第7話 魔物襲来
ミリエンダ将軍は、夜に散歩する習慣でもあるのだろう。
剛山を再び縛り上げると、そののちの処置は兵士に預け、自らは寝直すと言って姿を消した。これから牢に戻すためか、手首に綱をつけられただけで、手足の動きは制限されていない。
逃げようと思えば逃げられたが、この国での立場をこれ以上悪くすることはないと剛山は判断した。いつまでこの国にいなければならないのか解らないのだ。
剛山を任された兵士は、囚人用の拘禁服を剛山に着せようとした。両腕が縫い合わされ、手の自由が利かなくなる服である。
理由はわからなかったが、もはや危険はあるまいと、剛山は渡された拘禁服を頭から被った。
「これから、牢に戻るだけだろう? こんな時間に、まさか拷問されるってことはないだろうな」
「聞かされていない。余計な口を叩くな」
「ふん」
感じの悪い奴だ。そう思いながら、剛山は従った。本当に拷問部屋に着いたら、逃げ出せばいい。男の身のこなしから、戦えば勝てるだろうと踏んでいた。たとえ、手が塞がっていようとも、いくらでも対処はできる自信があった。
細い通路から階段を上がる。元々尋問を受けていた部屋も、閉じ込められていた部屋も通り過ぎ、延々と上り続けた。
結局、ほぼ塔の最上階と思われる高さまで達した。
「入れ」
ここまで兵士は口を開かず、ようやく発した言葉は一言だった。無口な男らしい。囚人相手に、お喋りすることもないだろうが。
従うと、扉が閉められた。鍵をかけた音がしない。不思議に思いつつ、入れられた部屋を眺める。
完全な暗闇で、何も見えない。明り取りの窓さえないのだ。そこに、小さな火が灯った。ロウソクのような小さな灯火だが、完全な闇の中では眩しいほど輝いて見えた。
「ミリエンダめ、手間をかけさせおって」
声の主は、寝台に腰掛けていた。若くはないが、長い肢体をした、美しい女性だった。
「見たことがあるな」
「そうであろう。わらわを忘れられるはずがないでの」
「あの時……俺を枕と呼んだ人だな?」
「うむ」
「俺に、何か用か?」
「いいや。この部屋は、王族を監禁するための部屋じゃ」
「現役の女王が、監禁されているというのか?」
「おもしろい冗談じゃ。外部の目に晒されんよう、一切外からは見ることができんし、鍵は内側からしかかけられん。逃げ出せば、道は一本しかないからすぐに見つかるが、逃げようとしない限り、誰の目にも触れん」
「……つまり、誰も来ない?」
「察しがいいではないか」
言いながら、女王は肩紐を外した。布がぱらりと肌け、乳房に引っかかって止まる。
「……察したつもりはなかったが」
「なにをごちゃごちゃと言っておる。この続きは、そなたがせい」
女王は動かない。ただ、指で招いた。剛山は、しばらく困った顔をしていたが、やはり男だった。数歩前に出る。しかし、その足が止まった。
「どうした? 恥ずかしいのか? じゃが、そんな態度がとれるのも、今の内だけじゃ」
女王は言うと、薄いスカートの中から、ごつい金属のブレスレッドを取り出した。
「なっ!」
「大事な道具なのじゃろう?」
「返せ。それは、俺のものだ」
「余の国が没収したのじゃ。国の財産は、余の財産じゃ」
「どこのガキ大将だ」
「返してほしかろう? ならば……言う通りにするじゃな。悪い気はせんじゃろう? もし、嫌々だと抜かしおったら……一生後悔させてやろうとも」
剛山は観念した。何を求められているのかはさすがに理解していた。
二人の顔が近づく。
触れ合う寸前、剛山は女王の顔面を鷲掴みにしていた。
「なんじゃ? これがお前の国のやり方か?」
「いや……外から音がする」
剛山の耳は、外の物音を捉えていた。
「ミリエンダかもしれんな。ああ見えて、なかなか勘はいいでな。鍵をかけたか?」
解いた肩紐を抑えながら立ち上がる。ドアに向かおうとした女王を、剛山が顎の動きで制した。拘禁服を脱ぎ捨てる。
「あっちには、何がある?」
「外じゃ。何も無い。あるとすれば、月か星ぐらいじゃ」
「ミリエンダから聞いたが、敵対している者がいるそうだな」
「うむ。まあ、王国に敵はつきものじゃ」
「その敵という奴等は、空を飛ぶのか?」
「飛ぶ奴等もおろうな」
「狙いは?」
