第19話 なんやかんやで隣に王子
王妃から逃れられたのは、もうお茶会も終わる頃だった。
アレンとの運命を育てるはずが、王妃との仲を深めてしまった。思い通りにならないことを少し不満に思っていると背後から声が掛かる。
「……母上の相手を任せてしまってすまないな」
アレンだ。
これだけで少しでも計画が進んでいる気になるから現金なものである。
「正直なところ、母上以外はあまりバラには詳しくないんだ。母上があれだから、詳しくなってもいいものと思うだろうが、な。皆、逆に一歩下がってしまったようで。だからフレイ嬢がバラ好きだと聞いて良い機会を作れたらと思った」
心から申し訳なさそうに眉を下げるアレンは王妃のことを思っていたのだろう。
良い様に使われた気もしないでもないが、許容範囲だ。
「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。少し驚きましたが、王妃様と少し親しくなれた気がして……また次も機会がありましたらぜひ」
(二年間の少しの間、話を聞くくらい大したことないか……話を聞くためにときどき伺ってもいいかもしれないわね。バラの話は、苦痛じゃないし、むしろ今後のためになるというか。アレン様と会える機会も増えるのなら一石二鳥よね)
と思った矢先だ。
王妃がぽんっと手を打った。
「そうよ。フレイさん、三日に一度いらっしゃいな。ジール殿下から伺いましたが、しばらくこちらに滞在するのでしょう?」
一瞬で考えを改めたくなった。
不自然な様子で王妃を振り向く。
「……え? なに、ですか?」
「我ながらいい考えね! リーゼさんにもきてもらっているのよ。こちらで授業をさせてもらっているの。同年代のお友達がいたほうがリーゼさんも楽しいでしょうし」
うんうん、と王妃は頷いているが、リーゼの授業というのはおそらく未来の王妃となるための教育だろう。そんなところにお邪魔していいのだろうか。
いや、リーゼの休憩時間の気分転換になれば、といったところか。
正直な話、リーゼとの交流は嬉しい。
リーゼ本人のだろうが婚約者アレンのだろうが情報は増えるほどいいからだ。
だけれども。
(そのために延々とバラの話を聞くのは、少し、いえ、結構つらいものがあるわ!!!)
それなりに興味はあるとはいえど、そこまでではない。
どちらかと言えば万遍なくなぞりたいタイプ。
(うん断ろう! 断らなきゃ! 断るんだーーー!)
「ええ、王妃様よろしいのですか? フレイも喜んでおります。ほらこの通り。ぜひご一緒させてもらえると良い勉強になると思います。こちらの国のことは不慣れですから、いろいろ教えていただければと」
断ろうと開いたフレイの口は、ジールによって行き場を失ったのだった。
◇◇◇
「災難でしたね、フレイ様」
「リーゼ様……! い、いいえ。こんな機会をいただけるなんて滅多にないことですもの。お力を借りるつもりで臨みますわ」
「ふふ、ありがとうございます。実は一人では心細いと思っておりましたの。ご一緒できてとても嬉しいですわ」
そうして三日後、訪れた王宮でリーゼと早々の再会を果たした。
なんとリーゼの受ける授業の一室で、だ。
(あれえ?)
フレイは首を傾げるばかりである。
フレイのためにと用意された休憩スペースに身を置きながら、授業の様子を見守っていた。
(なんだこれは。ここにいる必要、私あります?)
むしろここにいてはいけない存在だと思うのだが、誰一人つっこまない。つっこんでくれない。
(え、王妃教育でしょ。こんな無関係な人間に聞かせていいわけ? どうなってるの? そんなに心細いのかしら、リーゼ様。でも私もまだそこまで親しいわけではないと思うのだけど)
もしかしたら無関係だからこそ、なのかもしれない。
リーゼが言った「心細い」という言葉をそのまま受け取るなら、見知った顔があるだけでその目的は達成されるのかもしれない。
人に頼ることができない王妃教育。親しい顔があっては頼りたくなるのが人間だ。
(そういう意味なら、私は適任なのかも。とは思えなくもない、けれど)
大きな音を立てないのなら、出入りは自由にとは言われているので、フレイはそろっと抜け出した。望まれたことだとはいえ、お茶を飲みつつ本を読むだけでは、頑張って授業を受けるリーゼに申し訳なく思うのだ。
それに自分自身も、あの部屋に居続けるのは精神的にもきつかった。
どうしても「私ここに必要?」という気持ちが拭えないのだ。
誰もいないことを確認してから大きな溜息を吐き出した。口には出せず募る不満も一緒に吐き出したかった。
「ああ、フレイ嬢。今日からだったか」
「アレン様!?」
いないことを確認したはずなのに、柱の影からのそりと現れた。
「なぜこちらに……?」
「馬を……見に行こうかと。見つかると面倒だからな、驚かせたようですまなかった」
「馬!」
(あれね。愛馬がいるとかいうあれですね? ジール王子に聞いたやつ!)
知っている話にフレイは目を輝かせた。
それをいい具合に勘違いしてくれたのか、ジールから願ってもない言葉を聞く。
「ああ……見に行くか? リーゼと母上の頼みとはいえ、無関係の君がずっと聞いていても楽しい話ではないだろうし」
「ええ! よろしいのでしょうか。大切な馬だとお聞きしましたが」
「いや構わん。君には無理ばかり言っている気がする。少しの気分転換にでもなればいいが」
そう言って並んで歩き始めた。
何か話さなければと思ったけれど、アレンの無言にどこか躊躇われ、黙っていた。
リーゼの授業部屋では感じられなかったが、外の空気は柔らかで、どこかから花の香りもする。王妃の好きなバラかもしれないが、それ以外の花も多く、よくわからない。
からっぽの頭で風を感じ、この王城で初めて呼吸したような気がした。
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