第6話 深夜の襲撃

 『〇八八』と書かれた独房で、剛山豪はのんびりとしていた。

 厳重に鍵がかけられているので、拘禁服は脱ぎ捨ててある。

 横になるだけのスペースしかない最悪の居住空間だが、普段の訓練と戦いのみの日常から、久しぶりの休暇を味わっているような心境だった。


「なんだか、また戦いに巻き込まれそうな気がするが、このまま囚人として暮らすよりはましだろうな」


 小さな明り取りの窓から覗く煌々と輝く月を眺めながら、そんなことを呟いていた。

 コツコツと、固い足音が響く。兵士のものだろう。


 すでに深夜である。ただの見回りだろうか。

 あるいは、見回りではないのかもしれない。他にも囚人は多い。剛山に用があるとは限らない。しかし、足音は目の前で止まった。鍵が回る。


「出ろ」


 昼間の尋問官とは違う兵士だった。面貌で顔を覆っているので、表情は読めない。剛山は、当然のことを尋ねた。


「どこへ行く?」

「房の移動だ。それ以上は、言う必要はない」

「そうかい」


 答えたものの、これが軍として、王国としてのまともな対応だとは思えない。従えば、殺されるのだろう。剛山のことを邪魔だと感じた何者かの刺客だろうと感じた。

 拘禁服が渡される。


 押し付けられた拘禁服を取らず、剛山は拘禁服を持っていた兵士の腕を掴んだ。


「き、貴様!」


 兵士の腕を逆さにとり、関節を固めてひざまずかせた。

 剛山は背後に回り、兵士の背を踏みつける。


「こんな時間に、外に連れ出して何をするつもりだ?」

「し、死罪になるぞ」

「ならないね。むしろ、不法拘留だ。俺の罪には恩赦が降りている。それを反故にして閉じ込めていたのはお前らの上官だろう。女王の命令で自由になったはずの俺を閉じ込めて置いて、拘禁服を着させてなにをするつもりだ?」


「お、お前を連れ出すのは、女王陛下の命だ」

「なに?」


 この国の女王は、剛山を外に出そうとしているようだ。直接見聞きしたわけではないので信用できるものでもないが、恩赦を与えて罪を許したのは女王だし、外に連れ出そうとしているのも女王なのであれば、矛盾はないとも考えられる。


「どうして、こんな服を着させる?」

「と、途中で近衛兵に会っても、疑われないためだ。ミリエンダ将軍には秘密にせよと言われている」


「あの女か……どうして反対するんだ?」

「し、知るか。将軍の考えは、誰にもわからん」


 ミリエンダ将軍は、よほどの智謀の主なのか、あるいは厄介者と思われているのかのどちらかだ。たぶん後者だろうと思いながら、剛山は兵士を解放する。


「話は分かったが信用はできない。拘禁服を着て、予想外の相手に襲われたら死ぬかもしれないからな」


 言ってから、剛山は立ち上がった兵士の後頭部に肘を入れた。

 声も無く兵士が倒れる。

 昏倒した兵士の腕に拘禁服を巻きつけて拘束し、腰にさした剣を奪った。


 このまま大人しくしていたほうが生き延びる可能性が高いような気もしたが、剛山を狙って動き出した者が出たということは問題だ。

 見知らぬ土地で生活するつもりはない。宇宙には、剛山の助けを求めている人たちが大勢いるのだ。


 漏れ入る月や星の明かりだけで周囲の様子がわかることに、剛山は感動を覚えながら細い階段を下る。それだけ、空気がきれいなのだろう。はるか遠くで瞬く星々の光が十分に地上に届くほど、大気中に不純物が少ないのだ。


