第44話 隣国での滞在


 そんな中、アレンはどことなく言いにくそうに口を開いた。


「あ、あー、確認だが、婚約者を続けるということで間違いないな?」


 そこでフレイは合点がいった。

 アレンは婚約者がいなくなるかと不安になって、連れ戻しに来たのだ。


「……ご心配をおかけしました、申し訳ございません。仕事ですから残りの期間はきっちりと。こちらに来たのも、少しリフレッシュしたかったものですから。婚約破棄の日から目まぐるしく過ごしておりましたので、なかなか気持ちの整理もできず。ですがもう大丈夫です」


 落ち着いた状況でコルネリアと話したことで原因不明だったイライラの正体もなんとなく把握できた。向き合えるかはまた別の話だが、知っているのと知らないのとでは全く違う。


(私がアレン様にいつの間にか惹かれていたことは認めよう。自分に恋心なんてもの、あったことに驚きね。今までは意識して遠ざけていたのかもしれないわ)


 しかし、惹かれていたのは演技ありきのアレンだ。気になる異性と二人きり、の状況も、現状当てはまらない。

 涼しい顔で冷静に過去を振り返っていると、アレンはいつもの調子を取り戻したようににやりと笑った。


「そうか。それは良かった。実は、私たちは今トランブールに小旅行に来ていることになっている」

「はい?」


 耳を疑ったが、その顔が面白かったのか、アレンの笑顔はより深くなる。


「突然、君が屋敷を飛び出しただろう? まさか家出とも言えず、寂しくなって実家に帰ってしまったとも言えず、な。小旅行を兼ねて、君の出身であるトランブールに顔を見せにきたことにした」

「ことにした?」

「ああ、君はクラニコフ家に一足先に向かい、私は持っている急ぎの政務を終わらせてから合流したんだ」


 ぎりと奥歯を噛み締めそうになる。

 口裏を合わせようと提案もされず、事実となる設定を聞かされるだけ。


「それで?」

「それで、フレイ嬢にもそう振る舞ってほしい」


 おや、と思いつつ、頷く。


「わかりました」


 てっきり自分の意思など無視されるかと身構えたが、考えすぎだったようだ。

 アレンの態度が多少良くなったのか、それともアレンを見る自分の目が緩くなったのか。今のところは判断できないが、一方的ではない物言いに、フレイはアレンを見直していた。

 イライラが少なくなればその分スムーズに婚約者生活を送れるから。


「ふむ、それでだ。私たちは今婚約者として、この国に滞在しているわけだ」

「はあ」

「人々に仲の良い姿を見せておく必要がある」

「……はあ」

「明日、ともに出かけようじゃないか」

「…………必要、あります?」

「ある」


 そう力強く言われたので、フレイは婚約者役を全うすべく、仕方なく頷いたのだ。



 ◇◇◇



 次の日。

 フレイは早々に叩き起こされ、美しく整えられた。

 髪も衣装も化粧もすべて、王子の婚約者に相応しいようセットされたのだ。


(はああああ、行きたくないわ。行きたくない。だってこれって……デートでしょう?)


 しかし、婚約者の役割だと言われてしまえば行くしかない。契約期間中はその役をやりきることに決めたのだから。

 そうはいっても渋々だ。隠せなかった特大の溜息とともに迎えを待つ。

 部屋の扉がノックされると、本日のデート相手が顔を見せた。


「ああ、とても綺麗だ。君と出掛けられる私は幸せだな」


 フレイは笑顔を保ったまま、固まった。

 迎えに来たアレンは、絶賛演技中。今その顔だけは見たくなかった。


(は? こっちのアレン様とは聞いてませんが?)


 ぎぎぎ、と音を立てそうなほどのぎこちない動きで向かい合った。


「……アレン様? 別に普段のお姿で構わないと思いますよ」


 フレイの気持ちなど知る由もない彼は、悪役のような笑顔は封印したままだ。


「いいや、せっかくの外出。君にも楽しんでもらいたいんだ。こちらのほうが、おそらく君も羽を伸ばせると思ってな」


 態度には出していないつもりだった。

 しかし、アレンには態度の違いがバレていたようだ。にもかかわらず不機嫌な顔は見たことはない。

 若干の気まずさと申し訳なさを覚えつつ、ほんの少し彼の評価が上がる。

 が、やめてほしいことには変わりない。


(私のこと考えてくれてるのはありがたいことだけど、今! 優しいアレン様は困るのよ。普通に過ごせば絶対楽しいもの。いえ、演技だともう知っているのだから大丈夫かしら。でもとにかく私の精神力が試されるってこと!)


「で、ですが! 無理に笑顔を作っていらしては、アレン様が大変でしょう」

「無理なんて一切していないから気にしなくていい」


 フレイに食い下がる隙を与えないように、アレンは続けた。


「こちらのほうが、私も都合がいいんだ」


 有無を言わせない口調で断言されると、これ以上は強く言えず。

 自分の精神力を信じることにした。いや、信じる他なかった。

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