第28話 手のひらの上

 

「どうしてこんなところに」

「わたくしがお呼びしましたの」


 フレイが戸惑うと、リーゼは、ほほほと笑う。


「彼は、あなたの工房の方ですよね」


 へらへらと笑うケビンを思わず睨んだが、仕方のないことだろうと思う。

 なぜならフレイのところには何も報告がない。


「ちょっとケビン! これじゃああなたの雇い主がどちらかわからないじゃない!」


「ごめんなさい。わたくしが少々口止めをお願いしてましたの」

「ごめんな、フレイ。しばらくの間だって言うし、フレイにとっても悪い話じゃないと思ってさ」


 二人から謝られてしまっては、怒る気も失せる。

 知っていても知らなくてもやるべきことは変わらず。知らないまま行動させられた結果、悪くない状況になっている。もし知っていたからといって現状よりもよくなっている自信もない。

 これ以上怒れるはずもなかった。


「……ええっと、彼がそうだと、いつお気づきに?」


 額を押さえつつフレイは問う。

 素の仕草をリーゼは咎めることもせず笑って、


「はじめから」


 と言った。

 もはや大きな溜息を吐くしかない。


「あーーーー、もう、これがヒント、ですか?」

「ふふ、ええそうよ」

「もっとわかりやすくしてくださればいいのに」


 ケビンがリーゼの屋敷に紛れ込む、その手筈を行ったのは他でもないジールだった。


(他国の王子が、リーゼ様……公爵令嬢でありアレン様の婚約者に使用人を紹介できる?

 そんなこと、普通、できるはずないわ)


 リーゼ本人の力添えがなければ。


 つまり、最初から、リーゼとジールはグルだったのだ。


「いや、ほんと。そうならそうと仰っていただければ、わざわざケビンを使用人にしなくても済んだのでは」

「ふふ、申し訳ありませんわ。わたくしたちもあなたたちの力を知る必要がございましたの」


 恨みがましい視線にもリーゼは一切動揺を見せず謝罪の言葉を口にする。確信犯だ。


(うう……っ、これもまた、試されてたのね……!)


 ケビンを送り込んだ理由。

 ジールの言うリーゼとの関係が事実なのか調べるためだった。


 フレイたちの仕事が正当なものなのか。正確に状況を見極められる能力はあるのか。

 情報収集に協力的だと見せかけておいて、見極められていたのはこちらだったということ。


 フレイは怒りやら情けなさやら悔しさやらが混じる感情を息を吐いて逃す。


(そうよね。頼む人間の力量は気になるものよ。だから私は成功率が上がる仕事しか請け負わなかったのだし。それが高位な王族貴族でお金もあり、見定める能力も人脈もあるなら、余計知りたくなるわ)


 気に入らないけれど、納得はする。

 溜息を吐きつつ眉を寄せた。


「で、他に隠し事はないのですよね?」

「ええ」

「……どうして話していただけたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 そもそもそのためにフレイに明かしたのだろう。フレイの問いにリーゼは小さく頷き、話し始めた。


「まず、思った以上の成果が出ていて、認めざるを得なかったことが一つ」


 アレンがフレイに対して時間を割き始めたことだ。


「これまで、彼はわたくし以外の女性に目を向けたことはなかったの。だから正直に申しまして本当に驚いていて」

「そういえばジール王子も驚いていました」

「そうでしょう。だからあなたにもちゃんと話しておこうと思って」


 どう役に立ってもらうつもりなのか。

 伝えるタイミングは、ジールからはリーゼの判断に任せると言われていたらしい。

 何を言われるのかと思うと怖いが、その前に気になることがある。


「……アレン様がリーゼ様にしか興味がなかったと仰いましたが、そんなお相手との関係をすっぱりと切れるものなのでしょうか」


 微笑みとともに向かいの金髪が揺れた。


「疑わしく思われるのも仕方ありませんが、わたくしとアレン様は政略的な婚約ですわ。恋愛感情は誓ってございません。──お互いに、ね」

「アレン様も?」

「はい」

「でしたら! わざわざこんなことをされずとも、お二人で話せば!」


 大きく頷いたリーゼに思わず声を荒げた。

 手のひらの上で踊らされ、その上無意味なことをさせられていたのでは、堪忍袋の緒も切れるというもの。


 リーゼは目を伏せた。


「──不可能なのです。何のための政略結婚とお思いですか? 本人の意志など反映されないのが政略結婚。そしてアレン様はそれに抗うつもりはございませんの」

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