第18話 パーティーの成果!

 

 社交パーティーから数日後、ジールの元へ一通の手紙が届けられた。


「フレイ嬢、フレイ嬢! 見てくれ。なんと茶会への招待状だ」


 白い封筒にはレイラント国の紋章が描かれている。


「アレン様からですか?」

「そうだ。茶会への誘い、ということは、君の招待がメインだろうな。俺相手に茶会の招待はしないだろ」

「先日のパーティー、印象良かったんでしょうか!」

「だろうな。アレンが初対面の女性とあれほど話しているのは初めて見たぞ」


 結局あの日は、パイの話題に加え、バラの話もできたのだ。仕事で何かに使えないかと調べていた時期があったので、庭園に咲いた主なバラは種類を言い当てることができた。バラ好きだという印象を植え付けられたに違いない。

 アレンは、驚いていた、と思う。時折挟まれた確認のような問いにもすらすらと答えていたからだ。


(ふっふっふ、一時期ハマっていた甲斐があったわ。バラ好きという共通点を得られたんだもの。さっそくお茶会への招待なんて、我ながら上手くいきすぎて怖いくらいね! 私だってやればできるんじゃない!)


 自分で自分を褒めつつ、浮かれていた。それはジールも同じであったようで、止める者がいない浮かれ気分はお茶会の当日まで続き──参加者を目にした途端、図らずも熱はすっと引いた。




「ごきげんよう。来ていただけて嬉しいわ。フレイさん」


 目の前にはアレンとリーゼ。そして、美しい年配の女性が一人。声をかけてくれたのはその女性である。

 もちろん初対面だが、知らないとは言えなかった。なぜならよく新聞で目にしていた人物だから。


(レイラント国の王妃様……! 肖像画以上に美しいお方なのね!)


 この展開はジールも予想外だったのだろう、目を丸くしている。


「これは、王妃様。トランブール国第一王子、ジールです。お久しぶりでございます。……このお茶会の主催はもしかして、王妃様が?」

「ええ。そうよ。本当は身内だけの小さなものなのだけれど、面白いお嬢さんがいらしていると聞いたものだから、ご一緒できないかしらと思って。アレンに招待を頼んだのよ」


(面白いお嬢さんって私!? って設定が、隠されていたクラニコフ公爵家の娘、だもんね。気にはなるか)


 おっとりとした笑い方とは裏腹に、細められた目で見つめられるとどぎまぎしてしまう。公爵令嬢という肩書がまったくの嘘であると見透かされているような気がした。


「ああ、どうぞお座りになって。今流行りの焼き菓子を取り寄せたのよ。口に合うものはあるかしら」


 王妃を中心に他愛もない話が続く。

 公爵家でどう過ごしていたのか聞かれるわけでなく、フレイはどうしてこの場に呼ばれたのかわからないでいた。

 もちゃもちゃとお菓子を美味しそうに食べることで間を繋ぐ。


「……フレイ嬢……」

「っ!」


 食べ過ぎた。美味しかったんだもの仕方ないでしょ、と心の中で言い訳をして。

 所作だけは優雅に、お茶で喉を潤す。


「なんでしょう、アレン様」


 ジールの眉間に深いしわが刻まれていたが、見なかったことにした。


「先日のパーティーでは結構な知識に驚かされた。バラがお好きなのか?」

「……ええ! けれどアレン様ほどではありませんわ。私はただ綺麗だと思うばかりで、あまり詳しいわけではございませんので」


 難しいことは聞かれてもわからないのだと遠回しにに伝えておく。

 フレイの返答にアレンは頷いた。


「……だそうだ。母上?」

「ええ、なるほど。ちなみにこの品種はわかるかしら?」


 テーブルに飾られた花瓶を指して王妃は言う。生けられているのは白色のバラ。


「品種までは……けれど庭園の中央にあった赤いバラと同じですね」


 さらりと答えたものの、みんなの視線が痛い。


(え、違った? 間違えた? ちょっとジール王子、呆けてないで助けてー)


 味方であるはずのジールすらだらしなく口を開けている。ややあって目が合っても助けてくれる様子はなく、不思議そうに首を傾げた。


「……わかるのか?」

「違ってました?」

「いや、普通は、色が違えば違う花のように見えてしまうもんなんだよ。それを一度見ただけで断定するとは……」


 何かおかしかっただろうか。

 たまたま先日の庭園でよく見ていたバラだったからだ。

 バラ好きだと明言しているのだから言い当ててもおかしくないはずだ。


「やはりわたくしの目に狂いはなかったわ。あなたもバラが相当、お好きなようね」

「……王妃、様?」


 爛々と目を輝かせて王妃は手を叩いた。紅潮させる姿は可愛らしく思えるが、なぜだか獲物を見つけた狩人のような気迫も感じられる。

 アレンとリーゼの顔が心なしか遠くなった気がした。


「いえ、わたくし、バラには目がなくてねえ。庭園に植えるバラを決めきれなくて、小さいアレンに選ばせたこともあったくらい」

「ん? ……え!?」

「ほら、フレイさん、バラって種類が多いでしょう? 形も色も考えれば考えるほどわからなくなってねえ、えいやって指で決めてもらったのよ。今にして思えば若気の至り……アレンとの良い思い出になったかしら」

「え、ええ?」

「実はね、わたくし秘蔵のコレクションがあるのよ。バラを愛するフレイさんにもお見せできればと思っていたのだけれどどうかしら」


 王妃が話し出した途端、空気のように黙りこくったアレンとリーゼの姿を見て、フレイは察した。

 彼女は本当にバラが好きなのだと。そして好きなものを語り始めるとおそらく止まらないのだろうと。

 それから、バラが好きなのはアレンではなく彼女だったのだと。


 コレクションを前に語られる未来を想像しつつ、意を決して頷いたのだった。


「ええ。喜んで拝見いたします」


 もちろんジールに向けてこっそり苦情の視線を送ることも忘れなかった。

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