第10話 ジールの操り人形
「で、一週間経ったわけだけど、調子はどうだい」
目の前には軟禁状態を作り出した張本人。にこやかな彼は、本当に実りの薄い恋に苦しんでいるのだろうか。
「ジール王子……」
うんざり顔は隠したつもりだったが、声は明らかに不満げになってしまった。
しかしジールは怒る様子もない。
「ははは、どうだい、ここでの暮らしは。少しは慣れてきただろうか」
「……ええ、慣れない、ですね」
「はは、正直だな!」
自身の膝を一度叩き、ジールはずっと楽しそうに笑う。それをフレイは内心面白くなさそうに眺めた。
(なんでこの人はこんなに楽しそうなのかしら。アレン王子様の婚約者……リーゼ様のことで助けが必要だとは思えないんだけど)
望んでもいないこの宮殿での滞在は、他でもないジールの恋のためであるはずなのに。
ジール本人は悩んでいる素振りすら見せてくれない。それが王子であるゆえの能力なのか、それとも本当に悩んでいないのか。わからないからこそフレイもいまいちやる気になれない。
「いやしかし、君の家庭教師から話は聞いているぞ。思っていたよりは可能性がある、と」
「……ええ、まあ。恐縮です」
宮殿生活初日に紹介された家庭教師は、自分の母より少し年上と思われ、とても厳しかった。顔を見るなり「まあ! こんなに大きな教え子は初めてですわ!」と言われたことはきっとずっと忘れない。
彼女に言われるまま作った姿勢は、これまで生きてきて一度も経験したことのないものだった。身体中が悲鳴を上げ数分も持たなかったのだ。それが、一時間も持つようになったのだから思う存分自分を褒めてあげたい。
「そう謙遜するな。この調子で頼むぞ。この計画は君の成長にかかっている」
(そりゃそうでしょう! 私が成長できなければ何も起こせない)
僅かに眉が寄り、フレイは感情を隠すことを諦めた。聞こえるように吐いた溜息にもジールは怒らないのだから、もういいだろう。
「あの、ジール王子様はこの計画が上手くいくと、本気でお思いですか?」
疑う思いを前面に押し出し、フレイの目はジールを捉える。
てっきり笑って誤魔化されると思っていたフレイの予想は見事に裏切られた。ジールは真剣な目で、頷いたのだ。
「ああ。思ってるさ。でなければわざわざ君に頼みはしない。俺の望みを叶えてくれると思ったから君に頼んだ」
「ただの庶民の一人ですよ!?」
「──ああ。それでも、だ。本当に期待している。……これで満足か?」
最後ににやりと笑った姿を見て、フレイは奥歯を鳴らした。
(満足か、じゃないのよこの王子は! もっと申し訳なさそうにしてもいいじゃない、こんなところに閉じ込めてるのに!)
そんなフレイを気にすることなく、ジールは煽る。
「しかし、君はもっとできると思うんだが。本気でやってくれよ。何度も言うが、君の頑張りに全てがかかっているんだ。俺はこれからしばらく国に帰るから、しっかり頼むよ。ここの皆には君たちに協力を惜しまないよう伝えていくから不便な思いはさせないさ」
「ええ! 戻られるんですか?」
「そりゃあずっと国を空けてはいられない。ここで俺ができることはあまりないし。君の成長ぶりを見られないのは少し残念だけど、次に会ったときの楽しみにしておこう」
「……どうせ進捗は把握されるのでしょう?」
「もちろんだよ。君の成長具合は適宜報告してもらうことになってる。気を抜けばすぐにわかるからそのつもりで」
黒髪を無造作に掻き上げてジールは目を細めた。
こうして見る彼の顔は本当に整っているのだが、フレイは心の中で「悪魔の顔」と名付けている。人を簡単に騙し、手の内で躍らせ、無理難題を押し付けてくるのはこの顔だ。
「──ひとつ、お聞きしたいのですが」
「なんだろう?」
「私はおそらく、教育で手も頭もいっぱいになると思うんです」
「ああ、そうだろうね。君にこれ以上のことを頼むつもりは現状ないから安心して」
現状というのがなかなか怖いところだが、フレイは突っ込まなかった。また無茶を言われては敵わない。
フレイが確認したいことはただ一つ。ジールとリーゼの関係の事だ。
フレイが知っている二人の関係はジールが述べたことだけだ。何の裏付けもなく、そのうえ黒髪の悪魔が話した内容である。まるっと信じることはできないし、そもそも入念な調査を行うことが事業を成功させてきた秘訣なのだ。
「で、聞きたいこととは?」
「……リーゼ様のことを調査させていただくお時間をいただきたいのですが」
計画を実行する上で一番大事なことだ。はぐらかされてなるものかとジールの一挙一動を見守ったが、拍子抜けするほどに彼は目を丸くした。
「あれ? 聞いてない? その件はもう進めているから君は気にしなくても大丈夫だよ。ときどき報告を受けてくれればいいんじゃないかな」
大きく首を捻ったフレイだったが、ジールに聞かされた話に、宮殿にきて初めてにんまりと口端を上げたのだった。
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