第30話 恋愛には向いてません

 

 リーゼから話を聞いた後も、相変わらずアレンは優しかった。


「この前の本、どうだったろう?」

「すごくおもしろかったです! まさかあの土地にそんな成り立ちがあるなんて、信じられませんでしたわ。とても勉強になります」


 貸してもらった本は面白かった。そう正直に感想を伝えればアレンは嬉しそうに微笑む。


「それは良かった。貸した甲斐もあるというもの。また気になるものがあれば言ってくれ。なんでも用意しよう」

「ええ、そんな。アレン様のお手を煩わせてしまうわけには」

「いい。本棚から本を取ってくるくらい、大したことではない。そう畏まらないでくれ。私が君にしてあげたいんだ」


 そう言われると、無下にもできず受け取ってしまう。なぜなら本を読むのはとても楽しい。


「でしたら、その、ありがたく、」

「そうしてくれ」


 心からほっとしたような顔を見ると、どうしても脳裏にちらついてしまう。

 何度も何度も消そうとしたが、余計にこびりついて消えてはくれない。


『別に、アレン様へ本気になっても構いませんのよ』


 リーゼの言葉が、楽しそうに弾む声色と笑顔とともに思い出されて。

 アレンが笑顔を見せてくれるたびに意識してしまうのだ。


(私がアレン様を気になっている、みたいにリーゼ様は仰った……けど、そんなことを言われたから余計に気になってしまうのよ! 私が恋愛なんて、するわけないのに)


 フレイにとって恋愛とは、滑稽なものだった。

 恋愛をして結ばれたはずの父と母は物心つくころには喧嘩ばかりで、誓ったであろう永遠の愛は嘘っぱちなのだと学んだ。

 親友のカレンは息つく暇があれば、あの人格好いいやら惚れたかもなんて口にしていて、あっという間に恋に落ちる姿を散々見てきている。


(一瞬で落ちる恋に、永遠を誓うなんて馬鹿げてる。私にはできない)


 というのが、フレイの本音である。


 じゃあ、長年の恋ならいいのかといえばそうでもない。

 そもそも恋愛は二人でするものだ。

 自分一人が熱を上げていたところで、相手もまたそうでなければ成立しない。

 一人では成し得ないのが恋愛だ。


 それが楽しいと思える人もいる。知ってはいるが、フレイには理解できないし、しようとも思わない。それぞれの個人のことだから、もちろん否定はしないけれど。


(いくら自分が永遠を誓ったとしても、相手もそうだとは限らない……難しいのよ恋愛は。自分だけではどうにもならないもの)


 だから、本当のところ、工房に依頼してくれた客たちのことをずっと不思議に思っていた。

 もちろん”真実の愛”作りの協力は惜しまない。心から上手くいってほしいとも思う。

 ただ、自ら茨の道に進んで行くなんてツワモノね、と敬意を込めて見ていた。

 自分は、相手に左右されてしまう恋愛には手を出せそうにもないから、と。


(確実に言えるのは、私が恋愛に向いていないってことよね)


 うんうん、とフレイは自身を振り返る。

 ”真実の愛”が流行っている。今よりも幼い自分もまた気にはなっていた。けれどどう考えても恋愛に良さを見出せない。今でもその考えは変わっていない。


 ──それをリーゼは、あたかもフレイがアレンのことを好きだとでも言うように。



 こっそりと目だけを動かし、アレンの様子を伺った。

 隣に座る彼は、初めて会った時からは想像もできないほど顔を緩ませていた。


 時間があればフレイに会いに。

 時間がなければ、時間を作り。

 これまでは面倒だと言っていたのにいそいそと外出までするようになった。

 あらゆる店にともに訪れ、プレゼントも欠かさず、常に手を引いてエスコートするその姿は、フレイに会う前のアレンとはまるで違っていて。


 アレンがフレイに夢中で、他のことには手も付かない、という噂さえも信じてしまいそうになるほど。


(ああ、恋してる人って、こんな感じよね。依頼にきてくれた人も、黒王子も、カレンも、みんな)


 相手を想って、がむしゃらに。そんな姿はフレイにはとても眩しい。


 いつの間にかじっと見つめていたのだろう。

 視線に気づいたアレンがいっそう眉尻を下げて微笑む。考え事をしていたから一瞬聞き間違いかと思った。


「ああ、君といると楽しいな。君が婚約者だといいのに」


 それはアレンが決して口にしてはいけない言葉。そして言われるはずもない言葉。

 依頼達成だと嬉しく思う間もなく、どくどくと鳴る心臓を押さえながら、拳を握りしめた。

 アレンはこちらを向いたまま。どうやら聞き間違いではないらしい。


 ゆっくりとアレンを見て、首を傾ける。こんなこと、聞く予定なんてなかったのに。


「……私のこと、好きなんですか?」


 このときのアレンの顔を、ずっと忘れることはないだろう。

 こちらを覗き込んで目を細め、唇はぐっと弧を描いた。その姿は逆光で、はっきりと見えた紫の瞳だけが目に焼き付いたのだった。

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