第47話 茶番

 小旅行から帰るときには、盛大にお見送りされた。門の外にまで野次馬が集まってくるほどだ。平民にも愛されるクラニコフ家はとくにそれを咎めない。

 クラニコフ家の面々はもちろんのこと、ケビンに、なんとジールとリーゼまでが顔を出してくれたのだ。

 そこで繰り広げられた茶番に、フレイは苦笑いするしかなかった。


「……ジール、リーゼ嬢。久しぶりだな。あの夜、以来か」

「ああ、アレン。今もお前の顔を見ると怒りが沸く、だが……正直あれがなかったらリーゼと一緒に過ごせなかったんだから、感謝したほうがいいのかもしれないな」

「いいや、私のほうこそ、リーゼ嬢には酷い事をしたと思っている。許してほしいとは言わんが、謝罪を受けてもらえるだろうか」


「まあ、アレン殿下。王子が一度行ったことを簡単に謝罪してはいけませんわ。……わたくしも、あの夜のおかげで今、とても幸せですの。謝罪なんてなさる必要はございませんわ」

「いや、君たちは私の長年の友人だ。友人との仲を取り戻したいときには謝罪すべきだろう。……すまなかった。君たちが幸せでいてくれることが私の救いでもある。これからも二人仲良く過ごしてほしいと心から願っている。レイラントを訪れることがあれば、ぜひ歓迎させてくれ」

「ぜひ寄らせてもらうよ。リーゼも家族に会いたいだろうしな。……聞いたぞ。アレンの方こそフレイと仲良くやっているそうじゃないか。小旅行だって?」


「はは、これから帰るんだがな。トランブールの名所を回らせてもらった。私にもフレイにも良い経験になったと思う」

「なら良かった。また来るときには連絡してほしいね。俺も二人には世話になってる、次は招待させてほしい」


 とまあ、まるで確執を感じさせない会話をわざわざ繰り広げた理由は。


(本当に、どこまでも抜け目ないというか。わざと聞かせてるのね──婚約破棄後も関係は壊れていないとアピールするために)


 この場に集まっている民衆たちは、興味津々に耳を傾けていた。聞いた平民たちは喜んで広めてくれるだろう。

 同盟国間で起きた王子たちによる”真実の愛”の結末を。


 そしてそれはきっと受け入れられるのだ。

 何せ、皆が大好き”真実の愛”によるハッピーエンドだからだ。


 一人、薄目になりそうでだんまりを決め込んでいたフレイだったが、腰を引かれて我に返った。


「では申し訳ないが、私たちはこれで失礼する。次の機会にはゆっくり話せるといいが」


 別れの挨拶の時、ジールと目が合う。

 その目がにやりと笑っていて、フレイはぎろりと睨むことを忘れなかった。


(何よ。私が困ってて楽しいの!? こんなことになるなんて聞いてないわ、契約外ですからね! リーゼ様も助けてくれないし。リーゼ様には私の気持ち、筒抜けのような気がするのに)


 ジールはただ楽しんでいるようで手助けをしようとは一切思っていないようだし、リーゼはどこかコルネリアを思わせるような微笑みを浮かべていた。

 おそらく、フレイのことを楽しい恋愛の真っ最中だとでも思っているのだ。


(──分不相応の恋なんて、楽しいわけないじゃないの。しかも期間限定よ。真剣になったほうが馬鹿を見るの)


 だから気づきたくなかった。


(恋愛なんてそもそも慣れていないのに、こんな見るからに小難しい恋愛なんて願い下げなのよ)


 だから自覚してもなお、封印したいと思った。


 なのに、だ。

 坂を転げ落ちるように、意識する回数が増えていく。


 馬車の中、向かいに座るアレンを盗み見るだけで、心臓が痛い。耐えるように手を握りしめた。


(最悪よ。どうしてこうなっちゃったのかしら。……恋愛は自分一人でどうにかできるものじゃないのに)


 銀の髪に紫に瞳。影を落とす睫毛は長く、美しい。そしてレイラント国の王子である。

 そんなアレンと「恋愛をしたい」と思っている自分が馬鹿らしくて、理解できなくて、自分自身を責め続けた。


(よりによって”真実の愛”には程遠い、報われないと知っている恋に落ちていくなんて)


 心を制御できずにもどかしいく思うフレイとは反対に、アレンは涼しい顔だ。長い指を組んで、身動き一つしていない。


 以前アレンは言った。フレイを伴侶にしたいのだと。

 ただ、それは決して恋愛などという曖昧なものではなく、互いに利があってこそ成り立つものだ。


(……期待なんてさせないでほしいのに)


 アレンはフレイに気を許している、というコルネリアの言葉に揺さぶられる。


 アレンは移動中にも時折婚約者を続けてほしいのだと口にした。

 淡々とフレイがいかに婚約者にふさわしいか語る姿を見るだけで、本当に気が滅入った。



 ◇◇◇



 レイラント国に着いたときには辺りはもう薄暗かった。

 すぐに自分の屋敷──正確にはトランブールのための宮殿に戻りたかったが、どうしても用ががあるからと引き留められた。仕方なく王宮に向かう。


「どんな用があるのでしょう。もう暗くなっておりますし、あまり長居はできませんよ」


 だから帰してほしいのだと遠回しに伝えてみても、アレンはすぐに首を振った。


「いいや。行けばわかる。そう時間が掛かるわけでもあるまい。君次第だがな」


 最後の言葉に首を傾げつつ、フレイは窓の外を見た。王宮が見えてきていた。

 初めは圧倒された建物だったが、すっかり見慣れたものになってしまった。


(社交デビューから始まり、王妃様とのバラ談義でしょ、リーゼ様の授業に参加したり。それから、アレン様を誘惑するために会いにきたり……どれもこれも振り回されてばっかりね、私)


 窓に映った自身の口端が上がっていた。

 こつん、とそれを指で突く。突いた先──窓の外に小さな人影が見えた。


「え?」


 信じられない光景に、一度目を擦った。もう一度外を見る。

 それでも信じられなくて、アレンを振り向いた。


 彼は、してやったりとばかりに一度笑って。

 それから少し気まずそうに目を逸らした。

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