第5話 魔法の国の捕らわれ人

 近衛兵士長であり、将軍位でもあるミリエンダは、扉に寄りかかって中の会話を聞いていた。

 耳を澄ませる必要もない。よほどの大声なのか、中の声は筒抜けだ。


「だから、何度言ったらわかるんだ! 俺の名は剛山豪、宇宙戦隊カレーソルジャー所属、オニオンソルジャーだ!」


 魔法の国の王宮で、一際高く、寂れた塔の一室に、珍しい客がいた。

 精悍な顔つき、逞しく、鍛え抜かれた体、長い手足、それを包んでいたのは、拘禁服だ。


 拘禁服とは、身動きできないように特別に作られた服で、麻袋を被せられ、顔だけ出しているといった感じに近い。腕を通す袖はついているが、右腕と左腕が袖口で合流しているため、腕は上下させる以上のことはできない。


 尋問をするべき部屋で、拘禁服を着せられているのは珍しいことではない。珍しいのは、男の素性だ。

 警戒が厳重であるはずの王宮の最奥に、突如として出現した、人型ではあるが異様な姿をした男だ。変身の魔法を使えると、老いた愚かな宮廷魔法使いが主張したが、そんな魔法は知られていないという。


 ミリエンダは意味がわからず、老魔法使いが死ぬ寸前まで締め上げたが、結局満足の行く答えは得られなかった。

 ただ、姿を変えただけとは思えなかった。爆発的に戦闘力を上げるような印象があった。そのような技術も魔法も存在していない。ならば、ミリエンダが警戒していた、この国に忍び寄る者たちの手の者か、あるいは救いの主であるかもしれない。


 そんな都合のいいことがあるだろうかと思い、ミリエンダは首をふる。

味方の強力な戦士が、ふらりと現れる。それが、ミリエンダの好みの男である。そんなことがあるはずがないのだ。


 剛山と対峙しているのは、王宮つきの近衛士官で、尋問官も務める男だった。整った顔立ちをしているが、ミリエンダの印象では少し頼りなげな若者だ。


「だから、私が聞きたいのは、侵入経路と目的だ」

「さっきから言っているだろう。『超サロン』から、宇宙大公のあやつる異相空間に飛ばされたんだ。俺は大顎男爵を追ってきた。どこに出るかわからなかったが、奴を野放しにするわけにはいかなかったんだ」


 ミリエンダが全く聞いたことのない単語が続く。一体どんな表情でしゃべっているのか知りたくなったミリエンダは、扉に開けられた小窓から中の様子を覗いた。窓がついているので、もともと中の会話は筒抜けなのだ。


 剛山豪と名乗る逞しい男は、気が立っているとは思えたが、取り乱しているというわけではなかった。何より、狂人には見えなかった。

 知的、というのとは程遠いが、しっかりした信頼できそうな人物に思える。


 拘禁服の剛山とはうってかわり、目の前の青年は鮮やかな水色の軍服をまとっている。食事のとき、さぞや気を使うことだろう。羊皮紙を机に広げ、メモをとろうと羽ペンを動かしているが、指先で振り回しているだけで、先程から一語も書いてはいない。


「世迷言はいいから、本当のことを言ってくれ。お前は知らないだろうが、上司のミリエンダ将軍は、恐ろしいお人なのだ」


 特に、所かまわず魔法のサーベルを振り回すので、人間カマイタチとの異名すらあるとその近衛兵は付け加えた。もちろん、外でミリエンダが聞いていることなど、知らないだろう。

 ミリエンダは拳を作ったが、どこにも叩きつけることなく我慢した。心の中で、近衛兵の査定にマイナスをつける。


「そんなこと、俺が知ったことか。俺が言っているのは真実だ。それより、この国のことを教えろ。『魔法の国』なんて、地球のどこにもない。お前達こそ、いいかげんなことを言って、俺を困惑させているんだろう」


 近衛兵は、白い額に皺をつくった。実に、人形のような印象を持った若者である。


「魔法の国といえば、魔法の国だ。『どこにある』とは、なんのことだ?」


 話は全くかみ合わない。剛山という男は、適当に話を作り上げることができない男なのだろう。愚かだと思わなくもないが、嘘をつくよりもミリエンダの好感度は高まった。まるで、正義の味方だ。