 塔を上ったほうが安全だとわかっていても、剛山はあえて下りた。

 監禁された時、ここが塔の内部だとわかっていた。

 空に突き出すような細く高い塔であり、上にいけば逃げ道がない代わりに、脱走がばれるまではだれも探しにはこないだろう。ただ、いずれ必ず発見され、摑まる。


 罪もなく捕まっていた今までとは違う。今度見つかれば、罪人として扱われても文句はいえない。

 誰かが殺そうとしたから逃げたのだと主張してみたところで、信用されるとは思えない。

 立ちふさがる者がいれば、踏み倒していくつもりで、剛山は階段を駆け下りたのである。


 塔の階段を降り、地上近くだと感じ出したとき、ひょろりと長い人影が立ちふさがった。


「……誰だ?」


 おそらく、剛山の知り合いはいない。剛山が、宇宙大公の創造する異次元に飛び込んだあげく、一体どこに飛び出したのかはわからない。

 まるで異世界だ。魔法という技術で、科学では説明できない事象を実現するのを、ジブラルドールと名乗る年寄りから見せられていた。


 異世界に飛ばされていたとしても不思議ではない。異世界が存在したことが驚きだが、存在しているのなら、来てしまうこともあるだろう。問題は、戻る方法があるかどうかだ。


 宇宙大公が意図的に剛山を異世界に飛ばしたのなら、剛山が目障りになってきたということだ。

 剛山がいなくなった世界で、宇宙大公がどんな悪事に手を出しているのか知れたものではない。一刻も早く戻られなけばならないと、剛山は焦っていた。


 その矢先に、人間の姿をした、人間ではない者が立ちふさがったのだ。警戒して当然である。


「あるお方から遣わされた」

「……この国は、魔物も使役しているのか?」


 目の前の人影は、人間によく似ていた。頭部と手足がある。二足歩行の生物なら、通常そうなるだろうというシルエットだ。


「この国に仕えているのではない。もっと、もっと、高次のお方だ」

「その名は?」

「口には出せない。口に出すことすら、不敬となるほどのお方だ」


「……なるほど。で、どこに行く? 俺に用があるのか?」

「お前などに用はない。この塔の最上階にいる、女王に用がある」


 剛山は上を見た。天井があるだけだ。天井のさらに上を見通せるわけではない。ただ、最上階に女王がいると言われて見上げてしまったのだ。剛山を連れ出した兵士は、女王の命令だと言っていた。嘘ではなかったのかもしれない。


「……この塔は、罪人を閉じ込めるためのものだろう。どうして、この塔に女王がいる?」

「理由など知らん。ただ、女王が守りの薄い場所にいるのは好機だ。これを逃す手はない」

「……あの女王、そんなに価値があるのか?」


 昼間、剛山のことを『枕』と呼んだ女の顔が脳裏にちらつく。美人ではあるが、淫乱なおばさんという認識しかなかった。


 剛山が本来いる世界に、女王というものがほとんどいなかったため、王族に対する敬意などは薄かった。むしろ、宇宙大公が地球を滅ぼそうとしているという認識でいるため、王や貴族の称号を持つ者には不快な印象しか持ち合わせていない。


「お前は知らなくていいことだ。退け」


 人影は前に出た。月の明かりに照らされ、はっきりと、人間ではないことが確認できた。

 ぬらりとした頭部には口しかなく、口の中にびっしりと牙が並んでいる。目も耳も無いのに、どうやって会話していたのかが不思議なほどだ。


 見れば、手足の長さも普通の人間とは違う。明らかに、長すぎる。加えて、細い。いざ戦いになれば、あの長い手足を鞭のように使うのだろうと、ほぼ職業病で剛山は考えてしまう。


