第25話 変化


 観劇デートから早数ヶ月。

 フレイは最近思うことがある。観劇の後、アレンの様子が変わってきた。


 もはや恒例のようになってしまったアレンからの手紙を眺め、ひらひらと揺らす。

 視線を移した先、机の傍らにはアレンからの手紙が綺麗に積んであった。

 内容は、いつも変わり映えはしない。


 庭園に綺麗な花が咲いただとか、どこぞの菓子が美味しかっただとか、愛馬の様子だとか。

 本当に他愛のない、日常の話。

 時々プレゼントも届いた。初めて二人で出かけたときにもらったお土産の数々には唖然としたため、こんなにたくさんは貰えないと主張したところ、小分けにすることにしたようだ。


 おかしなことではないはずだ。

 もしも婚約者同士……もしくはどちらも婚約していない男女であったなら。


(それにこれよ! これ!)


 とんとんと指でその一文を叩いた。

 手紙の最後には必ずそれが付いてくるようになったのだ。


(”また一緒にいかがですか”……って)


 もちろん誘われれば、「喜んで」と答えるのがフレイである。その方が都合がいいからだ。

 だから王妃やリーゼのために王宮へ足を運ぶたび、アレンにも会いに行った。

 彼もまた、フレイと会うための時間を捻出してくれているようで、どんなに少しであっても必ず会うことができた。


 ただ問題は、アレンとリーゼの時間がだんだんと失われていったということだ。


 元々王妃教育でリーゼは忙しい。しかし授業にはフレイも顔を出しているため、忙しさは同等……とまではいかないけれど、スケジュールは似通っていた。その予定の合間をフレイがアレンを独占したのである。


 面白くないのは、その状況を知る王宮の人間だ。

 理想のカップル、アレンとリーゼの仲を裂こうとする厄介者ポジションにめでたく収まってしまった。


 なぜならアレンは、フレイのために時間を作ることを決して嫌がりはせず、むしろ嬉々として作っているようだったし、外出もするようになった。

 リーゼとの外出時は期待されすぎて、一大イベントのようになってしまうのが億劫だったのかもしれないが、明らかに気軽に出かけるようになったそうだ。自らプレゼントも選び、笑顔も見せる。


 アレンの気持ちがフレイに移ってしまうのではないか、フレイに誑かされているのではないかとほんの一部でではあるが、噂されるようにまでなってしまった。


「よかったじゃあないか。順調そうで。今、俺は君に頼んで良かったと思っているよ?」


 ジールが楽しそうに笑う。本当に機嫌が良さそうだ。


「これは……好かれているということでしょうか」

「でしょう。言っとくけど、こんなこと君が初めてだよ。俺が見てきたアレンは、女性と出かけることもなく、手紙を交わすこともなく、まして笑顔でお茶を飲むだなんて、あり得ないことだ」

「ですが私は雇われた身で」


 王子の恋愛対象が庶民だなんて、それこそあり得ない話。


「何を言ってるの。今、君は公爵令嬢だ。じゅうぶん王子の相手に相応しい家格なんだよ」


 突然現れた隣国の公爵家の娘。

 珍しい存在に興味を引かれてもおかしくはないと思っていたけれど。


 もう一度手紙を見て、目を伏せた。


 戸惑っていた。状況にもアレンの態度にも。そして自分にも。




 ◇◇◇




「先日頂いたインク、とても素敵でした。ありがとうございます」

「いいや。使ってみると書き心地が良かったものだから、フレイ嬢にもどうかと思ったんだ。気に入ってもらえたようで嬉しいよ」


 今回は王宮のテラスだった。席に座ると王妃のおすすめのバラがよく見える。


「どうだ、授業の様子は?」

「さすがリーゼ様、先生からは何を聞かれてもすらすらと答えていらっしゃいます。もう私がお部屋にいなくてもよいのではないでしょうか」


「何を言う。リーゼも君のおかげで頑張れると言っていた。リーゼのためにもまだ見守っていてはくれないだろうか。君には本当に世話を掛けてしまっているが」

「いえ、こちらこそ貴重な機会をいただいておりますのに」


 会えば必ず聞かれるのが授業の様子だった。

 リーゼの状況が気になるのだろう。聞かれるたびにフレイはありのままを答える。といってもリーゼの授業態度は完璧で、自分が意見するのもおこがましいほどだった。


 王妃とリーゼの頼みだからこそ今なおリーゼとともに授業部屋に入室してはいるが、何もしていないのが現状だ。


「だが、そのおかげで君ともこうして会う時間が取れる。リーゼと母上に感謝しなければ」

「……私もアレン様とお話できること、とても楽しみにしていますから」


 整った笑顔がまるで自分に向けられているような錯覚に陥る。


(合ってるんだけどね! ここには私しかいないのだし、アレン様も私に微笑んでくれているのは間違いないのだけど。ただ……まるで本当にアレン様の想い人が私なんじゃないかというような感覚が、消えないというか。もしも恋をしたら、こんな感じなのかしら、って)


 自分の恋愛には興味がない。真剣に向き合ったこともなかった。

 だからこうして二人で会って、話して、笑い合って、楽しいと思っているコレが、恋愛の一端だと言うならそこまで毛嫌いするものでもないのかもしれない。


(なんてね。恋愛なんて何の確約もないものに、挑戦はできないけど)


 これは言うなら擬似的な片想い。しかも期間限定だ。

 だからほんの少し、興味が湧いただけで。


 アレンの眩しい笑顔を受けながら、ようやく見慣れてきた王宮の中で、フレイはぼんやりと考えていた。


 ただ、アレンと話すのは、とても楽しかった。

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