第22話 何も知らずに終わりたかった
アレンは真面目な顔で頬を掻いた。
「これが一番好きなんだ。流行りの”真実の愛”だが、やはり原作が一番いい」
おそらくフレイ相手にそう呟いて、また舞台へと目をやった。
王子役の男性が婚約者に婚約破棄を言い渡し、その女性を助けようと男性が割り込むシーンだった。割り込んだ男性こそ、現クラニコフ公爵のことである。
「背景も知っているからか、一番現実味があって。なあ、ジール」
呼びかけられたジールはゆっくりとした動きでアレンを向き、にかっと笑った。
「そうだなあ。俺も小さい頃はよく聞かされたからね。叔母……公爵夫人も若かったんだと思うけれど。でもフレイには詳しく聞かせていないらしい。あまりかき乱さないように頼むよ」
「そうだったか。言い聞かせてそうなものなのに。今後気を付けよう」
フレイはクラニコフ家の令嬢、という設定だ。
つまり、公爵と結ばれた女性──王子から婚約破棄を言い渡された女性の娘ということ。
ついこの前養子になったばかりのフレイでは、詳しい話は難しいだろう、というジールの気遣いだった。
庇ってくれたことに気づき、フレイは口を噤む。
(余計なことは言わないようにしなくちゃ。こんなところでバレたら勿体ないし)
それからは黙って、演劇に集中した。
フレイは意識して口を閉ざしていたが、他の人がどうかは判断できない。
静かな空間に、役者の声だけが響いていた。
『王子だからといって何をしても許されるとは思わないように!』
『ああ、うるさいな。君は黙って立ち去ればいいんだ、その目障りな女を連れてな』
『言われなくてもそうしますよ! 彼女と国へ戻れるなんてこんな幸せなことはない。後悔しても知りませんから』
『私を後悔させるほどの幸せを君が手にできるとは思わんが、まあ好きにすればいい。私はもう運命の相手を見つけたのだ。その女はもう私には不要だからな』
王子の冷たい物言いに公爵は目を吊り上げたのち、一目惚れの女性には柔和な表情を見せる。
ほっとしたような女性の顔が印象的だった。
この後はお決まりの、二人で公爵の国へ戻り幸せに暮らしましたとさ、で舞台は終わり。
最後は語り手によって、破棄を言い渡した王子のその後が添えられた。
一年の謹慎処分が下った王子は、自身を見つめ直したのか以降華々しいパーティーへの参加はほとんどしなくなり、婚約破棄をしてまで一緒にいたがった運命の女性と慎ましく過ごした、と締めくくられた。
拍手で幕が下り、明るくなる。
フレイたちも拍手で役者たちを称えた。素晴らしい舞台だった。
しかし、心に気まずさが残る。
流行りの”真実の愛”の演劇だ。何も考えずただ楽しめるはずだった。何にも気づかなければ。
(どうしてアレン様はこれが一番好きなのかしら。現実味があるとは仰っていたけれど。でも)
婚約破棄を言い渡し慎ましく過ごした王子、というのはレイラント国の王──アレンの父のことなのだ。
一番身近ではあるだろう。
だが、自分の父の不義理さを目の当たりにすることが、楽しいことなのだろうか。
重石が乗っかったような胸の内を悟られないよう、深く息を吐く。
そんな中、アレンに声を掛けられたものだから内心ひどく驚いたのだ。
「そういえば、フレイ嬢は一番に原作だと見抜いていたな」
驚きなど微塵も感じさせないよう、頬を緩ませた。
「……リーゼ様の授業にお邪魔していますので、耳に残っていたようですわ」
リーゼの授業で話していたのは聞いていた。へえ、と驚いたのでよく覚えている。
「なるほど。演劇もとてもいい話だったろう?」
「え? ええ。役者の方々も迫真で。物語の世界に入り込むようでした」
だからこそ思わずにいられない。
アレンは本当にこのお話が好きなのか、と。
どんな思いで、この演劇を観ているのかと。
じっと見つめると、アレンの紫の目がこちらを覗き込んだ。
「……君は、こんな”真実の愛”が欲しいと思うのか?」
突然の問いだった。
戸惑ったが、今どきの令嬢であればどう答えるのか考えて、口を開く。
「ええ。こんな物語、私の身にも訪れればどんなにいいのかと思いますわ。とても幸せそうで羨ましいですもの」
微笑んで見せたフレイに、アレンはただそうか、とだけ言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます