第23話 なんと二人で出かけることに
観劇デートから早数週間。
アレンからの手紙を眺めながら、口元を緩ませる。
(順調な気がするわ! 本当、怖いほどに! 私ったらこんな才能もあったのね!)
なんだか空気が重かった観劇の後、それでも言わなければとお礼の手紙を書いた。
以前ジールも手紙のやり取りができればなあ、と言っていたこともあり、もし返事があればそれも可能かと目論んでいたのだが。
予想していたよりもずっと早く、アレンからの返事が届いたのだ。しかも内容は、空気を悪くしてしまった謝罪で、なんとお詫びのプレゼント付き。
プレゼントをもらっては、返すのが道理というわけで。
何か欲しいものはないかと手紙を出せば、なんと一緒に出かけることになった。
しかもあろうことか二人きりで、だ。
(婚約者のいる身で別の女性と二人で出かけるのはタブーだと聞いたけれど、いいのかしら)
王子たるもの、知らないはずのないルール。
しかし、フレイにとっては願ってもない都合の良いイベントだ。
みすみす逃すわけにはいかない。
(リーゼ様には悪いけど……って、黒王子と恋仲だもんね、気にしなくていいんだったわ)
正確には、恋仲かどうかの証拠は得られていないのだが、フレイの中ではほぼそうだろうという結論に至っていた。ジールが、思いを寄せるリーゼに対して嫌がることをするとは思えない。
リーゼに関しては気にしないことにしようと決意する。
であれば、計画は順調そのものだ。フレイは満足そうに腕を組んだ。
そんなこんなで出かける当日は、普段よりはだいぶ気合いを入れて準備してもらった。
アレンと出かけるということに、ジールはもちろん、執事に使用人たちもそれはそれは驚き、いそいそと手伝ってくれたのだ。
ヘアアレンジに洋服選び、ボディマッサージに香水やメイク。王室御用達のお店での立ち居振舞いや話題提供などなど。至れり尽くせりに涙が出るほどだ。
(すべては黒王子のためとはいえ、みんなよくしてくれる……私も、頑張って情報収集してこなくっちゃ! 王子を相手にするなんて今後の人生であり得ないことよ。こんなチャンス、逃してなるものですか)
気合い十分のフレイである。
そうして迎えにきてくれた王子は、お忍び用の馬車で現れ、手を差し伸べてくれた。
どう見てもエスコートだ。
「!?」
フレイも、見送りに来たジールもぎょっとしたが、恐る恐る手を乗せる。
これまでにアレンは、リーゼを除くどんな女性の手も取ることがなかったと聞く。
一瞬で遠のいた気合いを引きずり戻す。
「……まあ、お優しいのですね。ありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたしますね。素敵なお品が見つかるとよいのですけれど」
「ああ、今日ともに出かけられること、楽しみにしていた。君が選んでくれるのだろう?」
「え?」
聞こえたとんでもない発言に思わずアレンを見たが、彼は平然と口端を上げていた。
「では、ジール。少々出かけてくる。無事に送り届けるから心配はいらん。それじゃあ」
アレンの合図で馬車は颯爽と走り出した。
見送るジールの顔は、鳩が豆鉄砲をくったようだった。
馬車に乗り込んだフレイは、アレンの指示のもと、連れ回された。
宝石商に洋裁店、筆記具などの小物や花、靴、剣、そして馬具。
どの店でも物珍しさに目を輝かせた。美術鑑賞的な感覚で商品を見て楽しんではいたが、そろそろ疲れてきていた。
「あの、アレン様。お気に召した物はございまして?」
「ああ、疲れさせてしまったか。次の店で最後にしよう」
そう言って連れて行かれたのは菓子店だった。
この店でもやはり、これまでの店と同様の反応をされる。フレイの疲れる原因がこれだった。
「アレン様! わざわざお越しいただきありがとうございます。呼んでいただけましたらすぐに伺いましたのに。ですが、店の者もアレン様のお顔を拝見することができ活力となったようでご来店誠に感謝いたします。……して、本日は……?」
その後は必ずフレイを見る。見慣れない顔に戸惑うのだろう。
隣にいるはずのリーゼではないのだから当然のこと。それに対してはフレイも何も思わない。
おかしいのは、アレンの対応だった。
「ああ。私の友人で、最近気になるご令嬢だ」
(なんでしょうか、それは。)
心の中で突っ込むのもいい加減つらくなってきた。
店側も絶対思うことはあるはずなのに、一流店であるがゆえなのか、それともよくあることなのか、それ以上深く尋ねることもしない。
「左様でございましたか。 本日はこちらで召し上がりますか?」
「ああ、頼む。少しゆっくりとしたい。部屋を準備してもらえるか」
「かしこまりました」
そうして通された個室で、フレイはようやく、ほっと一息をついた。
思いのほか疲れていたようである。
(いえ、仕方ないと思うの。だって今日一日で回りすぎでしょう。一つのお店にじっくり滞在することもなく次々と別のお店へって)
向かいに座るアレンには疲れの色は見えない。プレゼントの品が決まらなかったことに焦ることもなく困るでもなく、平然として。
まるで、何もかも想定済みだったように。
じっと見つめてみても、何を考えているのかさっぱりと読めなかった。
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