「世の中に、他には国がないと思っているわけではあるまい。『魔法の国』というのは、どこの大陸のどの辺にあるんだ」

「質問するのはこっちだ。お前の罪が糾明されてから、質問に答えてやる」

「俺の罪とは何だ!」


 絶叫だった。剛山が大顎男爵と呼んだワニもどきの最後を確認してから、剛山は何もしていない。

 近衛兵に誘導されるままに移動し、指示されるままに拘禁服を被っていた。その意味では、突然罪人扱いされて、怒るのは当然かもしれない。


 尋問している近衛兵の若者は、言葉に詰まってしまった。機転の利かない若者だ。ミリエンダは舌打ちをしながら、これ以上任せてはおけないと決断した。

 息を吸い、部屋の外から声をかける。


「女王陛下の寝室に侵入したのだ。本来なら、取り調べなど抜きにして死刑でも文句は言えんぞ」


 言いながら、扉を開けた。

 剛山と向かい合っていた近衛兵の若者が、直立して敬礼の姿勢をとる。


「好きで侵入したわけじゃない。たまたま、あそこに出ただけだ。大顎男爵を追った結果だ。女王の寝室だというのであれば、責任は大顎男爵にあるはずだろう。もっとも、奴は死んだが」


 剛山の態度は変わらない。気が立った猛犬のような顔つきだ。手を出せば、噛みつかれそうだ。


「どうだ、何かわかったか?」

「いえ。相変らず、くだらない妄想を繰り返しております」

「そうか、ご苦労だった。私が話してみる」

「はっ」


 近衛兵が敬礼し、隊長であるミリエンダが敬礼を返す。

 若者は席を譲り、その場所に、ミリエンダ将軍が移動する。若者がその場を動かないため、赤い軍服を着たミリエンダは長靴の踵を鳴らした。


「はっ?」

「私に任せろ、と言ったのだが」

「はい」


 もう一度、靴を鳴らした。


「二人きりのほうが、この男も話しやすかろう」

「ああ。はいっ」


 甲高い声で返事を発し、近衛兵の若者が急いで退出する。

 ミリエンダは、剛山に向き直った。椅子を引き、腰掛ける。机の上に長い足を投げ出し、優雅に組み合わせた。


「すまんな。気が利かん男なのでな」

「誰に聞かれようが、俺は同じことしか喋らんぞ。始めから、俺は全て真実を言っているんだ」

「ああ。そうだろうな。おい、もういいぞ。入って来い」


 後半は、外に向かって発せられた。剛山が顔を向ける。

 顔しか動かせないはずだ。拘禁服は、自由を奪うための服なのだ。

 ずりずりと音がし、だぶついたローブをまとった老人と、頭から猫のような耳を生やした少女が姿を見せた。


「やれやれ、難儀なことじゃな」

「そうですよぅ。あたし達も、立派に王宮で働いているんですからぁ。なんでこそこそしなきゃならないんですか?」

「そう言うなラミリー。規則なのでな」


 剛山の目は、再びミリエンダに向かう。一層、凶暴さを増したようだ。


「俺に、何をさせるつもりだ」


 女将軍は、入場してきた二人に顔を向けたまま、口の端に笑みを浮かべた。ミリエンダの気性の荒さを知らない者を、虜にしてやまない笑みである。剛山には、通用しないようだったが。


「察しがいい、と言ってやりたいところだが、今のところそういった用じゃない。こっちの老いぼれが、聞きたいことがあるそうなのでな」

「老いぼれは余計じゃ。わしから見れば、将軍とて小娘に過ぎんのじゃぞ」


「言ってくれるではないか。とっとと隠居して、一人寂しくお茶でも啜っていればいいのだ」

「できるなら、そうしているわい。弟子が育たんので、仕方あるまい」


 二人して、老魔法使いの背後に視線を送る。


「私ですかーっ」

「他に誰がおる」

「弟子を育てるのも、貴様の仕事だろう。長く生きている割に、経験が足りんのではないか?」


「まったく、口の減らない奴じゃ。だいたいお前は……」

「俺のことはどうなったんだ? 用がないなら、元の牢屋に戻せ。この麻袋、俺には小さい。早く脱ぎたいのだが」


 ミリエンダと他二人は、同時に剛山を見ると、ほぼ同時に手を叩いた。本気で忘れるところだったのだ。ジブラルドールもラミリーも同様らしい。


「そうだったな。おい、老いぼれ、早くお前の用を済ませろ」

「その呼び方やめんか。全く、生粋の貴族の出じゃというに、どう育ったらこんなに口が悪くなるんじゃ。親の顔が見たいわい」

「まるで、見たことがないかのような物言いだな。それとも、痴呆か?」


 また口論になりそうだったからか、ラミリーが慌てて割って入った。

 ミリエンダとジブラルドールの間に体を滑りこませ、ミリエンダの視界から老魔法使いの姿を隠してしまった。そのまま机の前に進み出て、手に抱えていた木箱を置いた。剛山が捕縛されるときに没収された、宇宙戦隊の装備品だった。


