第33話 婚約破棄当日2

「アレン!」


 正装に身を包んだジールが立ちはだかった。視線を独り占めしてくれたおかげでフレイの動揺は上手く紛れたようだった。


(変に思われてない、よね? 急にアレン様がおかしなことを仰るから……黒王子ってば、ナイスタイミング!)


 内心感謝を告げながら、固唾を飲んで見守り続ける。


「アレン、今、婚約破棄と言ったか? 彼女は何か問題を犯したのか?」

「……いいや? 何も」

「見損なったぞ! お前が、婚約破棄などと口にするとは!」

「仕方ないだろう。私の真実の愛は、彼女ではなかった。それだけだ」

「……後悔するぞ」


 しないさ、と鼻を鳴らしてアレンは笑う。ジールはぎりと奥歯を噛み締めた。


「じゃあ問題ないな? 俺が婚約を申し込んだとしても」


 ジールは跪き、リーゼに手を差し出す。観客たちが息を呑んだ。

 目の前で行われた慣れ親しんだ流れに、次の展開を想像する者もいるだろう。


 フレイはというとジールを見直していた。


(ジール王子ー! ちゃんと王子っぽい! 今まで憎い憎いと思ってましたけれど、さすがに決めるところは決めるのですね……!)


 お姫様を助ける王子様そのものである。

 きりりと凛々しい眉で見つめた先は、もちろん。


「──リーゼ嬢、俺と一緒にきてくれないか。アレンのことなんか忘れて。必ず幸せにするよ」

「……ええ。ありがとう、ございます」


 逡巡したのち、リーゼはそっと手を重ねた。冷たい言葉を浴びせられて震えていたお姫様は、助けに来た王子様に無事救い出されたのだ。


 わあっと周囲が沸く。大喝采だ。


(よっし。これはもう大成功でしょう! リーゼ様もジール王子もさすがですね。肝が据わっておられるのか完璧な演技!)


 内心こぶしを握り締め、勝利を味わう。

 手を取り合って去って行くジールとリーゼを見送りながら、ほくそ笑んだ。


(ああ、なんか素敵な演劇を見た気分。これでお仕事は完遂だし、報酬は手に入るし、思い合う二人が結ばれて、幸せなことばかり。あとはこの騒ぎの間に私も逃げちゃおうかしら)


 この騒ぎに乗じて紛れてしまえば、本当にすべてが終わる。

 幸せ絶頂だろうジールから報酬をもらい、すばやく国外へ。あとは気ままな人生だ。


(だけど)


 歓声の中で佇むアレンの顔が気になって見上げると、立ち去っていく二人を無表情に見送っていた。

 大団円を見て盛り上がる観客たちの中に、彼一人を残していくのは気が引ける。


 が、けれど、と思い直した。一刻も早く自分がいなくなった方がアレンのためにもいいのではないだろうか。


(そうよ。アレン様は婚約破棄なんて不名誉なことをした。けれどそれは、婚約者以外の女に誑かされたからよ。それがなければ立派な王子様だった。アレン様がおかしくなった元凶の女が急に消えれば、全ての罪は女──私になるんじゃないかしら)


 そうなれば、騙されたアレンが可哀想だという声も出てくるかもしれない。落ちた信用を取り戻すまでにはならないだろうが、多少の取っ掛かりになれば、罪悪感も和らぐというものだ。


 最後に、としがみついていたアレンの服を強く握る。


(申し訳ございません、アレン様。私も仕事だったとはいえご迷惑をお掛けします。どうか、頑張ってください)


 これまで見てきたアレンは愚かには見えなかった。

 再び尊敬される王子に返り咲くことも、聡明なアレンならできると信じている。


 フレイにできるめいいっぱいの祈りをアレンの背中に捧げ、手を離す。

 一歩二歩と後ずさり、身を翻した。


(え……?)


 ぐいっと背後から手首を引かれたのだ。体勢が崩れる。倒れる、と思わず目を瞑ったが、受け止められた。思わず瞑った目を恐る恐る開くと、倒れた先はアレンの胸の中。


「どこへ行く? 私の愛するフレイ嬢」


 フレイは自身の甘さを呪うことになる。まさか逃げられないとは思わなかった。


 覗き込むアレンの顔は、まるでジールが乗り移ったかのような、悪魔の笑顔だった。

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