第42話 うらぎりもの

 

 ケビンからもコルネリアからも同じ問いを受けた。別の場所でだ。

 これではもうフレイも認めざるを得ない。


 今、自分は、自分らしくないことを。


「……別に、嫌がってなど、いませんし」

「まあ嘘ばかり」


 見透かしたようなコルネリアには思わず口を尖らせた。


「だって、アレン様の本音を、コルネリア様はお聞きになっていないでしょう? 本性を現す前のアレン様とは全然違うんですよ。天使と悪魔。天使の顔を剥いだアレン様は、そう、ジール様に似ているんです! にやりと笑うのが似合う感じで」


 捌け口を得たようにフレイが話し始めると、コルネリアは興味深げに相槌を打つ。


「ふふ、そうなの?」

「そうなんですよ! 人のことを小馬鹿にするといいますか、思い通りに操って楽しんでいるというか。前のアレン様を見習ってほしいくらいで」


 本性を現す前の──フレイが誘惑しようと躍起になっていたときのアレンは、少し不愛想で、けれど優しく聡明な紳士で。

 会話するたび、それが居心地よかった。

 しかし今の彼は、業務的に、義務的に、肩書を武器にして。フレイを婚約者に仕立て上げようとしてくるのだ。


「だから、今、アレン様から逃げているのかしら?」

「え?」


 コルネリアは真面目な顔で、優しく問う。


「少し惹かれていたアレン殿下が、別人のようになってしまったから、かしら?」

「……え?」


 言われて少し思案する。何を言われているのかすぐに理解できなかった。


(でも、そうなのかもしれない。私って、アレン様のこと、だいぶ気に入っていたのね。知らなかったわ)


 考えてみれば、アレンとのまるで恋人のような時間も楽しかった。


(これが恋というのはおこがましいけれど、一部ではあるのかもね。楽しい時間がずっと続けばいいのにって、みんな恋人になるのかしらね)


 ただ、そのアレンとは、以前までの彼のことだ。

 婚約破棄をするために、アレンの手によって作られた紳士な彼はもう必要ない。もう二度と見ることもないだろう。


(──それが嫌で、今のアレン様を受け入れられないのかも……なんて、もうどうすることもできないけれど)


 フレイにできるのは、ただ仕事として、やり通すだけ。


 正面に座るコルネリアを真っ直ぐに見た。心にかかった霧が晴れたようだった。


「そうですね。コルネリア様の仰るとおり、私はアレン様に惹かれていたのかもしれません。そういえばリーゼ様も同じようなことを仰っていましたし。今になって気づくとは思いませんでしたし、気づきたくもありませんでしたが」

「まあ! では、」


 どことなく嬉しそうに手を合わせたコルネリアを安心させるようにフレイは微笑んだ。


「ええ。今となっては、作られた偽物のアレン様相手に、知らない間に惹かれているなんて私も愚かでした。けれど良かったです、彼が偽物だと知らないまま、この気持ちに気づかなくて」

「あ、あら?」

「だってそうでしょう。作り物に惹かれて、万が一そのまま恋に落ちるかもだなんて滑稽すぎますよ。でも大丈夫です。仕事ですから、ちゃんと割り切れます。実はアレン様の本性を見てから、ずっとどこか不快だったんです。けれどコルネリア様のおかげで心の整理もできましたから」


 契約通り、きっちり婚約者を演じてやろう。終わればとうとう自由の身だ。

 しばらく悩んでいた不快さの理由がわかって気分爽快のフレイだったが、対するコルネリアの眉はへにょりと歪んでいる。


「あらあら? そうなってしまうの? ……わたくし、何か失敗したのかしら」


 しおらしく頬に手を当てて、コルネリアは溜息を吐いた。

 敬愛するコルネリアの困り顔に、フレイのほうこそ困惑したのだが、やってきた執事に救われた。


「お話し中、申し訳ございません。コルネリア様──」


 執事がコルネリアに耳打ちすると、彼女の顔はすぐにほころんだのだ。

 落ち込んだ様子はもう見る影もない。


「まあ、仕方ありませんわね。済んだことをいくら言ったところで」

「はあ……」

「ねえ、フレイ。先ほどわたくしがしたお話は全て本当よ。あなたを気に入っている、というのも本当のことですから、忘れてはなりませんよ」


 真剣な顔でそれだけ言って、席を立つ。

 戸惑いながらも倣って立とうとしたフレイを、手で制止した。


 扇で口元を隠して、コルネリアは笑っていた。


「先ほどお話した”真実の愛”の物語。やはりレイラント国には大恩があって……ごめんなさいね」


 さあどうぞ、とコルネリアが声をかけると、部屋の扉から現れたのはアレンだ。見間違うはずもない。


「な……! アレンさま……!?」

「本当にごめんなさいね。わたくしの想いとしては、恩義あるレイラント国の王子、アレン殿下にも幸せになっていただきたいし、フレイ、あなたにも幸せになってもらいたいのよ」


 そうして、アレンと二人、部屋に取り残されたのだ。

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