「女王を殺すのか?」

「お前に言う必要はない」

「言った方がいい。もし違うのなら通してやらないでもない」

「違わなければ?」

「女王に恩も義理もないが、殺されるとわかっていて見殺しにはできない」


 実際には剛山には恩赦が降りているはずだが、まだ解放されていないし、そもそも捕まった理由に納得がいかないので、女王に対する恩としては感じていないのだ。


「人間風情が、我に勝てるつもりか?」

「つまりは、イエスだな」


 剛山は、目の前にあった魔物の頭部を問答無用で殴りつけた。

 横殴りにして、そのまま拳を壁に打ち付ける。剛山の筋力があって初めて可能な技で、一歩間違えれば壁を殴りつけて拳を痛める危険な技だ。


 剛山の拳と壁に頭部を挟まれて、人間ではないだろう存在は、ばたばたと手足を暴れさせた。

 破壊力のある攻撃ではなかったため、そのまま剛山は押さえつけた。


 膝を上げ、腹部を狙う。人間ならば内臓があるはずの場所だが、人間ではない相手に効果があるのかはわからない。

 だが、剛山の膝が入る前にその者は剛山の戒めから脱出していた。


 頭部を抑えられていたはずなのに、ずるりと抜けた。脱出する手ごたえはなかったのだ。まるで、頭部が凹んで粘体に変化したようだった。

 押さえていた腕の手ごたえの変化を感じた瞬間、剛山は体勢を入れ替えて足を蹴り上げていた。


 人影の胸部を剛山の足が叩き、退ける。

 大男も蹴り飛ばす自身があったが、その者は僅かに後退しただけで踏みとどまった。


「名を聞こう」

「お前が先だ」


 目が無い顔とにらみ合うという奇妙な時間が流れた。にらみ合い、その者が口を開く。


「我はヌメヌメナイト」

「ナイト……まるで、宇宙大公の配下みたいな名前だな」

「貴様、なぜそのお方の名を知っている!」


 宇宙大公は、剛山がもともと戦っていた親玉だ。この世界でも、関係があるというのか。

 後方に飛ぶ。

 距離を取った。


「俺は剛山豪、宇宙大公を倒す男だ」

「……愚かな」


 ヌメヌメナイトの体が熱を帯びたように、周囲の空気が揺らいだ。

 怒っているのだ。


「染色!」


 剛山は変身ポーズをとった。素早く、複雑な動作を繰り返す。


「何の冗談だ?」


 姿は変わらない。宇宙戦隊カレーソルジャー専用、変身ブレスレッドは没収されている。


「ちっ。変身しなくとも、ナイトクラスなら倒せる! ラッキョウブラスター!」


 腰に伸ばしたてはするりと抜ける。何も下げていない。剛山の叫びがむなしく木霊する。


「もういい。死ね」


 ヌメヌメナイトは手を壁についた。あろうことか、壁についた手が壁を駆け昇り。剛山に向かって突進してくる。

 その奇妙な動きは、剛山にナメクジを連想させた。

 なるほど、ヌメヌメナイトだ。


 剛山に達する前に、剛山は再び拳を叩きつけた。ヌメヌメナイトの頭部を捕え、壁に叩きつける。

 さっきは動きを止めようとした。今度は、殺すつもりだ。


 思い切り叩きつけた剛山の手の下から、ぬめぬめした体がぬるりと抜け出した。

 再び立ち上がる。口を開き、ナメクジにはない無数の牙をむき出しにした。

 ヌメヌメナイトの口の中にあえて拳を突っ込み、床にたたきつける。

 足元が滑った。ヌメヌメナイトの粘液攻撃だ。


「地獄の果てまで落としてくれる」

「落ちるのは、階段だけだ!」


 剛山は自分で言った通り、ヌメヌメナイトの粘液で足元を滑らせて、階段をつるつると転がった。

 悪かったのは、塔の階段は緩やかにカーブしており、いつまでたっても踊り場も直角のまかり角もなく、ぬめぬめと滑り落ち続けた。


 ようやく止まった時、剛山は乾いた地面の上にいた。


「お前、どうしてこんなところにいる?」


 剛山が地面に頭から滑り落ち、顔を上げた時、寝間着姿のミリエンダが驚きの声を上げた。


「ちょうどいい。塩を持ってきてくれ」

「むっ! この私に向かって、ちょうどいいとはいい度胸だ。塩などなんに使う? 料理をしている立場だとでも思っているのか?」


 剛山は、組み伏せ殴りつけていたヌメヌメナイトを掴み、顔にあたる部分を持ち上げた。


「巨大ナメクジだ」

「ひっ……なんでそんなものが……いや、いい。そのまま逃がすなよ。もし逃がしたら、一生牢獄にぶちこんでやる」

「分かっている。速くしろ!」

「この私に、命令するな!」


 ミリエンダは、怒号を発しながら走り去っていった。


「こ、この私が……塩など恐れるものか」

「ああ。だが、小さくはなるだろう」

「そ、そんなことで……」

「どうした? 声が震えているぞ」

「……くっ」


 ミリエンダが戻って来た。大きな麻袋を抱えている。


「持ってきた!」

「そのまま、こいつにかけてくれ」

「お前にもかかる」

「気にするな!」

「分かった!」


 ミリエンダが抱えていた麻袋の中をぶちまける。

 白い粉が剛山に降り注ぐ。組み敷いていたヌメヌメナイトの絶叫が上がる。

 剛山は、みるみる縮んでいくヌメヌメナイトを、逃がさないように抑え続けた。塩に水分を奪われ、細長い蛭のようになるまで時間はかからなかった。

 縮んだヌメヌメナイトを掴みあげ、剛山は自分の体にかかった白い粉を払い落す。


「……助かった」

「うむ」


 ミリエンダが麻袋を差し出す。その中に、剛山は縮んだヌメヌメナイトを放り込んだ。


「このままでも何もできないと思うが、速めに燃やすなりしたほうがいい」

「……わかった」


 言いながら、ミリエンダは背後で控えていた兵士に麻袋を渡した。

 ミリエンダの手が、剛山の腕に載せられる。


「……どうした?」

「脱走の現行犯で再逮捕する」

「……まあ、そうなるだろうな」


 この国の立場からはそうなるだろう。剛山は諦めて、ミリエンダに縛り上げられた。

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