第24話 なんと二人で出かけることに2


「今日は連れ回してすまなかった。疲れさせてしまったな」

「いいえ、これまでお店を見て回ることはありませんでしたから、とても新鮮でした。私の方こそ落ち着きがなかったかもしれません」

「気にするな。そんなことはない。楽しそうなフレイ嬢を見られて良かった」


 一切の照れもないアレンは慣れているのか、社交辞令なのか。

 台詞と顔の良さに少したじろぎつつ、フレイはにこりと微笑んだ。


「……本日はいろいろとお店を見て回りましたけれど、アレン様のお好きな品物はございましたか?」


 先日までのアレンとはどこか態度の違う様子が、妙にむず痒く、落ち着かない。


 話題は変えるに限るとばかり、プレゼント選びの話を持ち出すことにする。

 目的だったプレゼントがまだ決まっていない。たくさんのお店に行ったけれど、アレンからは特に要望もなく──。


 向かいのアレンもまたにこりと微笑んだ。


「フレイ嬢が選んでくれるのだったろう?」

「!?」


(ええええ!? そういえば馬車に乗り込むときにそんなことを言っていたような? でもあんなの絶対冗談だと思うでしょう! あれきり何も言われなかったわけだし。え、何、決まらなかったのは私が選ばなかったからだと言いたいの!?)


 声には出さず心の中に留められたのは、フレイの強靭な精神の賜物だった。


「申し訳ございません。てっきりアレン様ご自分で選ばれるものとばかり。たくさんのお店を回っていただきましたのに……後日改めて届けさせていただきますね」


 湧き上がる怒りを抑え、ほとほと困ったように言えば、アレンは即座に首を振った。


「いや、結構だ。そもそも今日はフレイ嬢と出かけることが目的だったから。思った通り、君は何を見ても珍しそうに目を輝かせるから見ていて飽きないな。良ければまたともに出かけてくれないか?」


 そう言われては、フレイの答えは一択である。


「ええ、もちろん、喜んで」


 涼しい顔で頷いたものの、再びどこかむず痒さを感じていた。

 けれど認めてしまうのは違う気がして、気づかなかったことにした。







「ちなみにフレイ嬢、今日見た店で何か気になるものはあったのか?」


 しばらく菓子を堪能したあと、アレンは首を傾げた。

 そのタイミングに、落ち着くのを待っていてくれたのだと気づく。

 ささっと口元を拭って、本日鑑賞した美術品たちを思い浮かべた。


「ええ、そうですね。たくさんありますわ。初めに訪れた宝石商では、もちろんどの石も装飾品も素敵でしたが、一番はあのエメラルドでしょうか」

「見る角度で色が変わる?」

「ええ! それです。わかります? もしかしてアレン様も気になっていらっしゃいました? とても不思議で見入ってしまいました」


 真っ直ぐに見れば紫色に見える宝石が、少し横から見ると碧っぽく変化するのだ。

 その様子が面白く、何度も首を傾けていた。


「あれは外で見ると、また違った色になるらしい」

「え、本当でしょうか! それはまた気になりますが……」

「ああ、私も気になった。次は外で見せてもらうことにしよう。……他には?」


 聞かれて、また見て回った店内を思い浮かべる。


「それから文具店では……」

「ガラス製のペンだろう」


 見事言い当てられたことに驚きながら、やはり誰しもが目を引く逸品だったのだと大いに納得した。


「ですよね! あの複雑な加工。どのように作られているのか気になりますね。職人の技術を見せつけられている気がします」


 アレンがくくっと笑ったので、見慣れない顔に思わず口を閉ざした。


「花屋はバラか?」


 またも正解である。戸惑いながらも大きく頷いた。


「そうですね、やはり王妃様の影響でバラにはまず目が行きました。アレン様もでしょう? あとは変わった色のお花が多かったような印象です。普通はピンク色の花びらが紫色だったり」

「ああ、あれは品種改良に力を入れている店でな」


「あと馬のことは……私にはあまりわかりませんけれど、あのお店の方はとても親切でいろいろ教えていただけましたし。楽しかったですわ」

「私もあの店主を気に入っていてな。馬の話をすると止まらなかったり風変わりな馬具を入手していたりと面白いんだ」


 王室御用達の菓子店で、優雅な休息。


(王子と二人でお茶だなんて、平民の女が経験していいものじゃないわよね)


 と思いながら、フレイはふふっと微笑んだ。

 会話も弾み、まるで普通のデートのような、和やかな時間を過ごしていることが不思議でならなかった。



 後日、フレイの元へ届けられた贈り物の数々に青ざめることになるのだが、まだ知る由もない。

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