第20話 デートのお誘い?

 

 白い馬は厩舎にいた。

 他の馬と同じ厩舎だが、一頭だけの白い毛並みはとても目立っていた。


「まあ、とても美しい馬ですね」

「わかるのか?」


 アレンは少し驚いたように目を開いた。

 しかし正直言って、全くわからない。他の馬も同様に美しく見える。


「いいえ、馬には詳しくないものですから。けれど、丁寧に手入れされているのでしょう、毛艶が見事で。とても美しいです」


 判断基準は、荷馬や馬車馬である。

 街中でよく見かけたそれとは比べるまでもないほど、輝いて見えた。


「触ってみるか?」

「え、いえ、」


 返事も聞かずにアレンは口笛で馬を呼ぶ。すぐに近くへやってきた白い馬は、心なしか嬉しそうに見えるから不思議だった。馬と意思疎通ができているのかもしれない。


「よーしよしよし、ああ、ほらこの首のところだ。そう、優しく撫でてやればこいつも喜ぶ」


 恐る恐る触れてみると、想像していたより滑らかで温かかった。

 アレンの側だからか警戒もされず、大人しく撫でられている。


「まあ! なんて可愛いのかしら……!」


 人や荷物を運ぶための動物、という認識は一瞬で取り払われていた。


(馬ってこんなに大人しくできるものなのね……! だって、いつも暴れたり大きな音立てたり飼い主に怒られたりしていたから!)


 環境の違いなのか個体差なのか、この厩舎にいる馬のように気品がある個体もいるとわかったのは大きな発見だった。


 撫でる手を止めずに興味深く白馬を見つめていると、隣からくつくつと笑う声がした。


「ああ、悪い。女性は大抵、怖がることが多くてな。ずっと触れているフレイ嬢は珍しい」

「初めて会う私にも大人しく触らせてくれる。聡明な馬なのでしょうか。きっとアレン様のことを信頼しているのでしょうね。最初は少し怖かったのですが、もう恐怖心はありませんわ」


 そもそも、とフレイは心の中で続けた。


(私がよく知ってる馬とは全然違う生き物みたいだしね。これくらいで怖いなんて言ってられないわ)


 一人肯定するように頷くと、つられたようにアレンも一度大きく頷いた。


「……ふむ。馬といい、ミートパイといい、フレイ嬢とは何か感じ方が似ているのかもしれないな」


 聞いた途端、勢いよくアレンを見上げたフレイである。


(これは、効いてる! 効いているわ! じわじわと、そして確実に!)


 だらしなくにやけそうになる顔を気合いで隠しつつ、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、アレン様にそう言っていただけるなんてとても光栄ですわ。王妃様のバラの繋がりもありますし、私もなんだか縁が多いように感じます」

「ああ、確かに母上のバラの件でも世話になっている。あれには結構手を焼いていてな。好きなバラを語らせると止まらないんだ。私もリーゼもよく捕まっては延々と聞かされるんだが、正直言うと興味がない」

「? 以前庭園で、アレン様もバラをよくご存じのようでしたけれど」


 社交デビューのパーティーで会話を持たせるために質問したバラの話。アレンは悩むこともなく答えてくれていた。


「まあ知識として見知ってはいる。母上の影響もあるとは思うが。だが、だからといって好きかどうかはまた別の話だろう」


 幼いアレンに向けて一心にバラを語る王妃が脳裏に浮かんだ。きっとバラ好きに育てたかっただろうに。何事も程々がいいのかもしれない。


「そう、ですね。けれどお嫌いではないのでしょう? バラの話をするとき、優しいお顔でしたから」

「……そうだったか?」

「そうでしたね」


 唸りつつ手のひらで隠すように口元をさするアレンは、少し可愛らしく思えた。


「……母上のバラの件もある。リーゼの話し相手の件もある。実は今度リーゼと演劇に行く予定があるんだが、君もどうだろうか? 迷惑をかけている礼がしたい。もちろんジールも共に」

「え、そんなせっかくのリーゼ様とのデートですのに」

「いや、構わん。定期的に観に行くものだ。私が好きな演目だが、もしかしてフレイ嬢も気に入るだろうか。そうなれば少々面白いな」


 なんとしても好きを見出そう。

 そう心に決めた。


「またジールに手紙を出す。予定を聞かねばならないからな」

「わかりました。お待ちしておりますね」


 フレイは達成感いっぱいのまま部屋へと戻り、再びリーゼの授業に付き合った。

 リーゼの真剣な顔を見ていると、やはり気になってくるのは先ほどのアレンとの会話である。


(アレン様は気にしなくていいと言ってらしたけれど……リーゼ様は、せっかくのデートにお邪魔虫が付いてくること、どう思われるのかしら)


 授業を聞きつつ、ぼんやりと考えていたフレイだったが、授業の合間にリーゼからどうして一人にしたのかと泣きつかれ、そのまますっかりと忘れてしまった。


 ただ、リーゼの願いは叶えてあげたい。

 なぜだかそう強く思い、リーゼが寂しくならないよう、少しでもリーゼの力になれるならと授業中に部屋を空けることは極力しなかった。


 それが術中にはまっているのだと知らぬまま、フレイはこの日以降も律儀にリーゼの授業風景を見守り続けたのだった。

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