とある少女の場合①

─とある高校

 セミや部活動の盛り上がっている声が聞こえてくる、クーラーの効いた2年生の教室。

 一番前の右端の席に少女が一人座っていて、他に生徒の姿は見えない。


「はぁ。今日も榊原先輩かっこ良かったなぁ。なんとか付き合えないかなぁ。」


 そんな恋の悩みを抱えている少女の名前は、長谷川瑠美るみ。家庭は平凡、顔も平凡、特段スタイルが良いわけでもなければ、何か才能があるわけでもない、いたって普通というか、普通という言葉が服を着て生活しているような少女だ。


 そして、そんな普通の少女が恋している相手は、一つ年上の3年生でイケメンの榊原という少年だ。サッカー部のキャプテンを務めていて、明るく爽やかなため、彼女がいるにも関わらず、モテモテで近づくことも難しい。彼に告白したことのある女子によると、その彼女に一途なため断られてしまうとか。


「もっと私が美人だったら、振り向いてくれるかなあ?」


 瑠美自身も榊原についての話を聞いたことがあるため、半ば諦めようとはしているが、なかなか踏ん切りがつかない状況だった。


「あー、美人になりたいなあ…」


「なれるよ」


「えっ! 本当に!?」


 いつの間にか瑠美の後ろの席に、瑠美と同じ制服を着た白い髪をした少女が座っていた。


「本当だよ。…こんな噂知ってる? 舐めると願いを一つだけ叶えてくれる飴の噂」


「何それー。知らなーい」


「全身黒い格好をした不思議な男が、願いを叶えたい人の前に現れて、その飴を渡してくるとか。いつの間にか不思議な部屋を訪れていて、そこで同じ黒い格好の男に渡されたとかなんだって」


「えー? 本当に? 信じられなーい」


 不審そうな顔をした瑠美に対し、少女は淡々と話を続ける。


「まあ、なかなか信じられる話じゃないよね。でも、噂だと榊原先輩の彼女さんもその飴を使って付き合ったんだって」


「えー! そうなの!」


「あくまでもだけどね」


 そう聞いて、瑠美は腕を組んで考えながら唸った。


「うーん。…いや、でも確かにあんなにサッカー一筋だった先輩に、急に彼女が出来るなんておかしいと思ってたんだ。その噂間違ってないのかも!」


「そうかもしれないね」


「くー、ずるい! 私もその飴欲しい! どこでならもらえるか知ってる?」


「さあ? そこまでは私も知らないの。でも、強く願う人のところに来るって言うから、思いを強く持てば会えるかもしれないね。その男に」


「そっか! 教えてくれてありがとう!」


 瑠美は内心驚いていた。まさかそんなすごい飴について、教えてくれるなんて思っていなかったからだ。教えなければ先輩を取り合うライバルが一人減るというのに。私だったら絶対誰にも言わないで、その飴を探すのにと。


「そしたら、速く帰ってその黒い人を探さないと! じゃあね!」


 瑠美はそう言うやいなや、走って玄関に向かった。


(あれ? そういえば、あんな子私のクラスにいたっけ?)


 少し廊下を走る足が止まったが、すぐに他のクラスの子が涼みに来たのだろうと思い直し、また走り出した。

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