第38話 どうにもイライラする

 

 イライラする原因は他にもあった。


「フレイ嬢、気は変わったか?」


 アレンが相変わらず目の前に現れることだった。


「あら、アレン様。ごきげんよう。婚約者探しは順調でしょうか?」

「はは、おかしなことを言う。婚約者は君だろう」


 探している素振りすら見せないのだから、顔を出さないでほしい。


「本日はどういったご用件で?」

「婚約者の顔を見に来たんだ。何もおかしくないだろう?」


 そう言って手土産を渡してくる。先日送り返したものだろうか。


「結構ですと何度も申し上げております。そんなものを準備される時間がございましたらぜひ私の願いを叶えてほしいものですわ」

「手厳しいな。気に入らなかったのかと別のものを用意したのだが」

「ええ、ですからそれが必要ございません、と。一時の婚約者にそのような品を用意なさらなくていいんです。もっと他の事に力を入れてほしいんですよ、婚約者探しとか」


 これまでの行動が全て偽りなのだとお互いに知った今、贈り物など体裁を守るための最低限でいいはずで。相手が気に入るものでなくてもいい。


「つれないな。こんなにステキな婚約者を目の前にして、別の婚約者を探すなどできるわけないだろう」


 淡々とした口調にさらに苛立ちが募る。

 フレイはとうとう口に出した。


「……以前から気にはしていましたけれど、まさかアレン様が約束を違えるとは思えず黙っていましたが……婚約者を探すつもり、ありませんよね?」


 図星だろうに、綺麗に笑う顔に余裕が感じられて、さらに苛立った。


「そうだな。できるなら、フレイ嬢がずっと婚約者であればいいと思っているし、君が諦めて伴侶になってくれるならこの上ないと考えている」

「一年の、契約でしたよね」

「ああ。契約は、一年だ。だが、君が望むならいつまででも延長可能だ」

「……望むと思います?」

「望んでほしいと、思っているが?」


 隠すこともしなくなった。フレイはきっと鋭く睨んだ。


「……あのですね、私が王妃だなんて馬鹿げてるでしょう。もう少し真面目に婚約者探しをされてはいかがですか」

「どこが馬鹿げてる」


 眉を顰めて首を傾げるから、大きく溜息を吐いてしまった。

 フレイは平民だ。平民を王の妃に据える国がどこにあるというのか。


「……あのですね、アレン様はご存じないのかもしれませんけれど、私の出自は」

「知っている。それも知った上で言っているんだ」


(え、知っている? 平民だと知った上で?)


 頭がおかしいのかと思った。


「政略婚に重きを置いていたアレン様がそんなことを仰るの?」

「前も言っただろう。君は、今、トランブールの公爵家のご令嬢だと。君との婚姻はトランブールとの関係をより強固にできる」

「いえ、ですが、それは作られた肩書で。私個人としては何の繋がりもない関係です」


「そんなものは別にいい。私は国のためとなる婚姻をしたい。愛だなんだと不確かなものに振り回されたくない。そして君もまた愛には懐疑的で、かつ金が好きだと聞いている。で、私には金はあるんだ。お互いにとっていいことしかないと思わないか?」

「いえ思いません」

「何故」

「何故って、それは。……私に王妃の大役は演技でも嘘でも果たせないからです」


 王を支える存在だ。そんなものになれるともなりたいとも、憧れたことすらない。

 してほしいとも頼んでいないのに、アレンはフレイをさも力づけるように言う。


「できる。君は賢い。リーゼの傍で聞いていただけで内容を覚えてしまうくらいにな。リーゼがこれまでしてきたことも君ならすぐに覚えられる。こなせる。そこまで難しいことをさせるつもりもない。君に、王妃は十分務まる」

「そんなまさか」

「私が保証しよう。他に言いたいことがあるなら言ってほしい」

「いえ、ほらお世継ぎの問題とかもありますし」

「ああ、そんなもの。君が私とはどうしても嫌だというなら、養子という手もある。近年は使われていないが、側室制度も消えてはいないし」


 ああ言えばこう言う。

 丸め込もうとしているようだが、絶対惑わされない。

 全てアレンの都合であり、フレイの気持ちを考えてはいないのだから。


「どうしてそこまで」

「面倒なんだ。私が妃に気を遣われるのも、気を遣うのも、背後の家にまで配慮しなければならないことも」


(ああ、それで)


 納得した。

 全ては自分のため。自分に都合の良い人間を手放したくないのだ。

 本性を露わにしたアレンは常にそうだった。それがずっと気持ち悪い。


「すみません、アレン様。どうにも気分が優れないので、本日はお引き取りいただいても構いませんか?」


 フレイがこめかみを押さえると、アレンは肩をすくめて仕方なさそうに帰って行った。


 気に食わなかった。何もかも。

 この場所から一刻も離れたくて、銀髪の執事を呼んで言う。


「申し訳ありませんが、実家に帰らせていただきます!」


 何度も思い直すよう引き留められたが、振り切って強行したのだった。

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