第45話 混乱して戸惑って
周囲に花やらハートやらを飛ばしつつ、腕を組んで歩いた。
どこからどう見てもラブラブなカップルである。
(私はアレン様の婚約者……リーゼ様との婚約を破棄するほどのね!)
つまり相思相愛。それも婚約破棄をしたことによるダメージを一切気にしないほどの盲目具合だ。
他人の目を気にする様子も見せず、視界にはアレン一人を映す。
目を合わせるアレンもまた、瞳の中にはフレイがいた。
「以前も訪問したことはあるが、隣に君がいるだけで、また違った場所に見えるから不思議だ。やはりフレイ嬢がいないと心が動かない。何を見ても美しい」
「まあ、わたくしもとても楽しいですわ。知識としては知っておりましたが、お恥ずかしい話、あまり見回ったことがございませんので。初めて見る美しい景色をアレン様と共に見ることができて幸せです。まさかこうして二人で出かけられるとは夢にも思っておりませんでしたのに」
「何を言う。私はいつだって君と一緒にいたいのに」
馬車の前、支えるように腰にそっと添えられた手に内心ぎょっとしつつ、にこりと微笑んだ。
「ふふありがとうございます。また一緒にきてくださいね?」
「もちろんだ」
馬車の扉が閉まり、どっと力が抜けた。
二人きりの空間だが、それがいい。人の目を気にしなくて済むのだから。
「あの、本当に、必要でした?」
向かい合うアレンに問う。もちろん今回のデートのことである。
トランブールの名所を巡り、街も散策し、ゆっくり食事もした。
仲の良さをアピールするためのデートなので、身分は隠さない。どこへ行っても警備隊が張り付き、周囲からは何事かと視線を集めた。
結果、生温かい目で見守られることになる。どこからか「あらあ、仲がよろしいのねぇ。やっぱり”真実の愛”なのよ」なんて聞こえてくると火照って困った。もう絶対にやりたくないとフレイは思う。
「必要だとも。フレイ嬢のおかげで意味のある婚約破棄だったと思わせることができた」
「本当にそう思ってます?」
全くもって疑わしい。
じろりと目を向けるが、彼は穏やかに微笑んでいる。非常にやりにくかった。
「……それ、今ここではやらなくてもいいでしょう?」
「いやいや、好きでやっている。気にしないでくれ」
気にならないわけがない。
演技中のアレンは、フレイが初めて好意を抱いた男性なのだ。
(やめてほしいから言ってるのよ! 人の気も知らないで! って意識したらまた挙動不審になっちゃうから。平常心よ)
心の壁を強固にすべく、目を瞑って深く息を吐く。
思いがけないデートは、思いのほか楽しかった。
訪れた場所も見学したものもフレイの好みに合っていたし、ご飯もデザートもおいしかった。
それだけでなく、アレンは演技中だと知っているから普段の姿との違いが面白く、もう二度と経験しないだろうと思えばこそ全力で楽しんだ気もする。
(うん、悔いはない)
お金だけでなく思い出までもらえるとは、良い仕事だった。最後まできちんとやり遂げよう、と改めて思う。
目を開けるとじっとこちらを見るアレンと目が合った。
「な、なんでしょう」
「……楽しめただろうか」
言いにくそうに眉を寄せるアレンに戸惑った。これは演技中のアレンだろうか。
「ええ、もちろん。アレン様も演技、相当頑張っておられましたよね。爽やかに笑うのは苦手でしょうに」
少しの嫌味を込めてそう言った。
アレンは眉尻を下げながら手を組んだ。ひどく気を引かれたのは、彼のそんな姿を見たことがなかったからだ。
「ああ、苦手……と言えばそうなのかもしれないな。笑顔がというよりは、二人で出かける、ということだが。ここだけの話、実は慣れていない」
「!?」
素っ頓狂な声を上げそうになり、慌てて口を押さえていた。
「そこまで驚かなくていいだろう」
「……っ、いえ、そんな言葉がまさかアレン様の口から出てくるとは思いもしなかったものですから。デートが苦手、ですか?」
「慣れてなくては、おかしいか?」
「ええ? これまでどこへいらっしゃるのにもリーゼ様とご一緒されていたとお聞きしていますから、当然お二人で出かけることも慣れていらっしゃるかと思っておりましたけど」
フレイは首を傾げた。
「それは、リーゼ相手に慣れていただけの話だ。ずっと一緒にいたんだ、今さら隠すこともなければ気を遣わねばならないわけでもない。だが、君は違う」
紫の瞳に見つめられると急に居心地が悪くなる。
「……どんな顔でいればいいのかわからなかった。笑顔を作る私を、君は嫌にならなかっただろうか」
真剣な顔は演技には見えない。けれど、この台詞はどっちのアレンなのだろうか。
心臓が速くなる。
「今さらでしょう? ついこの前までずっと私を騙していたのはアレン様でしょうに」
「それはフレイ嬢もだろう」
(そうでした、私も騙していたつもりでした。バレてましたけどね)
言葉に詰まったものの小さく咳ばらいをして受け流す。
「んん、そうかもしれませんが! アレン様が今さら」
私を気遣うなんて、と言いかけてやめた。それが理由じゃなければ恥ずかしすぎる。
「今さら、気にしなくてもよろしいでしょう?」
「……気にするさ。君は私の婚約者で、私の素顔を知る数少ない人間だ。君がどう思うのか気になって仕方ない」
変わらず演技かどうか見極められない。が、片眉を上げる姿は本性のアレンに近いかもしれない。
「君に離れてもらっては困るからな」
当たり前のように続けられたそれに、頬が赤らむのを感じ、ぎゅっと目を閉じて下を向いた。見られるわけにはいかなかった。
(……婚約者にいなくなられては困るからよ。ただそれだけ。他に意味はない──のに)
そのまま公爵家に戻るまで俯く顔を上げられなかった。
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