とある少女の場合③

 その後瑠美は、まだ近くにいるだろうと黒づくめの男を探したものの、どこにも見当たらなかった。なんとなく瑠美はもうあの男には会えない気がして、諦めて家に帰って来た。


 自分の部屋に行き、ベッドに腰を掛ける。改めて手の中を見ても、飴がしっかりと存在している。飴を手の中で転がして、見える色が変わる様子を楽しんでいたところで、瑠美は違和感を覚える。


(全く溶けてない…?)


 最初、あの男に飴を渡された時に握った感覚と今の感覚が全く変わっていない。外は日が暮れたとはいえまだまだ暑く、その上、飴を手にずっと握っていたにも関わらず、飴が溶けた時のベタベタとした感じはない。


 不思議だとは思ったが瑠美は気にしないことにした。


(せっかくのチャンス、だもんね…)


「よし!」


 瑠美は起き上がり、決意を固め飴を口に入れる。


(…あれ? 甘くて、美味しい…。 願いを叶えるなんて言うから、もっと薬みたいな味だと思ってたのに…。じゃなくて、願い事! 私は…、綺麗になりたい!)


 瑠美はそう願いながら、意味があるのかは分からないが、飴が小さくなっても噛み砕かないようにして舐めきった。しかし、特に変化は感じられない。期待半分、不安半分な気持ちで鏡を見てみることにした。


(全く変わってない…気がする…)


 パッと見では分かりづらいところも確認してみたものの、瑠美はどこも変わっていなかった。


「どうして? ほんとにどこも変わってないの?」


 身体中に穴が空くほど何度も確認したが、やはり瑠美は顔も体も変わっていなかった。瑠美は再びベッドに腰掛ける。


「そんなぁ……」

(せっかくあんなに探して、飴を舐めたのに……時間の無駄じゃん!)


 やっぱり、あんな変な話に乗るんじゃなかったと思いながら、足をバタバタとさせた。


「ご飯よー!」


 下の階から母親に呼ばれてしまった。下からの良い匂いが部屋に広がっていって鼻に届く。瑠美のお腹が小さく泣いた。


「はーい…」


(あんな上手い話があるわけないか…)


 ため息をつき、リビングに向かった。


─次の日

 瑠美は鏡を見てみたが、やはり何も変わっている様子はなかったので、落ち込みながら学校に向かった。


 瑠美が教室に着くと、教室内が騒がしくなった。男子女子に関わらず、クラスじゅうの視線を釘付けにしている。


(何だか、凄い見られてる気がする…)


「ねえねえ、あんたほんとに瑠美? なんか凄い綺麗になってるじゃん!」


 瑠美の友人の春菜はるなが話しかけてきた。


「えっ!? そ、そうかな。本当に私、綺麗になってる?」


「ほんとほんと。で、何やったらそんな風になるわけ?」


「んーとね…、内緒」


「抜け駆けー? 良いじゃん、少しくらい教えてくれてもさ」


「ごめん。今は事情があって…後で教えるから」


「ふーん。まっいっか。後で教えてよー?」


「うん…」


(昨日も今朝も鏡を見た時はなんともなかったはずなのに、今の私って綺麗になってるんだ…。)


 瑠美はまだ実感が持てず、いろいろと考えているところに、男子生徒が近付いてきた。


「なあ、長谷川ー! 良かったら、俺と付き合わねえ? 前から良いと思ってたんだよ!」


 その生徒は浮わついた雰囲気でそう言った。瑠美は、一度も話をしたことのない男子に告白されて少しびびった。


「えっ! えーっと…無理です」


「まじで!? そこをなんとか、なっ? 付き合おうぜー」


「ごめんなさい。私、好きな人がいるので…」


「まじかよー…」


 生徒は落ち込んで自分の席に戻っていった。

 彼をからかうために囲んでいった生徒との会話が聞こえてくる。


「お前、見境なさすぎだろー」


「いやいや、あんな可愛かったらいくだろ、普通」


 瑠美はそんな会話で確信を持った。


(私、本当に綺麗になってるんだ! よーし!)



 ─放課後の部活終わり

 瑠美は女子の波をかき分け、榊原の元に辿り着いた。そして、勇気を出して告白した。


「先輩! 私と、つ、付き合ってください!」


「ごめん。知ってると思うけど、俺には彼女がいるからさ」


 その時、榊原の後ろから別の少女が近付いてきた。


かいー。そろそろ帰…。誰、この子?」


「あー、知らない子。告白されてたところで」


「ふーん。誰だか知らないけど、海は私のものだから。さっさと諦めてね。行こ!」


「お、おう」


 榊原と少女は、見せつけるように手を繋ぎながら帰っていった。


(何あれ! 自慢のつもり!? 飴を使って先輩と付き合ったくせに!)


 瑠美は二人の様子に腹を立て、またあの男を探しまわろうとした。しかし、この前とは違いすぐに見つかった。


「あの!すみませーん!」


「おやおや、どうされましたかな。なにやら慌てていらっしゃるご様子で」


「あの飴、もう一つください!」


「飴ですか。しかし、昨日ので願いを叶えられたのでは?」


 男は昨日と同じようなにやにやとした顔でそう言ってくる。

 男のその言葉に瑠美は苦い顔をする。

 きっと大丈夫、付き合えるなんて思っていた。しかし、甘かったのだ。彼女だって飴を使っていたのだから。


「…駄目だったんです。だから!」


「…なるほど。それではこちらを」


 瑠美が男から飴を受けとる。


「ありがとうございます!」


「言うまでもないとは思いますが、くれぐれも代償にはお気をつけくださいね。ホッホッホ」


 男はそう言って、またどこかへ消えていったが、瑠美はそんな事には目もくれなかった。


「これで、先輩と…」


 瑠美はまた飴を舐めた。しかし、その味は昨日とは違い少し辛かった。


 瑠美が家に帰るといつも聞こえてくるはずの母親の声が聞こえなかった。


─次の日の放課後

 瑠美はグラウンドの端で物思いに耽っていた。


(お母さんがいなくなったことを誰も気にしてなかった…。これが、代償…? じゃあ、もうお母さんは…)


「瑠美!」


 榊原が瑠美のところまで駆け寄ってくる。


「せ、先輩! ど、どうしたんですか!?」


「どうしたって、一緒に帰るって約束だっただろ? 探したぞ」


「そ、そうでしたね」


(私、先輩と付き合えたんだ…)


 嬉しさは間違いなくあるのだが、瑠美は素直には喜べなかった。

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