「本部から来たの?」

「はい」

「向こうの動きはどう? 『超サロン』から消えた剛山君の消息、何か掴んでいるの?」


「いいえ。ただ、本部もオニオンソルジャーの力は買っています。諦めてはいないようです」

「当然よ。たった一人で『大顎男爵』を追い詰めたような人だもの」

「……凄いですね」


 宇宙貴族とはいっても、『男爵』以上の階級の者は、ほとんど現れていない。『大顎男爵』が最初だったのだ。爵位が上がるほど力は強くなると言われている。仁藤青年が息を飲んだもの、当然である。


「わかった。とりあえず頑張りましょう。よろしくね」


 ポテト、キャロット、ビーフの戦士達は、固く手を握り合った。

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