「我が『魔法の国』そのものじゃ」
「では、陛下が狙われていることもあるわけだ」
「うむ。わらわを人質にとれば、人民の全てが命を投げ出すであろう」
女王がそこまで国民に慕われているかどうかは別として、影響は大きいだろう。
壁を打つ音が、段々大きくなってくる。
「なぜ、女王のいる場所がわかったんだ?」
首を傾げながら、剛山は女の手を取った。手を引き、扉の近くに寄せる。眉を寄せ、顔を近づけた。
「なかなか大胆じゃな。しかし、今はそれどころではあるまい」
「この匂い、香水か?」
「うむ。どこからか大量に送られたのでな。仕方なく使っておる。なかなか、よい香りじゃろ?」
「他に、これをつけているのは?」
「つけているかどうか知らんが、何人かにはくれてやった。そういえば、余の親しい人間ばかり襲われたようじゃな」
「その香水が原因のようだ。随分、独特の匂いがする」
「うーむ……まだ在庫はたくさんあるのじゃが」
「ミリエンダにくれてやったらどうだ?」
「あれが、香水などつけるものか。無粋な奴じゃからな」
「彼女以上の囮はいないだろう」
「……うむ。それもそうじゃな」
壁が破られた。槍の先端が覗く。引っ込んだ。次に壁を壊しながら部屋に突っ込んできたのは、長いくちばしをもった皺だらけの顔だった。
「人間ではないのか」
「人間が空を飛ぶ道理はなかろう。有翼人の一種じゃな」
「では、遠慮はいらないな」
「もちろんじゃ。目にものみせて……くれるのじゃろうな。余を守れるのじゃな?」
「そのつもりだ。だから、少し離れていろ」
「う、うむ」
皺だらけの顔が引っ込んだ。体まで入れるように、穴を広げるのだろう。女王が壁から離れる位置に下がる。剛山が、床に転がっていたブレスレッドを身につける。
剛山の声が響いた。
「染色!」
右拳と左手が打ち合わされ、重心が右に寄る。約三秒の舞の後、異空間をも突破して、ソルジャースーツが転送される。
「オニオンソルジャー!」
とりあえず、名乗る。
「陛下はここに」
「うむ。まぶしいのう」
輝く飴色の体を操り、侵入してきた一体に迫る。
「『フクジン……』ちっ」
没収されていた。変身した剛山が舌打ちをしている間に、有翼人が侵入した。槍が迫る。
オニオンソルジャーの胸を突き、硬い音を立てた。腕の一閃でへし折る。体を旋回し、裏拳を叩きつける。吹き飛んだ。とどめに踏みつける。
二体目の侵入を許さず、自ら穴に飛び込んだ。
塔の上に出る。優雅に飛び回る六体の影が目に入る。
「貴様等が悪だとは言わないが、とりあえず人間を守る! この『オニオンソルジャー』が相手になる」
ポーズを決める。
6体のうちの3体が目の前に迫った。
「『ラッキョウブ……』ちっ」
トンボを切ってかわし、その足で屋根を蹴りつけた。前方に移動する。一気に距離を詰め、飛んだ。右足で一体、左で一体、右の足を横に動かし、もう一体を仕留める。絶命までは確認できないが、3体とも殺虫剤をかけられた虫のように落下していく。
残りの3体がオニオンソルジャーに迫り、空中で落下しながらオニオンソルジャーは身構える。激突する寸前で、有翼人が離脱した。
「なに?」
その背後から、影が落ちた。月が隠れ、星が消される。巨大な影は、翼を持った爬虫類だった。
「魔界の王に挑む愚か者よ。このエラリオンの餌となるがいい」
爬虫類の声ではなさそうだ。背に人影が見える。跳躍しようと足を折り、オニオンソルジャーは、まだ生き残りの有翼人がいることを思い出した。女王陛下を残していくわけにはいかなかった。
穴に戻る。
「貴様、剛山か!」
騒ぎを聞きつけたのだろう、銀髪をなびかせた女将軍が、女王を守る形で抜剣していた。先ほどまで寝間着を着ていたにしては、完全装備を整えている。
「羽が生えた奴が、3匹残っている。ここは頼むぞ」
「お前はどうする?」
「でかい奴を仕留める」
「なに! それは私がやる。お前こそ、ここに残れ!」
「いや、こういうものは早い者勝ちだ」
「私は将軍だぞ!」
「俺は、ソルジャーだ」
「なら、私の方が階級は上ではないか」
オニオンソルジャーは、ミリエンダ将軍の言葉を最後まで聞かなかった。穴から飛び出し、天井に戻る。
目の前に、巨大な爬虫類の顔があった。口の中に飛び込んだのだ。噛まれる。
