第34話 立たされた岐路
そして今、フレイはアレンの執務室にいる。
場所を移そうか、と言う笑顔のアレンに屈してしまい、問答無用で連れてこられた。
(え? アレン様なんだか怖いんですが?)
いつもと変わらない顔に見えるけれど空気が違う。感じていた優しさが消え失せたようだ。
「まさかあの場で逃げ出すとは思わなかった。何のために付き合ってたと思う?」
「……付き合っていた、とは」
一度ごくりと喉を鳴らして、伺うのはアレンの表情。
彼はふっと息を吐くように笑った。
(誤魔化せるなら誤魔化したい。けど、これは、やっぱり、ばれて)
強張るフレイを見て、アレンは腕を組む。
「──リーゼを私の傍から連れて行って満足か?」
(ひい。これは、バレていらっしゃる、確実に。しかも)
フレイはただただ縮こまって足元を見た。
怒気をはらんだ声は初めて聞く。
全てバレているとして、正しく自分は悪人である。
(今考えれば、残される私が一番危険じゃないの! 黒王子とリーゼ様はあの場から立ち去るんだから! いえ、私がその場で逃げようとしたのが早まったということかしら!?)
夜会の場で立ち去らなくても一度屋敷に戻り、それから消えれば良かった。
歓声の中で佇むアレンが気になって、少しでも力になろうとしたのだが、そもそもおこがましいことだったのだ。
(アレン様のために、と思って行動した結果がこんなことになるのなら、少しの情も残すべきじゃなかったのに)
自分の頭を殴りつけたい気分だ。
奥歯を噛み締めるフレイの頭上からアレンの声がした。
「まあ、冗談だ。リーゼのことは……リーゼも言っていたが、恋愛ではなかったから。あれは家族愛に近いかもしれん」
思わず顔を上げれば、アレンは口の両端を上げていた。それからそっと手が重ねられる。
アレンの手は温かかった。
「そんなに怖がらなくても何もしない。愛を囁き合った仲じゃないか」
どの口が、と思うほど、アレンの顔はただ愉しそうだ。
カッとなって、思わず手を払いのけた。
「く! あなたが囁いただけで、囁き合ってはないでしょう⁉︎」
反論にも動じた様子はない。ようやく頭の整理がついた。
(何が”真実の愛”信者よ。うっかり騙されて。アレン様は、黒王子と似た性格だったのね!)
そういえばアレンとジール、リーゼは仲が良かったと聞いていた。類は友を呼ぶ。彼ら三人は同類──腹はきっと黒いのだろう。
甘さの欠片もない、おかしそうに笑うアレンにはなぜだか腹が立った。
「そんなに怒らなくてもいいだろう? 楽しそうに笑う君が気に入っていたのだが。それとも全部演技だったのか?」
「何を……」
白々しいと眉を顰めたが、はたと気づく。
(って、アレン様はそもそもどこまで知っているのかしら。リーゼ様のことは未練があるわけではなさそうだけれど……婚約破棄の件に私が加担していることは知っているみたい。それはそうよね。私がいたから、婚約破棄を宣言したんだもの。でも私が誰と協力しているのか、とか)
探るように目を向けると、アレンは肩をすくめた。
「ジールが良からぬことを企んでいたことは知っている。リーゼも、それに乗り気だったということも。君が、ジールと契約を交わした人間だということも」
気が遠くなった。
(ああ、全部バレてますよね)
すん、と急に落ち着いた頭で自身の行動を振り返った。
(えーと。まずは王子に近づいて、気のある素振りを見せて、婚約者と別れさせて、逃げようとしたところを捕まった。今ここ)
もしかしなくても平謝りしなければ命は無い場面なのかもしれない。
アレンの手を払っている場合ではなかった。自分がした行動に血の気が引く。
何度も言うが、この場で悪者なのは、王子を騙したフレイだ。
(いえ、私も騙されてるのだから、おあいこ……いえ、立場が違うもの。王子に勝てるわけない)
夜会の為にあつらえた高級なドレスの裾をぎゅっと握って、今更ながらに後悔する。
ジールに無理やり巻き込まれたとはいえ、自分のお金好きから始まったこと。お金は欲しいが、お金で身を滅ぼしていては何にもならない。
すっと頭を下げた。プライドなんでものはない。
「どうか、命だけは」
しかし絞り出した声を遮るように、アレンは人差し指を立てたのだ。
「そこで、だ。私とも契約しようじゃないか」
「はい?」
その言葉とともに目の前に並べられた袋からは、金に輝くものが見えて──フレイの後悔を一瞬で揺るがした。
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