第16話 フレイの誘惑方法
会場を抜け出し、庭園まで連れ添って歩いた。
あれはあれは、と質問攻めも長く続けば飽きてもくる。
だがしかし、やめられない理由がフレイにはあった。
(ええと、これからどうすれば……?)
自己紹介は済んだ。顔も合わせた。ジールの為に、遠くまで連れてきてあげた。
道すがら気になった物も、アレンはさすが王子なだけあって知識も多く、いろいろ聞くことができた。
正直なところ、フレイ個人にとってはもうアレンに用事はなかった。
(だって誘惑って……なに? 抱きつけばいいの?)
貴族令嬢のふるまいを学んで一年。誘惑の方法は何一つ学ばなかったのですが?
アレンの目の前で、今更ながらフレイはふむと考え込んだ。
物理的に誘惑するのなら、その手の専門である娼館にでも教えを乞うべきだったし、そもそも王子がそんな誘惑に乗ってきてくれるだろうか。疑問である。
しかもフレイ自身、成功報酬は元より諦めている。
(あとは当たり障りのない関係をただ二年間続けたいだけよ。そうすればお役御免だもの)
元々恋愛うんぬんには全く興味がないので、恋愛のスキルもだいぶ低い。詳しいといえば、真実の愛を作るための──。
(待って)
王子にも“運命的な出来事”は通用するのだろうか。
一度浮かんでしまえば、フレイは好奇心に抗えない。
「アレン様、大変不躾でお恥ずかしいのですが、どこかでお会いしたことがございませんか?」
もちろん会ったことはない。世の中ではよく見かける、「どこかで会った気が?」「ああ! そういえばあの時の……!」というあれである。
ほんの出来心だ。自分がこれまで依頼を受け遂行していたことが王子にも通用するのか試してみたくなったのだ。
もちろん実際に会ったことはないので否定はされるだろうが、記憶の中を探ってくれるだけでいい。まだ初対面。印象付けられるだけでよかった。
即座に拒絶されるかとも思ったけれど、アレンは少し考えてくれた。
「……そうだな。どこだったか……フレイ嬢は長い間ずっと、トランブールの宮殿で過ごされていたのだろう?」
(わあ、そういう設定でしたね!)
顎に親指を掛けて考えてくれる姿に惚れ惚れしていたが、そんな場合ではなかった。
母親であるクラニコフ公爵夫人がなかなか外に出してくれなかったから、今までフレイは世に知られていなかった、という設定を先ほど聞いたばかり。
ぐ、と寄った眉を隠すために扇を開いた。
「そ、そうですよね。本当にお恥ずかしい。アレン様とお会いしたことなんてあるはずもございませんのに。……なぜだか初めてとは思えなくて」
泣きそうな目もついでに隠す。初歩的なミスをやらかした。
ずっと宮殿で過ごしていた人間が誰かと出会っていたなんて奇跡、滅多にあるはずもないのに。
口からでまかせだとバレてしまったかしら、と扇越しにアレンを見ると、彼はおかしそうに口元を手で隠した。
「ああ、奇遇だな。私も初めて会うようには感じない。クラニコフのご令嬢を忘れるはずはないと思うんだが」
「……なんですって」
「え?」
「いいえ。何も言っておりません」
急いでぶんぶんと頭を振った。
思いもよらない返事に、驚きすぎて扇も閉じられない。どんな顔をしているかわかったものじゃない。
冷静を装いながら、フレイは必死に考える。
(どういうこと? 本当にどこかで会ったことがある? いいえ、無いはずよ。王子様と面識なんて普通あるわけないでしょ。じゃあ、そっくりさん? 私に似てる顔の子が貴族にいるのかしら。それとも、まさか、アレン様は”真実の愛”信者?)
初対面の女から「どこかで会いませんでしたか?」などと聞かれて簡単に会ったかもなんて思ってしまう王子はなかなか好きになれそうにもないが。
もし仮に、そうであるなら。
フレイにも十分できることが増えるということだ。
「まあ! アレン様もそのように思ってくださるなんて! 本当にどこかでお会いしていたのかもしれませんわ」
とうとう扇を仕舞って綻んだ笑顔を見せた。
どうすればいいのか全くわからなかった誘惑とやら。
アレンが運命的な出来事を信じてくれるのなら、フレイはこれまで同様、意図的に作り出せばいいのである。
何もせずに二年間を過ごすより、ずっといい。なんせ王子を相手にしたデータが収集できるのだ。今後の参考にもなる。
そう思い至って、フレイは希望に満ちた目をした。
(ちょっと楽しくなってきたわ。そうと決まればまずは情報収集よね。どんなものが好きなのかしら。何に興味を持つのかしら。普段はどんなことをされているのかしら。ああ、もちろんそっくりさんがいないことを確かめたうえで、だけれど)
王子相手にどこまで通用するのだろうか。
フレイは期待に胸を躍らせ、ジールと合流してもなお、ずっと上機嫌だった。
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