「秘技『玉ねぎの皮向け』」
オニオンの苦さに、爬虫類が苦悶の表情を作る。即座に横に飛んだオニオンソルジャーは、軽く跳躍して、巨大トカゲの背に乗る人影に迫った。
「ちっ」
黒い、というより、黒ずんだ鎧を身にまとっていた。人影ではあるが、人の雰囲気はない。剣を抜き、オニオンソルジャーに切りかかる。腕で受けた。金属音が響くが、超剛アルミは凹みさえしない。
腕を一振りし、黒い兜をつかむ。
「この程度で、オニオンソルジャーに勝てるつもりか」
「『オニオンソルジャー』だと。その名前、覚えておくぞ」
「無駄だ。お前は、ここで死ぬ」
そのまま、頭部を握りつぶした。
「俺は死なん」
確かに口は残っている。しかし、脳が潰れているはずだ。オニオンソルジャーも、急いで手を引っ込めた。まるで、汚いものにでも触れたかのように感じたのだ。
「貴様、本体は別にいるのか」
「そうだ。その顔と名前、確かに覚えたぞ」
しかし、撤退はしなかった。さらに剣を振り、オニオンソルジャーの飴色の脇腹に当たる。跳ね返した。オニオンソルジャーはその腕をつかみ、握りつぶした。そのまま、巨大トカゲの背中から突き落とした。
黒い影が乗っていた爬虫類は、飛び続けていた。背中の攻防を知ってか知らずか、巨大なトカゲは喚きたてながら高く舞い上がった。
「『炎の玉レベル5』!」
しわがれた声と共に、火の玉が飛来した。爆発音とともに、周囲の空気が灼熱の海と化す。
「魔法使いの仕業か?」
少なくとも、黒い剣士の技ではないだろう。丁度、炎に巻かれる形で落下していったからだ。オニオンソルジャーも炎に巻かれている。それを乗せた爬虫類は、苦悶にのたうちつつも飛行を続けていた。その頭部を蹴りつけると、気絶でもしたのか、あるいは絶命か、垂直に落下し始めた。
塔の頂上が見えた辺りで、オニオンソルジャーは巨大トビトカゲの背を蹴って宙に舞う。爬虫類はどこまでも落ちてゆき、音から察するに、地面に激突したらしい。
オニオンソルジャーも天井を突き破った。人型の穴を開け、床に着地する。
「派手な男よ」
「剛山、敵は?」
「でかいのは倒した。それより、この姿の時はオニオンソルジャーと呼べ」
「呼び名など」
「こだわりがあるのじゃろう」
女王に対してオニオンソルジャーがうなずくと、ミリエンダは少々不快な顔をした。
「羽が生えた奴等はどうした?」
「残りの数は知らん。3体は斬り捨てたが、それからは見ていない」
オニオンソルジャーの問いに、ミリエンダはすぐに答えた。オニオンソルジャーが頷く。
「なら、それで全部だな。あの魔法使いはどこにいる? どこからか、魔法を使ったはずだが」
「こっちじゃ」
オニオンソルジャーが降りた穴から、老魔法使いが絨毯に乗ってふわりと降りてきた。その腰には、弟子の猫娘がしがみついている。
「あれが、あんた達が戦っているものか?」
「うむ。今までは、これほど大胆に襲ってきたりはしなかったのじゃがな……ところで陛下、こんなところでなにをしておられるのです」
「余は、つまりじゃな……無理やり連れ込まれて……」
言い終わらないうちに、ミリエンダは剣の切っ先をオニオンソルジャーに向けた。
「他には敵はいないのか?」
「まあ、大丈夫じゃろうよ」
オニオンソルジャーは女王の言うことを聞いていなかったため、気付かずにジブラルドールと話していた。
「私を無視するな!」
「んっ、どうした? 俺が、なにかしたか?」
変身が解かれる。元通り、皮のジャンバーを引っ掛けた剛山が現れる。
「何度見ても、不思議じゃ」
「そうですねえ」
「老いぼれと獣は黙っていろ」
「ひどいですよぅ」
「陛下は、お前にこの部屋に連れ込まれたとおっしゃったのだぞ」
誰もが恐れるミリエンダに剣を突きつけられながら、剛山は平然としていた。命をかけたやりとりには慣れているのだ。
「そんなことができるかどうか、考えればわかるだろう。陛下、悪質な冗談はやめてください」
「すまん」
あっさり謝ったので、ミリエンダの立場がなくなった。
「では、どうしてこんなところへ?」
「余は、自分の枕を取りに来ただけじゃ」
「この男は、囚人なのですよ」
「わ、わかっておる」
「まあ、待たれよ将軍」
