とある少女の場合②
それから瑠美は町内や商店街、路地裏など思い当たる限りの遭えそうな場所を探し回った。しかし、真っ黒い格好の男どころか、真っ黒い格好をした人など一度も見かけなかった。当たり前だ。こんなに暑い夏の日に、そんな真っ黒い格好をした酔狂な人物などいるわけがないのだから。
そんな訳で瑠美は、今日聞いたあの話はやっぱりデマだったんじゃないかと思い始めた。よくよく考えてみれば、飴を舐めるだけで願いが叶うなんておかしな話があるはずがないと、自分があっさりと信じてしまった事を棚に上げて怒っていた。
「はぁー。もう帰ろっと」
「お嬢さん、飴欲しくないですか?」
瑠美が家に帰ろうと振り返った時、先ほどまで誰もいなかったはずの路地で後ろから、しかもどうやって近づいたのか背後から、今まで瑠美が聞いたこともないような低い声が聞こえてきた。
「ひゃっ!」
「おお、失礼しました。そんなに驚かせるつもりはなかったんですがねー。ほっほっほ」
瑠美が驚きのあまり変な声を出すと、真っ黒い格好の男がそう言って笑った。
日常的に笑顔のままでいるのではないかと思うほど、ニヤニヤとしているその顔には、不気味な笑い顔が貼り付けられているようだった。男の背はあまり高くはないが、それでもどこか恐ろしさを感じる、そんな男だった。
「それで、いかがですか?」
「えっ? な、何? 何の話?」
「だから、飴、ですよ。欲しかったから、私を探していらしたんでしょう?」
「そ、それは…そうだけど…。ん? ていうか、それを知ってるってことは私の事、ずっと見てたってことよね! なんで速く出て来てくれなかったわけ? 趣味悪ーい。」
瑠美は恨みがましく答えた。
「ほっほっほ。そう言われても仕方ないでしょうな。しかし、実際に効果があるからこそ、誰にでも渡せる訳ではないのですよ」
「…本当に効果があるの? 舐めたら、願いが叶うの?」
「ええ、もちろんですとも。お約束しましょう」
「じゃあじゃあ、先輩と付き合いたいって願って舐めたら、付き合えるってこと?」
「そうですな。叶いますとも。ただし、条件があります」
「条件?」
「はい。あまり多くを願おうとすると、代償を支払って頂くことになります。例えば、先ほどの願いを飴で叶えようとした場合、先ほど言われたその先輩の方にお相手がいたりするならば、そのお相手に向いている気持ちをあなたに向けることになりますので、願いの代わりに何か大事なものを失うという感じです」
「大事なものって…、例えば?」
「それは人によりますから、私からこれだと言えるものではありません。しかし、大事なものを失いたくないのであれば直接願いを叶えるのではなく、間接的な願いにされるのがよろしいかと。先ほどの願いならもっと綺麗になりたいなどでしょうか。そちらの願いにされますと、絶対に叶う訳ではありませんが、ね」
「うーん…」
瑠美は決断が出来ずにいるが、男はそれに構わず言葉を続ける。
「ほっほっほ。とにかく、どちらにされるにしろ飴がなければ話にはなりませんので、おひとつお渡ししておきます。はい、どうぞ」
男が懐から小さな紙の包みを取り出す。その紙の包みに手を入れ、小さくキラキラと光っているように見える飴を取り出す。
「あ、どうも…」
瑠美はその飴を受け取ったが、市販の飴のように包装がされている状態ではない裸の飴を、素手で渡されたので少し引いた。
渡された飴は今でも光っているように見え、手のひらで転がしてみると見える色が変わる。少しその様子を楽しんだ後、もしもの時を考えて質問をしようと前を向いた。
「あの、もしだめだった、ら…」
目の前には既に男の姿はなかった。夢でも見たのかと瑠美は思ったが、手のひらには飴がしっかりと存在していた。
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