「返すのか?」

「状況によってはな。しかし、先に確認しておきたいのじゃ」


 老魔法使いが指を鳴らすと、椅子が出現した。腰掛けながら話す。


「あーっ、師匠ずるい。あたしの分も出してくださいよぅ」

「自分で出せ。できんのなら、そこら辺で修行しておれ」

「酷い師匠だな」

「そうでしょー」


 ミリエンダに同調してラミリーが声を上げる。老魔法使いが眉毛を吊り上げたが、声を出す前に剛山が唸るように言った。


「この城の奴等は、こんなのばかりなのか?」


 静かな声ではあったが、よく響いた。まるで、空気が凍りついたかのように。

 老ジブラルドールが咳払いをし、ミリエンダが抜剣の仕草をしたが、剣を抜く前に魔法使いが話を戻した。


「これはお前さんのものじゃが、わしらには使い方がわからん」

「ふん。わからないんじゃないだろう。使えないんだ。これは、宇宙戦隊でもカレーソルジャーにしか使えない」


 猫娘ラミリーが置いた木箱には、『ラッキョウブラスター』、『フクジンブレード』の柄、宇宙戦隊ブレスレットと、剛山が呼んだ品物が入っていた。もちろん、拘束するときに剛山から取り上げたのだ。


 剛山が言った通り、剛山の体内の何かに反応するようで、他の人間にはどれだけ操作しても作動しなかった。

 使用者を限定しなければならない武器とは、いかに強力であるかの証明でもあり、それを可能にする技術の存在は脅威そのものだ。

 ジブラルドールが質問を続ける。


「ううむ。お前さんの言うことを、誇大妄想じゃと決め付けるのは簡単じゃが、どうしても説明がつかんことがいくつかある。まず、女王陛下の寝室には、あらゆる魔法の防御が施してあるのじゃ。どうやって突破した? 魔法の波動など感じなかったが」


「魔法など、俺は知らん。何度も言ったが、それは宇宙大公の力だ。俺にも説明はできない。奴は時空をも軽々と跳躍する。その正体を突き止めるのが、俺達の最大の仕事だった」


「あの、ワニもどきの正体はなんじゃ? 古代の、いかなる文献にも出てこん。新種であれば、図鑑に載せなければならん」


「宇宙貴族大顎男爵の、変化した姿だ。もとは人間と同じ体つきだったが、俺に敗れて変化した。あの姿でさらに俺に致命傷を与えられ、宇宙貴族の大ボス、宇宙大公が異相空間に逃がした。まさか、それを俺が追って、とどめを刺されるとは思わなかっただろうがな」

「とどめを刺したのは私だ」


 鷹揚に足を組み、黙って聞いていたミリエンダが口を挟んだ。


「いや、わしじゃと言っておろうが」

「その話はよせ。以前にも聞いた。お前等が口論を始めるときりがない。誰が倒したかは問題じゃない。奴を倒してくれたことに関しては、礼を言う。だから、俺は大人しく捕まったんだ」

「なかなか、殊勝じゃないか」


 ミリエンダは、老魔法使いの首を刎ねようと起こしかけた体を、再び椅子に預けた。


「俺が知っていることは、全て話した! これ以上、何を言えというんだ!」

「……わしが知りたいことは、何もわかっておらん」

「何だ!」


「お前さんの操る、力の法則じゃ。あの、輝く姿はどんな理屈なのじゃ?」

「俺は技術者じゃない。理屈なんか知るか。俺には力と使命が与えられた。それを果たすために、死力を尽くすだけだ」

「うむ。その通り」


 老ジブラルドールは大きく嘆息した。まるで、ミリエンダをあえて無視したかのようだ。落胆した老魔法使いは、椅子から尻を上げた。


「これで終りか?」

「うむ。お前さんとこれ以上話しても、無駄なようじゃ」

「で、俺をどうする?」


「どうもせんわい。それは、将軍の役目じゃ」

「陛下の寝室に忍び込んだのだ。死罪は免れん。しかし……悪意はなさそうだ。お前の態度次第では、陛下にかけあわんでもない」


 ミリエンダは、意味も無くサーベルを抜いた。浮き上る紋様と、輝く剣身を、眺める。全く意味がないわけではない。美しい武器を眺めることは、実に楽しいのだ。


「こやつを助ける義理などなかろう」

「もちろんだ。しかし、ただ死なせるには、惜しい気もするのだ。なかなか、いい面構えをしている。ただの妄想狂なら、斬り捨てるのにためらいもいないが……」


 輝くサーベルを一閃し、拘禁服の袖を断ち、ついでに机も真っ二つにした。


「なにをする!」


 叫んだのは老ジブラルドールだった。腕を解き放たれた剛山は、倒れかけた木箱に手をかけ、自分の方にひっくりかえした。宙を舞う装備品が床に落ちる前に、剛山は全て掴み取っていた。


