第14話 共犯者

 

 「ねえ、やっぱり、公爵はさすがにやりすぎでは……」


 公爵家といえば、王族に次いで権力を持つ由緒ある家系である。王族とも血縁関係があり、王に進言できるほどの権限を持つ。

 つまり最高峰。

 落ちぶれた貴族令嬢ならまだしも、公爵令嬢として振る舞える自信はなかった。

 なかば引きずられるようなエスコートで、じりじりと進む。止まってはくれなかった。


「まだそんなこと言ってるのか? 全て今さらだ。今日の君がやることは、華々しく俺と登場してアレンの目に留まる。それだけだ」

「それが一番難しいこと、知っていらっしゃるでしょうに。しかも公爵って……」


「腹を括れ。何度も言っているけれど、それは俺のせいじゃないから。君も知ってるだろう、俺が買った爵位は、伯爵だ。君も了承してくれたじゃないか」

「そうですよ! 伯爵です! それでさえやめてほしいと思ってましたが、貴族ではないとパーティーに参加できないと言うし……しかも名も知られていない田舎の貴族だと聞いたから、渋々! 本当に渋々了承したというのに!」


 なんだって公爵家に。


 憤然としたフレイだったが、同じやりとりを何度もしているジールは慣れたように肩をすくめただけだった。


「いや、君が気に入られるからでしょう。公爵夫人に」

「そんなこと言われたって!」


 フレイとしては気に入られようとしたわけではないので、全くもって心外である。

 見る人が見ればおそらく幸運であるだろうが、フレイの今後を考えるとはた迷惑な話だった。


「よかったじゃないか。養子に、なんて滅多にある話じゃない。さすがに金では買えない公爵家だ。まあ、今の公爵夫人は物事を柔らかく捉えることに随分長けているとは思うけれど」

「さすがジール王子様の叔母様なだけありますよね」

「伝えておこう、きっと喜ぶよ」


 少しの嫌味を含めたつもりが、あっさりと返されてしまった。

 伝えられて困るのは、公爵夫人が義母になってしまったフレイである。彼女はジールのことを掴みどころのない人間だと揶揄していて、このままでは夫人のことをそう思っていると勘違いされてしまうかもしれない。貴族として振舞わなければならない間は、余計ないざこざは避けたかった。


 言葉に詰まったフレイをジールはどんどん引っ張っていく。側から見れば優雅にエスコートしているように見えるのはさすがだった。


「しかしこれは仕事だ。俺はちゃんと君に給金を払っているな?」

「ええ……それはもう」


 充分すぎるほどに。


「だろう。わかっているとは思うが、受け取った金貨分の働きをしなくてはならない」

「わかっています! 成功したら追加でしたよね! 成功報酬!」


 フレイの頭では二年後を思い描いていた。

 成功報酬は諦めるとしても、それまでの毎月の給金三年分。きっちり貯めて、親の借金返済、ケビンの給金に、その後の生活費。王子を騙すことになるからこの国レイラントを逃亡しなければならなくなるかもしれないが、ジールに頼めば隣国トランブールに移住くらいはさせてくれるだろう。その資金を差し引いたとしても、これまで手にしたことのないお金が舞い込んでくる。


(二年。あと二年を耐えれば! 普通の生活に戻れるの!)


 仕事遂行目前にして、お金のことを考えなければ逃げてしまいそうだった。

 被せるように言うと、ジールは少し考え込むように喉を鳴らした。


「成功報酬というのは少しおかしいか。俺は成功すると思ってるから、労い、もしくは手切れ金に近い」

「手切れ金ですか。なんだか悪いことをしている気になりますね」


 罪悪感を消すようにへらりと笑うと、ジールは予想外にも大きく頷いた。


「そりゃあ国一番の婚約者同士を引き剥がすんだ。この国にとっては極悪で、決して許されないことだろうさ」

「ええ?」


 この黒王子に悪く思う感覚があったとは驚きである。思わず声に出てしまったが仕方ない。

 そんなフレイを知ってか、ジールはにやりと口端を上げた。


「この国にとっては、だ。俺の国からすれば、王子の想い人を掠め取った悪い奴なのはアレンになる。面白いだろう? 何を視点にするかで悪いやつなんて変わるからな」


 いつの間にやらパーティー会場の扉の前だ。入場のため、係りの者によってぐっと押し開けられた。


 輝く装飾と、楽しげな音楽と、人々のざわめきに圧倒される。


「レイラントにとって悪となる、共犯者になろうじゃないか」


 聞きたくなかったのに、おそらくわざと耳元で囁かれたそれは、頭の中で反芻する。できることなら、ざわめきで掻き消してほしかった。

 嫌だと思っても、興味津々な人々の視線が突き刺さり、もはや手遅れなのだと悟るほかなかった。

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