第29話 手のひらの上2
にこりと微笑む姿から諦めが感じ取れた。
自分たちの力ではどうにもできなかったからこそ、フレイに声がかかったのだろう。
(高貴な人には高貴な人なりの悩みがあるのね……私には考えもつかないことだったけれど、そっか、別に好きだから婚約しているわけじゃないのよね)
新聞で読んだ記事には、幸せそうな二人の絵姿が描かれてあって、これからの国の繁栄を期待する声が載っていて。
婚約している二人が幸せだ、と信じてやまなかった。幸せ以外の感情を持っていると想像すらしなかった。
考えれば当然で。幼い頃から婚約している二人は、好きだ嫌いだと異性を認識するよりも早く、相手が決められている。
それがいいのか悪いのか、フレイには判断できないけれど、親友であり”真実の愛”を追い求めるカレンならば不憫だと嘆くかもしれない。
しかし、リーゼはきらりと希望に満ちた目を向ける。
「ですが! アレン様は今、フレイさんにはとても興味がおありのようで。最大のチャンスがきたと思っていますの」
「?」
「フレイさんにはこのままアレン様を骨抜きにしていただいて、”真実の愛”の物語のように、わたくしに婚約破棄を突き付けてもらえるよう画策していただきたいのです」
「………………えーっと? それはつまり以前に見た演劇のような?」
訝しげに眉を顰めるフレイにリーゼはこくこくと頷いた。
ますます眉間のしわは深くなる。
「……アレン様を誑かせとは、こういうことだったのですか。私にあの舞台女優のように王子様の後ろに隠れて、リーゼ様を陥れる役をやれと仰る?」
「ええ」
涼しい顔に、これも計画の一部なのだと理解する。
幾度となく吐いた溜息を、また落とす。何度吐いても気分は晴れない。
(……ほんとにこの人たち、大丈夫なのかしら? 確かに思っていたよりはアレン様に好感触だし、さすが私! と思ってはいるけど。当然のようにできると思ってるのがすごいというか……自分たち中心というか……)
アレンにはたまたま目を掛けてもらっているだけだ。屋敷から出してもらえなかったというフレイの設定を真に受けて、憐れに思って、それで気遣ってくれているだけ。
上手くいっていると見えてはいても、物珍しさからの興味など長く続くものではない。
「お言葉ですが、そう上手くは行かないと……」
「ええ、わかっています。ですから短期決戦よ。考える時間も与えず素早く終わらせましょう!」
「ええ……?」
聞けば近々、王子も参加する大きな夜会が開かれるらしい。そこで婚約破棄を言い渡してもらいたいのだ、と言う。
(そんなバカな……作られた物語ではないのだし、そんな簡単に思い描いたとおりになるはずが……。できたところで、そんな大勢の前で……?)
混乱と重圧からフレイは憤る。
き、と睨んだ先はケビンである。
「もう! ケビンはいつから知ってたのよ!」
「いやいや俺も少し前に聞かされたばかりさ」
「本当でしょうね!!!」
へらりと笑う男が憎らしい。この期に及んでまだ他人事気分なのだろう。
さすがにリーゼ相手には怒りを向けられないので、ケビンは格好の的だった。
人目がないことをいいことに愚痴を零しまくった。
が、リーゼの言葉で我に返る。
「それからもう一つ」
「なんでしょうか?」
また何か言われるのかと嫌々ながら返事したけれど、リーゼは意に介した様子もない。それどころか余裕たっぷりに頬に手を当てた。
「先ほどもお伝えしましたけれど、わたくしたちは政略的な婚約ですから、別に、アレン様へ本気になっても構いませんのよ、とお伝えしたくて。……全てをお話することに決めましたの」
まるで恋の話でもしているように、リーゼは楽しそうに笑う。
何を言い出したのかと思った。
フレイの顔を生温い風が撫でる。
「恐れ多いことですよ……」
間髪入れずに受け流してはみたけれど、自分の心臓の音がやけにうるさく聞こえた。
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