「『フクジンブレード』」


 サーベルの第二撃を、剛山は頭上で止める。右手一本だ。左手は、真っ直ぐ前に突き出されていた。その手には、『ラッキョウブラスター』が握られている。


「……たった二合で、私が負けたというのか?」

「剣だけの勝負なら、わからない」


 ミリエンダは両手でサーベルを振り下ろしていた。その体重を、片腕で受け止めているのだ。二人とも、動かない。ミリエンダが、剣を引いた。


「見ただろう、老いぼれ。これが、妄想狂の動きか? 貴様が役目上強い力を求めるのは当然だ。同様に、私にはより強い戦士を集める役目がある。この王宮に、私の剣をとめられる者が、何人いる?」

「いるわけありませんよぅ。そのサーベル、どんな剣でも真っ二つですもん」


 遠巻きに見ていたラミリーが答える。ジブラルドールも、うなずかざる得なかった。


「やむを得んじゃろうな。しばらく牢屋暮らしをしてもらった後、陛下にはわしからも話してみよう。その男が、わしらの味方になるというのならな」

「心配は無用。敵に回るはずがない。だろ?」


 ミリエンダは微笑を浮かべる。人間とは思えないほど美しいと評される微笑であり、その威力は良く知っている。だが、たったいま、命を奪われかけた剛山には、通用しなかった。とんでもない朴念仁だという可能性もあるが。


「話が見えないが、つまり、敵対するものがいるというのか。俺は、立場としては中立でいたいものだが。異世界の争いに、首を突っ込みたくはないからな」

「案ずるな。連中を見れば、私達の仲間にしてくれと、泣きついてくる」

「……今は、なんとも言えない」

「それでいい。おい、こいつを牢に戻せ!」


 後半の台詞と共に、魔法使いとその弟子は、慌てて姿を消した。出入りしてはいけない場所だ。老魔法使いが指をひとつ鳴らすと、体色が壁に溶け込んだ。カメレオンの原理である。


「気味の悪い連中だな」

「私も同感だ」

「まだここにおるわい」

「わかっていて言ったのだ」


 ミリエンダ将軍は、聞かれたのではなく聞かせたのだ。装備品を箱に戻し、壁に押し付ける。ジブラルドールかラミリーのどちらかが持った。すると、木箱も同色に溶け込んだ。

 断ち切った拘禁服の袖を隠すように剛山に言ってから、ミリエンダは剛山の腰を持って歩き出した。


「一人で歩ける」

「囚人なのだ。我慢しろ」


 抱かれるように歩くのがもどかしいらしい。取調室を出ると、兵士一人が敬礼した。


「後は任せる。牢屋に戻しておけ」

「はっ……それが……」

「どうした。私の命令が聞けんのか?」

「いえ……その男、もう囚人ではないようで」

「どういう意味だ?」


「たったいま、女王陛下からの特赦が出ました。囚人〇八八号を、無罪とすると」

「特赦が出るのは、裁判が終わってからだろう。まだ、罪人と決まったわけでもないのだぞ」

「はぁ」


「他には? 誰か許されたのか?」

「いえ、今回はその男一人で十分と、陛下がおっしゃったそうです」

「……ふむ……私が陛下に申し上げる。お前はこの男を牢に入れておけ。まだ、解放するのは早すぎる」


「し、しかし、罪状が」

「婦女暴行でもなんでも、でっちあげておけ」

「ふ、婦女暴行ですか?」

「うむ。私は剣を受け止められて、大変傷ついたのだ」

「無茶苦茶だ」


 呟く剛山に背を向け、ミリエンダは走り出した。


「まあ、ただの容疑だからな、なんでもいいんだろう」


 その兵士も、しきりに首を振る。横暴な上司に嫌気がさしているのかもしれない。

重い足を引き摺ろうとした剛山の肩を何かがつかんだ。振り向くが、何もいない。 ただ、耳元で囁かれた。


『気をつけるんじゃな。お前さん、女難の相が出ておる』


 老魔法使いらしい。剛山は、ミリエンダの美しい顔を思い浮かべ、渋面を作った。


「あの性格がなければな」

「全くだ……いや、何も言っていないぞ」


 傍らの兵士は、共感を得たようだった。

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