第15話 はじめまして
「やあ、アレン。久しぶり」
「ああ。ジール。久しいな。よく来てくれた」
ジールがアレンの方まで足を進め、挨拶を交わす。
気軽な挨拶だったのでフレイの緊張も少し落ち着いた。
「リーゼ嬢も。元気そうで嬉しいよ。また遊びにおいでよ。もちろんアレンと」
話す内容は親しい間柄を思わせた。
アレンとリーゼはもちろんのこと、ジールもまたよく顔を合わせては遊んでいたからだ。国の繁栄のためにと大人たちによって付き合う回数を増やされた三人である。皮肉なことに思い描いていただろう恋愛事情にはならなかったようだが。
フレイが静かに観察していると、アレンの目がこちらを向いた。
じっと見つめられて、フレイの胸は高鳴った。
(おうあ、美形。全部バレてるんじゃないの、これは。何もかも見透かされる気がするんですが!!)
紫の瞳に銀の髪。リーゼの金の髪とよくお似合いの、こちらもまた美男子である。国中が応援したくなる気持ちもわかるというものだ。
だってどう見たって絵になる二人だから。
(いや、無理でしょ。間に割り込めるわけないし。むしろこんなところに顔を出すのもおこがましいというか! これほんとにやらなきゃだめ?)
ジールに視線を向けてみたものの、彼はにこりと笑っただけだ。
(やれってこと!? やれってことよね。本当に黒悪魔。ああ、王子だったわ。黒王子。ううう、ええい、当たって砕けろ、骨はきっとケビンが回収してくれる……!)
今もまだリーゼのところへ潜入しているケビンに心の中で思いを託してから、満面の笑みで臨む。
「お初にお目にかかります。……フレイ・フォン・クラニコフと申します。以後お見知りおきくださいませ」
アレンは端正な顔をわずかに崩していた。
「……クラニコフ、だと?」
説明を求めるようにジールへと首を傾げた。
「ああ。トランブールから連れてきた。そろそろ年頃だからね」
「あの家に娘はいなかったはずだが」
「公爵夫人がとても愛していてね、なかなか外に出してもらえなかったんだ。俺の側なら多少安心してもらえるようだから、いい機会だと思って。社交デビューさ」
「……ほお。お前の従妹になるわけか」
「ん? そうだね、そうなる」
アレンの指摘に、ジールとフレイは急いで頭に相関図を描いた。
ジールの叔母の娘だから、その通りだ。
ふむ、とアレンは納得したようだった。
「すまないな。少し驚いてしまって。ジールとともにいるならまた会うこともあるだろう。リーゼとも親しくしてくれると助かる」
「フレイ様、こちらこそどうぞよろしくお願いいたしますわ」
リーゼからの敬称はなんともこそばゆい。
「リーゼ様! こちらこそ! ……よろしくお願いいたします」
興奮で顔を輝かせたけれど、途中で背中をつねられてしまった。もちろんジールである。
(わかった! わかってるってば! ちゃんと公爵令嬢の顔を保ちますってば)
「噂ではお聞きしていましたけれど、やはりお二人とてもお似合いですわ。わたくしの方こそ仲良くしていただけますととても嬉しいです」
当たり障りのない挨拶をし、ひとまず自己紹介は終了した。本日の任務は完了だろう。
心から満足して、ぐるりと見渡した。
初めてのパーティー。規模も大きく、好奇心が顔を出す。デビュタントだから多少は許されるかと思い、隠さなかった。
それを気に留めてくれたのは信じられないことにアレンだ。
「……フレイ嬢? どうかされたのか」
「あ……いいえ、あまりこういった場所へ赴く機会がなかったものですから、気になってしまって」
次いでジールが声を発したのは、気遣いではなく自分のためかもしれない。
「アレン! 良ければフレイを案内してやってくれないか? 本当は俺がすべきなんだろうけど、この王宮はお前の方が詳しいしさ。結構いろんなことを知りたがるんだ。答えられる範囲で構わないから、教えてやってほしい」
ここぞとばかりにアレンにフレイをぶつけようとしてくる。
(魂胆見え見えなのよ。黒王子は愛しのリーゼ様と話せるから楽しくて仕方ないでしょうけど! 絶対バレるでしょ、これじゃあ! 自覚ないのかしら)
仕方がないのでフレイも乗ってあげることにした。
「ええ。ご迷惑でなければ、ぜひ。次にいつ来られるかわかりませんし」
次もなにも、しばらくレイラント国に滞在する予定である。なんせアレンの近くにいないと何にも始まらない。
しおらしくしてみせると、リーゼからも思いもよらなかった助け船だ。
「初めての場所ですもの。ご興味もおありでしょう。アレン様が案内されるのであれば、わたくしはここでお待ち申し上げております」
アレンはじっとリーゼを見て、それから諦めたように溜息を落とした。
婚約者が乗り気なので無下に断れなかったのだろう。
「わかった。では案内しよう。気になるところがあれば聞いてくれ。──ジール、リーゼを頼むぞ」
フレイはジールの期待の眼差しを受け、なるべくこの場から遠ざかろうと決心した。
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