第41話 昔の話でしたよね
「フレイはどこまで知っていたかしら。”真実の愛”が広まったのは、ここトランブールからだというのは知っていて?」
フレイは小さく頷いた。
それは有名な話。街で暮らしていれば自然と耳に入ってくる。ジールが初めて工房を訪れたとき、”真実の愛”の商売のことで咎められるのではないかと思ったほどだ。
この答えはコルネリアも予想していたのだろう。
「そう。では、クラニコフが関わっていることは?」
穏やかな表情を崩さないまま彼女は問うた。
「それも……知っています。レイラントでアレン様たちと観劇にも行ってまいりましたし」
「まあ。原作と言われるお話ね。そういえば四人で出かけたと前に聞いたわね。どうだったかしら」
「え? 皆さん迫真の演技で、そのあまり観たことがなかったのでとても面白かったですが」
演劇の感想を述べてみたが、そうではなかったらしい。コルネリアは手のひらを左右に振った。
「いいえ。違うのよ。ジール殿下とアレン殿下、リーゼさんのご様子はどうだった? 楽しく、過ごせたかしら」
妙な言い方にフレイは首を捻る。
思い返すように斜め上に視線をやった。まだアレンの本性を知らなかった頃の記憶を懐かしくすら思う。
「アレン様とリーゼ様のデートのお邪魔ではないかと恐縮していたので……ああ、でも、アレン様のご様子は気になって。たしか、あの時に観た原作のお話が一番好きだと仰っていたんです。……ご自分の父親が婚約破棄して悪役になる物語なのに、どうしてかしらと思ったのは覚えていますけど」
「ふふ、さすがフレイよね。鋭いわあ」
「何がでしょう」
それには答えず、コルネリアは笑みを深くするだけだった。
「フレイは、あの物語で婚約破棄された女性が誰なのか知っているでしょう」
「ええ、コルネリア様でしょう?」
これは根気を試されているのかもしれない。なかなか進まないコルネリアの話をじれったく思いながらフレイは続きを促した。
「そう。アレン様のお父様から婚約破棄をされて、隣国の男と去って行った女がわたくし。主人がその隣国の男よね」
だからこそ幸せな愛の物語だとトランブールで人気になった。
トランブールの公爵コンラートが、一目惚れした女性を無事自国へ連れ帰ったのだから。それも婚約者の男から冷たく婚約破棄されたところを助ける形でだ。
「トランブールでは称賛の嵐よ。コンラートは元々皆に愛されていたから、それに拍車をかけるように。持ち上げられて、美談だと話は広められて、脚色されて、誰もがこんな”真実の愛”がほしいと望むようになったの」
今では”真実の愛”をモチーフにする話が数えられないほど存在し、親しまれている。それらの多くはコンラートとコルネリアをなぞらえて、婚約破棄の後、幸せになっていくのだ。
知っている話に、これまた頷いた。コルネリアはじっとフレイを見つめたまま言った。
「そこであなたは、その”真実の愛”を作ってはどうかしらと、仕事を始めたそうだけれども。──だからこそ、わたくしたちはフレイを迎え入れたの。気に入ってしまったから」
うまく繋がらない理由に眉をひそめると、コルネリアは微笑んだ。
「わたくしたちと同じようなことを考えるフレイのことを気に入ってしまったのよ」
愛おしそうに見つめられるのはこれまでにもずっとあったこと。助けてくれたのはずっとその微笑みだった。
(どういうこと?)
フレイを養子にするほどに気に入ったという理由が、”真実の愛”を作る仕事をしていたから。
そしてそれはコルネリアも考えていたことだと言う。
それは、つまり。
「──同じことをコルネリア様もされた、ということでしょうか?」
目を見開いたフレイを見て、コルネリアは大きく頷く。とても楽しそうに。
「ええ。あの原作は、わたくしたちが作り上げたもの。今のあなたたちと同様に」
その顔は、やっと種明かしができたと満足そうだ。
「フレイが今、ジール殿下に雇われて婚約破棄を手伝ったように、わたくしたちもまた婚約破棄を手伝ってもらったの。いえ、お願いしたのよ。他でもないアレン様のお父様──当時のレイラント国の第一王子様に。アレン様の反応を聞くと、おそらく彼はご存じなのでしょうね。ご自身の父親が何をしたのか」
だからレイラントには頭が上がらないのよ、とコルネリアは肩をすくめた。
弱みを握られているのかとも思ったが、そんなこともなく、ただ良い関係を築いているようである。
当時のレイラントの王子は、ただの好意で、周りからの評判を自らの手で落としたのだ。コルネリアをコンラートの元へ行かせるために。
「アレン様は、だから自分も、と思ったのではないかしら。わたくしのようにリーゼさんにも、愛を貫けるチャンスを、と。お父様に似て、とても優しい方ね。──ねえフレイ、あなた、アレン様から逃げ回っていると聞いたわよ。ここにも逃げてきたのですって?」
咎める様子は一切なく、雑談でもするような気安さで。
コルネリアはいとも簡単に、フレイが先延ばしにしていた問題を引きずり出した。どくんと心臓が鳴る。
「そんなに嫌がることもないでしょう? よくできた王子殿下じゃないの。いつものあなたらしく振舞えばいいのでなくて?」
話の矛先が過去から未来へ、がらりと変わって。
ついでにコルネリアの話からフレイの話へとするりと入れ替わった。
残念ながら、ケビンから逃れた先で、再び同じ問いを受けることになったのである。
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