第48話 欠かせない存在
馬車が停まるとすぐに、フレイは飛び出した。
「どうしてこんなところに」
ここは王宮の前。こんなところに居座れば、不審者と疑われてもおかしくはなく、たまたまとは言い難い。
しかも目の前の彼女は、普段王宮近くをうろつかないのだ。
いつも綺麗にお洒落をして、にこにこと楽しそうに笑って、時には落ち込んだりしたり──彼女に似合うは街のカフェ。
「……カレン!」
フレイの呼びかけに、その人影は記憶通りに楽しそうに笑ったのだ。
「ふふ、楽しそうね、フレイ」
「え、どうして」
王子の婚約者である”フレイ”が、数年前に街から消えた”フレイ”だとは気づかれていないはずだ。
カレンが王宮の前にいる理由を即座に考え始める。
(もしかして、この数日の間にバレたのかしら! トランブールに滞在している間はレイラント国の庶民向けの新聞なんて読む機会がなかったし)
であれば、のこのこと王宮に戻るわけにはいかない。フレイが生活していたトランブールの宮殿にも戻れない。
戻るべきは今行ってきたばかりのトランブール国だ。
元の生活に戻るために身バレだけは避ける必要があった。
(ほとぼりが冷めるまで避難ね。大丈夫、クラニコフ家の方々は優しいもの。少しくらい滞在していても許してくださるわ)
一人、解決策を見い出し、くるりと踵を返した。
「ねえちょっと、フレイってば! 待ちなさいよ」
「いくらカレンの頼みでも、こればかりは聞けないわ。私の人生がかかってるの。早く逃げなくちゃ」
「はあ? 何言ってるの。──ちょっとこれ、どうにかしてくださらない? アレン様」
カレンの視線がフレイの後ろを差し、馬車から降りてきたアレンにぶつかる。
アレンは咎めるわけでもなく、ただ少し眉を下げた。
「そうだな。少し落ち着いたほうがいい、フレイ嬢、君のことだ」
「え?」
まさかこの状況で咎められる先が自分だとは思わず、フレイは怯んだ。
「でもカレンがいるんですよ! あ、カレンというのは、この女性のことで。もしかしたら調査済みでアレン様もご存知かもしれませんが、ええと、私の街での友人で! 幼い頃からの友人なので、私がこれまでどんな仕事をしていたのかも知っていますし、きっと急にいなくなって心配もかけたと思いますし。じゃなくて、アレン様の婚約者の”フレイ”が私だと気づかれてるんですよ! もしかしたら他にも知り合いが来てるかもしれませんし!」
若干パニックに陥りながら、アレンへと詰め寄った。
それを呆れたように見つめるのは、元凶となるカレンである。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。別にバレていないし、私がここにいることもアレン様はご存知だもの」
この言葉を受けてアレンを見れば、彼もまた肯定するように頷いた。
「ああ。君が言うように、少々調べさせてもらってね。カレン嬢のことも承知している」
どうも初対面ではなさそうな雰囲気にフレイの頭はハテナマークだらけだ。
困惑するフレイを楽しそうに見つめていたカレンは、ややあって吹き出した。
「なあに。いい感じじゃない。思ってたより仲良いのね。これでも心配していたのよ? よかったわ」
フレイとアレンに向けて口を開くと、でも、と続けた。
「イマイチなのよねえ、アレン様が」
その言葉にアレンの動きが止まったが、フレイはそれどころではなかった。浮かんだハテナマークを減らすべくカレンを問いただす。
「待って、待って。どうしてカレンはこんなところにいるのよ」
「ああ、聞いたのよ。フレイが家出したってね。様子を見にきたの。必要だったら連れ戻そうとも思っていたけど、必要なかったみたいね」
「聞いた? 誰に?」
「それはもちろん、アレン様にね」
目を見開くフレイは、アレンとカレンを交互に見た。
「な、なんで?」
「なんでって、アレン様と仲良しだからよ」
手を胸に当てて自信満々にカレンが答えると、フレイの心はきゅっと痛んだ。
(……カレンとアレン様が知り合いだなんて知らなかったわ。それも仲良し? 王子様と庶民が? いえ私も庶民だもの。おかしいことではないはず。だけど私以外にもいたなんて)
知らされていなかったことに傷ついたのか、それとも自分だけじゃないことに落ち込んだのか。
小さく痛みを感じた胸を押さえながら、後者だとしたらよっぽどね、と自嘲気味に口端を上げた。
フレイの立場は、契約上の婚約者。契約期間が終われば解消される、それだけの関係だ。
(そんな私が、アレン様の交友関係に不満を覚えるなんて身の程知らずにも程があるわ。私は好きになってしまったけれど、アレン様が私を好きになることはないのだし)
それでも消えてくれないもやもやを抱えながら、なんとか続けた。
「なんで? ジョン、さんは?」
「え! あ! やだ、フレイ。ジョンとは仲良くしてるわよ。とてもいい人だもの。フレイのおかげ。ありがとう。アレン様とのことも知ってるから気にしないで。って私のことはいいの。自分のことを考えてよ」
「え?」
首を傾げたフレイにぐいっと近づいて、耳元で言う。
「アレン様のこと、好きなんでしょう?」
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