第27話 意地悪な金髪の女神


 案内されたのは、王宮の一角。

 庭園横にある丸みを帯びた屋根の下、テーブルの上には簡単な茶会のセットが並べられた。


 庭園に咲く花が一番綺麗に見えるこの場所は、リーゼのために造られた。アレンからの贈り物だと以前新聞で読んだことがある。


(素敵なプレゼントをされるのね~なんてあの時は簡単に思っていたけれど、今! 今ここに連れてこられるのは違う気がするわ!)


 リーゼからの申し出を断れなかったフレイは今、その素敵な贈り物の中で、リーゼと向かい合っている。


(これはもう、牽制、以外のなんだと言うの……!)


 この場の重苦しい空気を考えると、泣きたくなる。

 つい先ほどだ。アレンとの噂を聞いても態度に表れない方なのね、と思ったばかりなのに。


(それもこれも、あの侍従たちのせいよ! 話してたことについては別にいいのよ。私もその通りだと思うし? だけどタイミングというか場所というか、そういうのをもっと考えてほしかっただけ。何もリーゼ様と私が揃ってるときに言わなくたっていいじゃないの)


 内心荒れ狂っていたが、にこにこと笑って準備を進めていくメイドを眺めていた。

 どうか準備が終わらないでほしいと思いながら。


 が、その願い空しく、茶会の支度はするりと整えられてしまう。


「ありがとう。あなたは下がっていいわ。しばらくここには誰も近づけさせないようにお願いね」


 リーゼは早々と人払いも終わらせてしまった。

 緊張で早くなる心臓を抑えようと向かいの金の髪を見る。靡くそれは光の加減でキラキラと輝く。

 女神のような彼女は、周囲に人がいなくなると、にっこりと微笑んだのだ。


「最近、アレン様と二人でよく会っているのですって?」


 美人は笑っていても怖いのだと、フレイは身に持って知った。


「ええ、その、慣れない国だからと気にかけてくださっているようで」


 目を逸らしたくないが、圧に負ける。

 若干しどろもどろなのは大目に見てほしい。

 ぐ、と腹に力を込めて対峙したフレイの前で、リーゼは手を合わせた。


「さすが、すばらしいわ!」

「…………は?」


 思いも寄らない言葉に感じた威圧感も吹き飛ばされた。

 リーゼはなお微笑みながら語る。


「お仕事にしている方はやはり違うのかしら。アレン様がこんなにあなたのことを気になさるなんて! 正直に申し上げますと、あまり期待はしていなかったのですけれど、わたくしが間違っておりましたわ。あなたにお願いして本当に良かった」

「……え、ええ?」


 ここまで聞けばフレイも察した。


「すべて、ご存じで?」

「ええ。もちろん」

「いつから、ですか?」

「はじめから。あなたの社交デビューのときにはじめてお会いしましたが、この方が例の、とじっと見つめてしまったかもしれませんわ」

「ええ……?」


 どっと脱力した。

 であれば、文句の一つも言いたくなる。堪えきれず眉を顰めた。


「でしたら、早く教えてくださればよろしいですのに」

「そうすれば気を揉むこともなかった、でしょうか」


(う。バレバレじゃないの)


 リーゼの言う通り、事前に知っていれば、アレンとの噂を気にすることもなかったし、リーゼからの圧も感じる必要がなかったし、リーゼの想いも案じる必要はなかったのだ。


 それをあえて教えてくれなかったということは。


「これは……私の演技力が試された……のでしょうか」

「ふふ、いじわるだったかしら」


 意地悪には違いないが、仕方のないことだったのだろう。

 リーゼとは本音で会話はしていない。信用しろという方が無理な話。

 事前に知っていたとしたらリーゼとの距離感や行動のどこかに違和感が出てしまっていたかもしれない。


(はあー、依頼人たちの真実の愛づくりのために、店員に扮したり友人を装ったり元カノを演じたりしていたことが役に立ったのかしら。人生何が役に立つのかわからないものね)


 知っていると明かしてくれた今、及第点だったのか、ひとまずの信用は得られたようである。


「今日この場に連れてこられたのはやはりあの侍従たちがきっかけで?」

「まあ、わかりましたか? ええ、おっしゃる通り、あの子は口が軽そうでしたから」


 にこにこと笑う女神が少し憎らしい。

 無駄口の罪が無罪放免だったこともこのためだったに違いない。


「リーゼ様もお人が悪い。彼女に広めてもらうつもりですね? リーゼ様が最近アレン様の周りをうろちょろしている女をとうとう呼び出した、と」

「ふふ、いいでしょう? 普通、愛する婚約者にちょっかいをかける女性がいればそのくらいのこと、するでしょうし。それに婚約者という立場上、しておかなければ世間体もよろしくありませんし」


 さも当然とばかりに頷く彼女は凛としていて強くて聡明で、それでいて少し、悪だくみをするジールと似ていた。

 フレイの中で出していた結論が、確証に変わる。


「……ジール様から聞いてはいましたが、やはりリーゼ様はジール様との婚姻をお望みなのですか?」


 リーゼの口ぶりでは、アレンに対して恋愛感情は一切無さそうに見えた。

 この場所にフレイを呼んだのも、世間体のために必要なことだから、と。


「そうよ。あなたがアレン様とわたくしのことで気を揉んでいたことは知ってはいましたけれど、わたくしに対しては気になさらなくて結構でした。けれどヒントは与えていたつもりでしたわ」


 ジール様もわたくしも直接的にはお伝えしておりませんでしたけれど、とリーゼは付け加え、手元にあった小さなベルを一度鳴らした。

 すぐにやってきた男の顔はよく見知ったものだった。


「ケビン!!!あなた!!!」

「やあ、フレイ。久しぶり」


 リーゼの屋敷で働いている内通者にしては、随分気さくで馴れ馴れしく。

 使用人としてもあり得ない態度で、ケビンはフレイに向かって片手を挙げた。

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