「老いぼれは黙っていろと言ったはずだぞ」
「この男を部下に欲しいと言ったのは将軍じゃろう」
「こんなハレンチな男に、いまさら興味はない」
ミリエンダははっきりと言ったが、ジラルドールの考えは全く違ったようだ。
「今晩の騒ぎでわかった。この男は敵ではなさそうじゃ。昼間の特赦、残念ながら撤回されたが、陛下、もう一度公布して下されんか。この男、我等の力となりましょう」
「待て、この男は、女王陛下を誑かしたのだぞ」
ミリエンダに向かい、剛山は手で制する。
「だから、それは誤解だと言っているだろう。で、陛下はどうなんだ? 俺を自由にしてくれるのか?」
「自由に、か……ミリエンダ、そなたの部下にするのか?」
「はい!」
態度が一変している。色々と、ミリエンダの中では葛藤があるらしい。
「ふうむ。自由というのとは少し違うが、囚人の身分より解放してやろう。どちらが良いかはそなたが選ぶがよい」
「選ぶ、とは?」
「このミリエンダの部下となり、死ぬまでこき使われ、先程のような化物と毎日戦うか、あるいは余の枕となって、安らかな日々を過ごすかじゃ」
「陛下、その言い方では、あまりに不公平な」
老ジブラルドールを止めたのは、ミリエンダだった。
「ここで陛下の色香に迷うよう男なら、用は無い」
「ふむ。お前さんはいいのじゃな」
「無論だ」
腕組みを解き、剛山が顔を上げる。
「両方とも嫌だと言ったら?」
「明日じゃ。縛り首じゃ」
「他に選択肢はないのか?」
「ない」
「究極の選択じゃな」
「何を言うか魔法使い。こんな容易い二択はなかろう。余の枕となるのを拒む男など、この世にいるものか」
最後の会話は小声だったので、剛山には届いていなかった。腕を組みなおし、視線を床に彷徨わせる。やがて、口を開いた。
「俺は、戦うために生まれたと思っている。安らかな日々など願い下げだ」
女王は明らかに落胆の意を顔であらわし、ミリエンダは力強くうなずいた。
「よし、今日は歓迎会をやろう。老いぼれ、お前も顔を貸せ」
将軍は、上機嫌で剛山の肩を抱く。
「おい、壊れた塔と死骸の片付けは……」
「明日でもよかろう。それとも、弟子がやるか?」
一同の視線が、一斉にラミリーに集まる。
「嫌ですよう。明日、一緒にやりましょうよう」
「そのつもりだ。お前も来い」
「ニャー」
歓声である。一人、女王だけが不機嫌だった。
「やれやれ。美しいだけの枕には、もう飽きたのじゃがなぁ」
「では、お一人で休まれよ」
「ちっ、せんないことじゃ」
愚痴をこぼす女王を一人残すわけにはいかず、寝室に送り届けた。道中、ミリエンダが剛山に囁いた。
「私を選んだのはよいが、なにを迷っていたのだ。戦いたいのなら、すぐに私のところに飛び込んでくればいいものを」
肩を組んで、といいたいところだが、身長が違うため、剛山は大分腰を折って歩いていた。
「いや、戦うのはいいんだが、それ以外の部分が気になってね」
「なんだ?」
「『死ぬまでこき使われ』という部分じゃろう?」
後方から、戦士たちに比べたらよたよたと歩きながら、老ジブラルドールが声をかけた。
「うむ。どれだけ人使いが荒いのか、知らないからな」
「なんだ。そんなことなら気にするな。別にお前を奴隷にするつもりはない。好きにしてよい」
「そうか、なら、この体勢はちょっと苦しいので、外していいか?」
「駄目だ」
「ならば仕方がないな」
剛山は、軽々とミリエンダ将軍を担ぎ上げた。肩に引っ掛け、まるでミリエンダの体重を感じていないかのように、普通に歩き続けている。
「おお。よい乗り物じゃな。余も乗せてたもれ」
「残念ながら、定員は一名でござる」
揺られながら、将軍が微笑んだ。
「けちじゃのう」
その様を眺めながら、ジブラルドールは弟子のラミリーに問うた。
「のう、不肖の弟子よ。お前、あの男をどう思う?」
「いちいち『不肖の』ってつけるの、やめて下さいよぅ。そうですねぇ……恰好いいんじゃいですか?」
「ううむ。やはりそう思うか……少しばかり、厄介な客人を招いてしまったかもしれんのう」
ラミリーは、不思議そうな面持ちで師匠を見上げていた。
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