第21話 不穏なダブルデート

 

「フレイ嬢! フレイ嬢! これはなんだ!? アレンから観劇への誘いの手紙が来たぞ。あのアレンから! 君はもう知っていると書いてあるけど?」


 興奮で少し紅潮させたジールが手紙を指で指し示した。

 以前も見たような光景である。

 フレイは冷静を保ったまま、そうなんですよ、と答えた。


「先日王城でアレン様にお会いしたときに、リーゼ様との観劇を一緒にどうか、と誘われまして。チャンスかとお断りはしなかったのですが……ジール様にお伝えするのはすっかりと忘れていたようです、ごめんなさい」

「っ! まあいいさ。計画が順調そうで何よりだ。俺もリーゼと演劇に行くのは久しぶりだからな、感謝しないといけないところだろうし」


 いそいそと返事を書くジールは随分と態度が違った。そうまで楽しみなのか、とフレイは小さく首を傾げた。


「よかったですね。ジール様もともに、と仰っていただけて」

「当たり前だ。婚約者とのデートに、他の女性一人を連れて行くものか。君の同伴者はどうしても必要なんだよ。それが俺なんだ」


 なるほど、とフレイは頷く。


「いや、しかし、正直驚いてる。だってあのアレンが、だぞ。女性に対して手紙を出すなんて」

「ジール様宛のお手紙でしょう?」

「だとしてもだ。俺なんてただの同伴者、君を誘いたいためのな。こんなこと今まではあり得なかった。よほどフレイ嬢を気に入っているのか?」

「だといいですよねえ」

「他人事か。嬉しくないのかい」

「嬉しいですよ、もちろん。少しでもこれまでの私の仕事が役に立っているようで。それにジール様の目的にも役立っているようですし。成功すれば報酬ももらえますし」


 笑顔で応えたが、フレイは少しの引っ掛かりを覚えていた。


(アレン様には確かに気にしてもらえていると思う。私の話題選びが成功しているんだろうとも思う。──けれど、何か違うというか)


 何だろう、と深く考え込む前に、ジールが口を開いたため、フレイは真実には気づけない。

 小さな違和感は紛れて消えていった。


「で、だ。おそらくここからはもっと難しいぞ。アレンは、リーゼを大切に思っている。リーゼの嫌がることはしないはずだ。だから君と二人きりで出かけることはしないだろうし……手紙のやり取りでもできればまた違うかもしれないけれど。まあ、今の段階で言えることは何もない。今後もこの調子で頑張ってくれ」


 ジールはあっさりと丸投げして、返事の手紙を仕上げていた。




 ◇◇◇




 とびきりのお洒落をして向かった演劇。用意された個室で椅子に座る。

 隣に居るのはもちろんアレンではなくジールだ。

 しかしアレンとリーゼも同じ部屋で観劇を楽しんでいた。


(まあ、そんなものよね。リーゼ様がいらっしゃるのに、私となんてお話してくれないでしょうし。リーゼ様を大切にしていると黒王子も言っていたもの)


 その彼女を奪おうというのだから、ジールは本当に酷い王子である。

 が、自分もその一端を担っているのだから、同類だろう。


 光で照らされた舞台の上では、流行りの”真実の愛”の物語が繰り広げられていた。

 どこでも目にしたありきたりな物語のように思う。

 けれど、ちらりとアレンの様子を窺うと飽きた様子もなく見入っている。


(このお話のどこが好きなのかしら。”真実の愛”が好きだということ? それもあるかもしれないけれど……わざわざこの劇場のこの演目だと言うもの。他に何か、気になるところがあるに違いないわ)


 主役の男はあるとき一人の女性と出会う。体調を崩した男を助けてくれたのだ。その女性に一目惚れした男は想いを告げるも、すでに婚約者がいると知る。なかなか諦められないなか参加した他国のパーティーで、その国の王子が婚約破棄を言い渡す場面に遭遇する。相手はなんと自身が一目惚れし思い焦がれた女性だった。怖気付くこともなく王子から守るように彼女の前に立ち──男は一目惚れした女性と自国へ戻り結婚する、という話。


(あ、これって、もしかして……そのもの、なのね)


 隣に座るジールを見たが、薄暗く、表情を読み取ることはできなかった。

 フレイはもう一度舞台の上で踊る役者たちを見る。気づいてしまった。


 これは、ブームになっている”真実の愛”の物語の、派生する元になった──原作にあたる物語。


「これって……もしかしてトランブールの……」


 呟いたフレイはアレンと目が合った。いつの間にかこちらを向いていた彼は嬉しそうに口元を緩ませていた。


「わかってくれて嬉しいよ。授業でも習っているだろうし、何度か観に来ているからリーゼは知っているだろうが。フレイ嬢はリーゼの横で授業風景を見ているだけと聞いていたが……覚えるのが早いのか物覚えがいいのか。優秀だな」

「いえ、だって、それは」


 フレイが知らないのは、あり得ないはずの物語。


「ああ、クラニコフだったか、君は」


 トランブール国の公爵クラニコフ家の、愛の物語だ。

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