第17話 アレンの好感触を得る
「なるほど。けど、俺も知っていることは多くないぞ」
アレンに聞こえない位置で、早速ジールへと聞き込みをした。
「何でもいいのです。例えば、読書が好きだとか、剣が好きだとか、好きな料理は、とか。もしかして乗馬とか? 何も調べずに来てしまったんですから、小さな情報でも何でもいただきたいです。せっかく目の前にアレン様がいらっしゃる。次にいつ会えるのかもわかりませんし、何かしら行動をしておきたいでしょう?」
「お、おお。それは、そうなんだろうな?」
フレイが急にやる気を出し始めたので、ジールは戸惑っていた。
その気持ちがわからないでもないが、少しでも多くの情報を手にしたかった。今すぐに。
「いえいえ、ジール様がそのような有様でどうするのです! 目的のために私を巻き込んだのでしょう。もっとしっかりなさってください」
フレイの剣幕に気圧されるように、ジールは記憶を辿ってくれた。
「うーん。たしか、バラが好きだったか。庭園にバラが多かっただろう。それはバラを気に入ったアレンのために、王妃様が植えさせたと聞いたことがある」
「ほう! それから?」
「それから、乗馬が好きというか、愛馬がいるな。白い綺麗な馬だぞ。もちろん速く、体力も抜群だ」
「ええ、それから?」
「……それから、乳母が用意してくれたミートパイが好きだと言っていたこともあった」
「ええ! 幼い頃の話かしら?」
「ああ、そうだな。俺も食べたことがあるが、たしかにうまかった。あの乳母は料理人にでもなればいいのにな」
「そこまでおいしかったのでしたら、ぜひ私も食べてみたいですね。自分が作ったものとどう違うのか気になります。隠し味とかあるのかしら。……っとと、他には?」
「……ほか……いや、ちょっと君、急に慌てすぎじゃないか? 急に話を振られてる俺の身にもなれ。そう簡単に出てこないぞ」
矢継ぎ早に聞かれ、ジールはとうとう呆れかえった。
しかしそれに負けるほど、フレイの好奇心は弱くない。
「いえいえ、時間は限られるのです。ゆっくりしていては間に合いません! さあ、他にも何か思い出してくださいませ」
とまあ、こんな調子でいくつかの情報を仕入れたフレイは整理する。
(やっぱりよくある運命的な出来事は、好みが一緒、よね。バラ、馬、ミートパイ……どれも嫌いではないけれど、一番使いやすいのはミートパイかしら。自分でも作ったことがあるし、幼い頃の記憶にはやっぱり懐かしさを感じるものだし私にも絆されてくれるかも。あとは馬は少し使いにくい……よく知ってる馬といえば馬車を引く馬だものね。速い馬だと言われてもピンとはこなかったし。うん、バラは庭園で見たから、使えそう、かな)
決まってしまえば、会話の中に盛り込んでいくだけだ。
簡単ではないけれど、仕事でやってきたことを思えば無理ではない。
さらに二年だけの関係だと思えばなんだってできる気がした。
「アレン様! リーゼ様も。こちらのお料理は全てこちらの王宮でご準備を?」
皿を片手に持ちながら、とても美味しいです、と付け加えれば、どちらも大きく頷いてくれた。
「でしょう。いつもこちらのお料理は楽しみにしていますの。美味しいでしょう」
「口に合ったようで何よりだ。女性二人にそう言ってもらえるとはうちの料理長も鼻が高いだろう。今度伝えておこう」
「ありがとうございます。ぜひお願いいたします。とくにこちらのバイ生地を使用したお料理がとても気に入っていたとお伝えいただければとても嬉しいです。……幼い頃好んでよく作ってもらっていたパイ料理を思い出しましたわ」
片頬に手のひらを添わせ、遠い過去を懐かしむように目を細めた。
視界の端でジールがむせていたが、気にしないことにしよう。気分は演劇女優である。
「……へえ、トランブールでもパイ料理は親しまれるものなのか」
首を傾げるアレンにもフレイは一切動じなかった。
「ええ、うちの料理人の中にレイラント国で修行した者がいたようで、ときどき作ってくれたのです。あれはとても美味しくて忘れられません。とくにミートパイが絶品で」
ただ、心の中では大慌てである。
(え、パイ料理ってレイラントだけのものだったのかしら。ボロが出る前にトランブール国の文化も勉強しなくちゃ。民話とか特産とかも知っておくといつか役に立つかもしれないわね)
頭の中のやることリストに加えつつ、にこりと微笑んだ。
欲しい回答はただ一つ。
「……ミートパイ……奇遇だな。私も昔よく食べていたことがある。好んで用意させていた」
「ええ、アレン様も? お肉の味付けがとても好きで」
うっとりと料理の味を思い出すように目を瞑れば、アレンもまた同意してくれた。
「ああ。確かに。あれは美味かったな。いや、こんな話をこの歳になってできるとは思わなかった」
久しぶりで楽しい、と彼は眉尻を下げて笑った。
(おおっと、これは好感触では!?)
ジールに目配せすると、驚きつつも頷いてくれた。合格点なのだろうか。
フレイは手応えを感じ、スカートの陰でぎゅっと拳を握りしめた。
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