第40話 昔話をしよう

 通された部屋にはクラニコフの公爵夫人が椅子に座って待ち構えていた。

 フレイの姿を見るや、にっこりと出迎えてくれた。


「おかえりなさい、フレイ」

「コルネリア様。ただいま帰りました。突然に押しかけてしまい申し訳ございません」

「そんな他人行儀に。わたくしたちはあなたのこと、とても大切に思っているの。こんな些細なこと、我儘だとも思わないわ。ここにはいないけれど、もちろん主人のコンラートもよ」


 優しい言葉に心が温かくなった。フレイももちろんこの心優しい人たちを愛している。

 無理難題を吹っかけてきたジールから守ってくれていたのは、ただ味方でいてくれたのは、クラニコフ家の面々だった。

 けれど。


「ありがとうございます。けれど、ずっと養子のままでいるかどうかはまた別のお話ですからね」

「ああん、冷たいわあ。相変わらず」

「真っ当なことを申しているだけのつもりですけどね!」


 貴族という人種は、人の話を一切聞かないものなのだろうか。

 ジールも、アレンも、そしてクラニコフ夫妻もまた。


「何度もお伝えしていますが、私なんてこの立派なお屋敷に相応しくありませんし!」

「あらあ、なんてこと言うのかしら。私なんて、と口にするのは全く愚かなことですよ。わたくしの聡明なフレイがそのようなこと、知らないはずもないでしょうに」

「そのような話ではございません! 公爵家とそこらの平民じゃ、格が違いすぎます」


 フレイは今、クラニコフ公爵家を名乗っている。もちろん勝手に名乗っているわけではなく、正式に手続きを踏んだうえでの行動だ。

 そうなってしまったのは、ジールからの依頼があったからというのもあるが、クラニコフ家からの熱烈オファーがあったからに他ならない。


「いいのよ、いいの。そんなものは。”真実の愛”を作ろうだなんて思ったあなたを、わたくしたちは気に入ってしまったの」


 養子にしてくれた理由を尋ねると、コルネリアはいつもこう言った。


「……馬鹿げたことを、とお思いなのでしょう」

「まさか。とてもおもしろいわ」


 穏やかに笑う彼女からは、言葉の奥を読み取れない。

 くすくすと肩を震わせるコルネリアはとても綺麗で、フレイは困ったように眉を下げた。


(こんな顔をされたら、踏み込んではいけない気がして強くは言えないし。私がこう思うのも、わかっていらっしゃるのだろうけれど)


 急に呼び出されるからどんな話をされるかと身構えていたが、思いのほか普通の話で気も緩んでいた。

 いつもどおりレイラントでの出来事を話し始める前にと、カップに手を伸ばしたところで、コルネリアが静かに口を開いた。話は終わっていなかったのだ。


「わたくしたちもね、”真実の愛”の恩恵を受けているの。だから”真実の愛”を作ろうと考えたあなたを支援したかった」


 フレイは伸ばしかけた手を止め、ぎょっと目を見開いた。

 それは今まで聞きたくても教えてくれなかった、コルネリアの胸の内。


「!?」

「ふふ、今まで話したことはなかったけれど、いい機会だから、話しておきましょう。クラニコフ家と、あなたの母国レイラントの関係を」


 嫌な予感がして眉をしかめた。

 そんなフレイを安心させるような口調で彼女は続ける。


「大丈夫よ。そんな顔をしなくても。フレイにとっても意味のある話になると思うわ」


 フレイを見る眼が、絶対に逃がさないと言っている。


(今日の本題は、これだったのね。今までは問い詰めても教えてくれなかったのにいきなりどうされたのかしら。まあ、いいわ。せっかく教えてくださると言うのだから、聞こうじゃないの。どうして私を、公爵家の一員にまでしてくださったのか)


 元々、ジールが計画を遂行するために用意した爵位は、落ちぶれた家系の伯爵だった。ジールが何と言ったのか知らないが、その買った伯爵名で一度練習を、とクラニコフ家で挨拶をしたのだ。少し会話をして、仕事の話もちらりとして、けれどそれだけだ。


 何故かコルネリアがやけに乗り気で「だったら公爵家のほうがいいのではないかしら」と言い始め、あれよこれよと公爵家の一員になってしまった。身に余るものだからと食い下がっても、結局受け入れてもらえず拒否できなかったのだ。


 あのときのコルネリアには、さすがジール王子の血縁ね、と頭を抱えたものだ。しかしその後は無茶ぶりがあるわけでもなく、根詰めるフレイが無理しすぎないように見守ってくれていた。ジールにも幾度となく忠告してくれていたようだった。


 それからはずっとコルネリアには気を許している。


 フレイは諦めて、それから腹を括った。

 すっと背筋を伸ばして座り直したが、コルネリアは少し驚いたように瞬いた。


「まあ、驚かせてしまったかしら。そんなに真剣になるような話でもないのよ。ただ、そうね、少し昔話をさせてくれないかしら。今、あなたに聞いてもらいたいの」


 そう言いつつ、彼女の目は真剣だ。

 喉の奥がごくりと大きく鳴り、向かい合うその目を見て頷いた。


「──どうぞ。お聞きします」


 何を言われるのかと感じた恐怖を、フレイは笑顔で覆い隠した。

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